日々に忙殺されていた人たちが、晩餐を通じて一同に会するドラマ『晩餐ブルース』

日々に忙殺されていた人たちが、晩餐を通じて一同に会する
テレビ東京の水ドラ25で3月まで放送されていたドラマ『晩餐ブルース』は、井之脇海&金子大地ダブル主演で描く、疲れた現代人に刺さる作品だ。
テレビ局でディレクターをしている田窪優太(井之脇海)は、日々の仕事に忙殺され、家は荒れ放題。そんなとき、友人の佐藤耕助(金子大地)、蒔田葵(草川拓弥)と再会し、そのきっかけを機に、友人同士で晩餐を共にする活動、略して「晩活」を始めようと提案される。
テレビ東京と言えば、『孤独のグルメ』や『きのう、何食べた?』をはじめとした深夜の食べ物ドラマで知られているが、本作は、そこに男性同士の新たな形の連帯や、癒しの形が描かれているのが新鮮な一作だ。
プロデューサーを『SHUT UP』の本間かなみ、脚本を山西竜矢、灯敦生、高橋名月、阿部凌大、監督をこささりょうま、川和田恵真が手掛けている。
「握手っていいもんだね」「自分の形が分かるような気がする」
優太、耕助、葵はそれぞれに悩みを抱えていた。優太はテレビ局の仕事がいっぱいいっぱいで、一緒に働く先輩編集マンにも、声をあららげてしまうほどに追い詰められている。家に帰って、ゴミだらけの部屋で横になって携帯に向かって仕事のリストを見ているときには、目から一筋の涙が知らず知らずにあふれてくるほどだった。
耕助は料理人であったが、やはりレストラン内での忙しさや人間関係に疲弊して、店を辞めていたが、それを優太たちには当初は言えないでいた。
葵はコンビニ店長をしていて、唯一三人の中では結婚もしていたが、離婚してバツイチになっていた。
彼らの他にも気になる人がたくさんいる。最も気になるのが、優太の同僚の女性プロデューサーの上野ゆい(穂志もえか)である。彼女はドラマの打ち合わせで、自分の企画したドラマであるにも関わらず、キャラクターの行動について、「ささやかな展開」を提案しても、男性ディレクターや脚本家などのスタッフに「地味じゃない?」とか「上野さんの企画ですし、別に個人的な趣味に寄せてもいいんですけど」と半笑いで反論されてしまう。
この「個人的な趣味」による提案を仕事の場でしているのではないかと半笑いで指摘されるということには、身に覚えがある。ドラマなどの良さについて、ここがいいと感情を入れて会議でプレゼンをすると、論理的ではない説明であるとして、「個人的な意見にすぎない」と一笑された経験は私にもある。半笑いに込められているのは、たぶん「誰かのファンである」とか「一個人の単なる萌えにすぎない意見であり、大衆に向けた客観性がない」「それではプロ意識がない」というような揶揄があるのである。
そのほかにも、上野は自分が立てた女性4人の物語を、上司から、「男性版だったらできる」と言われてしまったり、女性主人公なら、「ドロドロ復讐系あたりかな」と変更を余儀なくされてしまう。女性が自分たちの立てた企画を、男性上司から、恋愛もののほうが世間の女性たちが求めているはずだと、勝手に変えられてしまうシーンというのは、このドラマに限らず、『『妖怪シェアハウス-帰ってきたん怪-』』や『若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―」』などでも見られることである。
ドラマを作っている人たちが、オリジナル作品でこのような描写を作るということは、実際の現場で、同じようなやりとりがあるのかもしれない。
優太や上野の先輩にあたる売れっ子ディレクターの木山もまた、上野を揶揄していた一人である。彼は、後輩、つまり上野のような立場のものが立てた企画に、後で参入してきたにも関わらず、インタビューなどを受ける際には、さも自分の企画であるように話すこともあるような人だ。
木山は、会社の論理や、一般社会の競争の論理にのっとって生きていて、感受性のスイッチを切って生きている。そのため、自分のやりたいことがない。優太のことも、優しすぎることでつぶされると思っている。仕事終わりで食事を楽しく一緒にすることのできる仲間もいない。そのことを優太の晩活によって気付かされ、また優太との対話によって徐々に変わろうとしていくのだった。
家の近所のスーパーの特売日にたくさんの食材を買いすぎて持てなくなっていて、耕助と葵が荷物を自宅まで運んであげる亀井(渡辺哲)も気になる人物だ。彼は、仕事ばかりしていて気付いたら友だちと言える人がいなくなっていたと語る、少し木山と被るところがある人物だ。
荷物を運び終わった後、亀井と耕助たちが別れるとき、荷物を渡してもらおうと手を出したのを葵が間違って握手をしてしまう場面がある。亀井は、その手のぬくもりを感じながら「握手っていいもんだね」「自分の形が分かるような気がする」としみじみしているシーンがあり、妙に心に残る。
そんな亀井であるが、その後も近所で耕助たちと出くわすこともあり、特売仲間としてその後も交流を続けていた。
いろんな人のそこはかとない生きづらさが共鳴する姿に、見入ってしまう
晩活によって、忙しい日々に少しだけ癒しを得ていた優太だが、それでも心が疲弊していたために、会社を一時、休職することを決める。一方、耕助もまた、とある食堂をリタイヤする老夫婦に変わって、受け継ぐことになる。耕助は、その新たな店のためにメニューを考えたくさんの料理を作りすぎていた。料理を食べてもらうために、上野や木山、そして亀井を家に呼び、大人数での晩餐会を催して物語は終わる。
日々に忙殺されて悲鳴を挙げていた人たちが、その心の声に気付いて晩餐を通じて一同に会する。その中には、いろんな人がいるというのが、見ていて心地よかった。
実際には、忙しさから抜けるのも難しく、晩活を行うような仲間もなかなか見つからず、仕事を一休みすることは人によっては難しいことかもしれない。けれどもドラマでこのような姿が示されるだけで、「休んでもいいのだ」と肯定され、ほっと一息がつけるような気がして、毎週の放送が楽しみな作品であった。
text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi edit_Kei Kawaura