既成概念を打ち破る、衝撃のパン。 自家製粉した全粒粉100%の極上パン。ここでしか食べられないパンを求めて和歌山〈3ft〉へ。
和歌山にほかでは食べたことのないパンを焼く職人がいる。その名はなかむらたかしさん。ギャラリーのような空間に並ぶパンの種類は多くなく、昼過ぎには完売することもあるという。どんなパンなのか知りたくて、和歌山に足を運びました。
自分だけしか焼けないパンじゃないと意味がない。
駅から少し離れた大通りに面してその店はあった。真っ白な壁とモルタルの床。パン屋のイメージとはかけ離れたミニマムな空間に、サンプルだけが並ぶ。「瑞々しい」「10キロン」「たわわ」とパンらしくない名前を持つものも多く、手に取れば見た目以上にずっしりと重さを感じる。「ほかの人と同じパンを僕が作っても意味がないから」となかむらさん。専門学校を卒業して街のパン屋に勤務した後に独立。
「修業先のレシピで作るんじゃつまらない。トライアンドエラーでわざと失敗してみる」ことから始め、到達したのが長時間発酵と高加水のパン作り。ぱっと見ればハード系に思える「瑞々しい」は、握れば潰れるほど柔らかい。焼くことで固めた表面で、もっちりを超えてねっとりした生地の形を保っている。ドライフルーツやナッツを加える「たわわ」などは、7種の小麦粉と4種の酵母を組み合わせたguu生地がベース。
自由な発想で作られるパンは驚くべき手触りや食感で、まさになかむらさんの作品だ。独自のパンは、パン作りへ注ぐ情熱のコントロールも影響している。「パンに主導権を握られるんじゃなく、僕の生活にパンを合わせたい。パンと一緒に寝て起きたらどちらにも無理はないから」という気持ちが、20時間の長時間発酵へと到達した。
「65歳まで自分で作り続けたいから、仕事時間は10時間以内というのも心がけていること。パンを大きく焼くのは、おいしいこともあるし、カットは販売を担当する妻が分担することで効率的になる。サンプルだけを並べているのも、大きなパンはお客さんも取りづらいし、最初から袋に入れておく方が衛生的で、さっと渡せるから効率がいい。キャッシュレスを導入したのもそう」感性と論理が混じり合い、生み出されるオリジナリティあふれるパン。今春からはさらなる刺激を求め東京へ。どう変化するか、注目せずにはいられない。
〈3ft(サンエフティー)〉
〈3ft〉は5月上旬で閉店予定。その後店主のなかむらたかしさんは東京・清澄白河へ拠点を移すことに。現在地ではなかむらさん監修の新しい店がオープン。
■和歌山県和歌山市堀止西2-1-1
■073-426-8089
■9:30ー15:00(売り切れ次第終了)木休
■イートインなし
(Hanako1182号掲載/photo : Yoshiko Watanabe text : Mako Yamato)