待望の週一復活! 八王子の老舗喫茶〈馬天使〉が愛され続ける理由とは?
昨春閉店した八王子の老舗喫茶〈馬天使〉が常連客の後押しで週に一度、土曜日だけ復活!心からほっとできると、〈馬天使〉が愛され続ける理由を探りました。
〈旅する馬天使〉/西八王子
ひとり、またひとり……。土曜日を待ちわびていたかのように扉が開く。〝マスターいつものカレー、すぐできる?〞。開店早々、駆け込んできた常連客に、〝あいよ〞と声をかけ、厨房に向かうのは保髙泰一さん。八王子の喫茶店〈馬天使〉を、34年間、ひとりで営み続けてきた店主だ。昨年3月、ビルの老朽化で退去を余儀なくされるも、常連客の惜しむ声が後を絶たず、西八王子にある喫茶店を土曜日だけ間借りして、〈旅する馬天使〉として10 月から再開したのだという。
20年あまり通う臨床心理士の女性は、〝保髙さんがいる喫茶店は、ないと困る、替えがきかない存在〞と、移転した今も足を運ぶ。写真家、ミュージシャン、若手画家……。店主の人となり、作り出す空間に惹かれて、多様な客が通っていた。その中には、デザイナーとして歩き始めたばかりの「ミナ ペルホネン」の皆川明さんもいた。「皆川くんは、チーズケーキが好きでね」。保髙さんはそう言って、懐かしそうに目を細める。
皆川さんが好きなレアはお休み中だけれど、ベイクドチーズケーキ400円は健在。保髙さんが試作を重ねた自信作だ。
保髙さん自身もまた、喫茶店に育てられた人だ。
「音楽が流れていて漫画や雑誌があって、煙草をくゆらせながらコーヒーを飲み、何することなく過ごせる場所。東京に行ったら、そんな〝さてん〞に行くのが憧れだったから。」
「軽食がある、いわゆる喫茶店もあれば、キリマンジャロやブルーマウンテンを淹れるコーヒー専門店もあった。話をしに来る人、考えごとをする人。皆、思い思いに過ごしてました。私は、もっぱらロック喫茶。政治、世界情勢、世の中のことはすべて音楽に教えてもらったかな」
アルバイトと喫茶店通いの日々。そのうち、当時の〈馬天使〉のオーナーに出会った。
「飲食店はやったことがないけど、よく知る場所。やってみるか」と、店を引き継いだ。33歳だった。
「喫茶店をやってみて感じたのは、ほんとに色々な人がいて、色々な事情を抱えているんだなぁということ。それを話したい人もいれば、放っておいてほしい人もいる。失敗もしました。かと思えば、ふとした会話からうちの店の写真を撮ってくれるようになった人もいたり、なにより〝ここにいると落ち着くんだよ〞という声を聞くのがうれしくてね」
気づけば、34年。朝の9時半には店に入って仕込みをし、客の話に耳を貸しながら、コーヒーを淹れ、軽食を作り、片付けを終えて店を出るのは、決まって、日付が変わるころ。
コーヒーは、20歳のころから毎朝、いろんな豆を試しながら淹れていた。
「だから、自分が好きな音楽をかけて、好きな本や写真、ガラクタを置いて、過ごしやすいように工夫していました」
今は厨房がカウンターの奥。“調理中、保髙さんの姿が見えないのが寂しい”という声もあるけれど、作り終えればこの通り。以前と変わらぬ風景。
どんな人でも〝ここにいていいんだ〞と思える。そんな喫茶店だったからこそ〈馬天使〉は少しだけ名前を変えて、今も続いている。まだまだ続けますか? と尋ねると、「いい場所が見つかったら、〝旅する〞の3文字を取って、開店したいという持ちもありますよ。〝まだ生きてますから、来てね〞って(笑)」。
(Hanako1150号掲載/photo : Kenya Abe text : Yuko Saito)