「映画館に行くことを、自分をケアする選択肢の一つにして欲しい」ミニシアター支配人、山崎紀子|エンドロールはきらめいて 〜えいがをつくるひと〜 #14

CULTURE 2024.08.28

毎月1人ずつ、映画と生きるプロフェッショナルにインタビューしていくこのコーナー。今回のゲストは大阪の映画館シネ・ヌーヴォの支配人を務める山崎紀子さん。1997年に開館して以降、6000本以上(!)の映画を上映し、関西屈指の上映本数とこだわりの上映ラインナップで地元住民や映画ファンから愛されてきた同館。その歴史に20年以上伴走されてきた山崎さんに、仕事を続けてこられた理由や、映画館の色を左右するプログラムをどのように決められているのかについて、お話をうかがいました。

そのまっすぐな言葉の端々からは、シネ・ヌーヴォが人々に愛され続ける理由が伝わってくるはずです。インタビュアーは、観客として、時には上映の企画者としてシネ・ヌーヴォを訪れ、山崎さんとの交流を深めてきた井戸沼紀美さん。

自ら手を伸ばし、ある日支配人に

――山崎さんは2001年に20代でシネ・ヌーヴォに入社され、2008年から同館の支配人を続けられています。

前任の支配人が辞めたとき、数ヶ月ぐらい支配人業務をせざるを得なくなった時期があって。映画に関するいろいろなやりとりをしていく中で「ヌーヴォの山崎です」と言うと、「え、代表の景山(理)さんは?」とか「前任者の人は?」と言われることが多くて。まだ若かったし、なめられてるような感覚もあったから、代表に「肩書きをください」と伝えたんだよね。

そうしたら、即答で「じゃあ支配人で頑張って!」と軽く言われて。もともとは副支配人とか、受付主任からやっていけたらと思っていたんだけど、その一言で「頑張ろう」と背筋が伸びた部分があったかな。

――「支配人」というと、イメージがつくようでつかない部分があるのですが、具体的にはどのようなお仕事をされているのでしょうか。

やっぱり一番に考えているのは「何を上映するのか」ということ。あとは、スタッフがそれぞれの仕事をできるようにサポートをしたり、配給会社さんとやりとりをしたり。自分で受付にも入るし、チラシ作りもする。「とにかく動かす」イメージかな。

――そこまで幅広い業務を担当されているんですね。「何を上映するか」に関して言うと、シネ・ヌーヴォが独自に開催している特集上映のことが気になっていました。ラインナップを考えるのが楽しそうだな、と思ったり!

そう、すごく楽しい! ヌーヴォの場合は文芸系の作品を求めているお客さんも多いから、女優さんや監督の「生誕100年」企画を考えてみたり。

あとは採算ばかりじゃなくって「これはうちでやらないといけない」という企画もある。例えば去年やった小林政広監督の一周忌追悼特集もその一つで。生前にお世話になった監督がいなくなるのは寂しいし、作品は残っているから上映する。うちの映画館はそういう意志が強いんじゃないかな。


年末に映画『ハッピーアワー』(濱口竜介監督、2015年)を上映する企画は、今では風物詩のようになっているそう

――プログラムを組むには、膨大な量の映画について知識が必要になりそうです。

特に年代が古い監督の特集の時は、観たことのない作品も多いからね。そういうときはとりあえず本を買って読む。そこから「こういう監督なんだ」とか「この作品が有名なのか」と勉強しているかな。

――配信やソフト化がされていないなど、観ようと思ってもすぐに観れない作品も多いですもんね。

そう。だから特集の場合は、私たちもお客さんと一緒に作品を発見するような気持ちで、観たことのない映画を上映してる。ただ、実際に観てみると参考文献に書かれていた内容と映画の内容が全然違って「シーン……」となることも(笑)。そういう時は「やることに意義があるよね」と自分たちに言い聞かせてる。

あとは、特集どうしの繋がりにも工夫しているかな。例えば小津安二郎の特集をした後に、小津からの影響を公言している(アキ・)カウリスマキの映画を続けて観られるようにしたり、生誕100年女優として淡島千景さんと越路吹雪さんの特集を続けたり。前後のプログラムにちょっとずつ微妙なつながりを持たせるというのを、結構工夫してやっているつもり。たまにこちらが気づかないところで化学反応が起きていることもあって、お客さんから「こういう順番で見た映画がすごい良かった」と言われると嬉しくなる。


アキ・カウリスマキ監督『枯れ葉』(2023年)予告編

ただ、自分たちだけだと時間と労力に限りがあるから、最近は、外部の人が企画してくれた特集も積極的に取り入れていて。例えばGucchi’s Free Schoolが企画した「女性たちの映画史」に関する企画があったり、京都みなみ会館から引き継いだ特撮系の企画を2ヶ月に一回やったり。これからもっと開かれた編成をしていきたいなと思ってます。


上映団体Gucchi’s Free Schoolの企画で上映された『ガールフレンド』(クローディア・ウェイル監督、1978年)予告編

個性の強い映画館で積み重ねた、人とのつながりと安心感

――劇場にお邪魔したとき、山崎さんがお客さんに気さくに声をかけているのを見て、素敵な関係性だなあと思いました。

おんなじお客さんが毎日来てくれたりもするから、映画館が学校とか会社みたいになっている部分があるのかもしれない。他の映画館に行っても会うし、なんなら東京に行ってもばったり会うし(笑)。狭い世界だとは思うけど、どこにいても、映画の近くに行けばヌーヴォの常連さんがいる、っていうのは安心感にもつながっているかな。

それに、スタッフとお客さんっていう立場ではあるけど、こっちが映画のことを教えてもらうこともある。常連さんが東京の名画座に行って「こんなんやってるよ」ってチラシを持ってきてくれると、それが自分の中ではすごい情報になるし。

――毎日のように顔を合わせているからこその信頼があるんですね。

20年ずっと、知ってるお客さんもいるしね。「最近あの人見ないな」って話していたら、常連さんが亡くなっていたこともあった。劇場でしか会わないから、誰もそれ以上のことを知らなくて。でも、その人のことは今でも思いだす。SNSで劇場をすごく応援してくれる人だったから、「今の特集を見たらこう書いてくれるんだろうな」って想像して。

――そうやって自分を思いだしてくれる場所や人と出会えることは、とても幸せなことなんじゃないかと思います。山崎さんから見て、シネ・ヌーヴォの魅力はどんなところにあると思いますか?

個性が強い映画館、というのが一番かな。維新派(註:松本雄吉を中心に旗揚げされた劇団)が装飾を施してくれた唯一無二の空間があるし、それがずっと残っているというのも好きだし。

あとは、代表の景山さんが1980年代からやっていた映画新聞があるねんけど、当時新聞でインタビューした人とか、そういう人脈によって、ヌーヴォたる所以が形づくられているなと思う。景山さんの世代が培ってきたものと、私がお世話になっている人が全く同じではないからこそ、重層的にいい影響を与え合ってるのかな、と。あと、スタッフもみんな好き。みんなほんとに頑張り屋さんで、集まるべくして集まってくれた気がする。自分でやっているけどラインナップも好き(笑)。いい映画館やな、と思う。

いつもこれからも、出来ることをやる

――山崎さんは2000年代から支配人のお仕事を続けられていますが、特にこの10年ほどで、映画館を巡る状況について、変化を感じる部分はありますか?

大阪のテアトル梅田、京都みなみ会館、名古屋シネマテークと「一緒にやってきた」と思っていた映画館が閉館していったのは……やっぱりすごくショックだった。2年前に岩波ホール(註:「ミニシアター」の草分けとされる東京・神保町の映画館)が閉館したとき、「何か時代が変わるんだろうな」という感じもしていて……。

でもその後、名古屋シネマテークの跡地に新しく「ナゴヤキネマ・ノイ」というミニシアターができたり、時代が変わっても、映画が必要とされれば、またそこに何かが生まれるんだろうなという予感も感じてる。ヌーヴォも今はコロナ禍から続いた危機をやっと脱したようなところだから、この調子で七藝(大阪・第七藝術劇場)とか仲間と連携しながら、出来ることをやっていけたらと思っているかな。


シネ・ヌーヴォで8月31日から上映される『ラジオ下神白』(小森はるか監督、2023年)予告編

――上映している映画の内容について、変化を感じることはありますか?

うーん……(長考)。これは伝わりづらいかもしれへんし、自分が選んでるだけかもしれないんだけど。これまで、ある世代によって作られてきた「骨太」と言われるような作品の中には、結構きついものが多くて。「なんでこんなに女の人が搾取されるようなことをネタとして物語を作れるんやろう」とか、映画を成立させるためのネタとしてマイノリティーの存在が入れ込まれていたりとか。そういうものに対する嫌悪感が強くあったんだけど。

そうじゃない映画、真摯に作られた映画っていうのが、多くなった気がする。そういうのはいいな、と思うねんな。最近だと『すべての夜を思いだす』(清原惟監督、2022年)とかは、めちゃくちゃ好きやった。本当に好きやった!


『すべての夜を思いだす』予告編

映画には心をケアする力がある

――愚問かもしれないのですが、20年以上働かれていて、映画館以外の仕事をしようと考えたことはないんですか……?

うーん。……ないかな。ないかも。結構先まで上映や特集の予定が決まっていたりして、そういうことの積み重ねで(笑)。お客さんも、「来年の1月にこの特集をするよ」って言ったら、「じゃあそれまではなんとか生きながらえるわ!」とか、「じゃあそれを励みに仕事、頑張るわ!」と言ってくれて。それを聞くと私も、企画をちゃんと考えなきゃ、って。そういうので、ちょっとずつ先に意識がいってるというのはあるかもしれない。

――映画を観るには、精神的なエネルギーを使う部分もあるかと思います。だからこそ、ずっと映画と向き合い続けて、それを届けるというのはすごい仕事だなと。

本当に面白いなという映画を見ると、それだけで力になるというか。逆に映画を観る時間もないぐらい忙しい時は、さらに疲弊しちゃって。映画の苦労を映画で助けてもらえるからこそ、やっていけるのかもしれない。簡単なサイクルやけど(笑)。

営業で言うんじゃなくて、映画館で映画を観ることで、豊かな心になれることが絶対にあると思う。全員が全員じゃないと思うけど、今がしんどいと思っている人も、作品からエネルギーを受け取れたら、ちょっと生活が楽になったりするんじゃないかな。映画を観てすぐではなく、10年後、20年後とかにでも。だから、自分をケアするとか、そういう意味合いも含めて、映画館で映画を観るっていうことを、選択肢の一つにして欲しいなと思う。


最近、山崎さんが元気をもらったという映画『狂った野獣』(中島貞夫監督、1976年)

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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