物語の「色」はどうやって作られる?
映画『彼方のうた』『僕の手を売ります』
カラリスト・田巻源太|エンドロールはきらめいて〜えいがをつくるひと〜 #10

CULTURE 2024.01.28

毎月1人ずつ、映画と生きるプロフェッショナルにインタビューしていくこのコーナー。第10回目のゲストは田巻源太さんです。

映画劇中の色味を整える「カラーコレクション/グレーディング」など、作品の仕上げ作業に多く関わられている田巻さん。この仕事に関わるようになるまでには、いくつもの印象的な出会いがあったようです。

「欲しい色」と「正しい色」を導きつつも、気付かれないことが一番

――田巻さんは現在「カラリスト」「編集」「仕上げ」「DCPマスタリング」など、さまざまな肩書きで映画に関わられていますよね。

田巻:大学を中退した後はラジオやテレビのディレクターをしていたんですが、番組の収録などをしていた渋谷のスタジオで、偶然、冨永(昌敬)組なんかで録音技師をしている山本タカアキさんという方と知り合ったんです。そこから、人手が足りずに困っている編集現場に連れて行かれ。お手伝いしていくうちに、だんだんと映画の世界に深く関わるようになりました。


田巻さんが仕上げ作業を担当した、冨永昌敬×オダギリジョーのタッグ作『僕の手を売ります』PR映像

――今日は田巻さんのお仕事の中から、特に「カラリスト」のお仕事について伺いたいと思っています。「カラコレ(カラーコレクション)」や「グレーディング」という言葉は聞いたことがあるのですが、具体的にはどんな作業をされているのでしょうか。

田巻:一言で言えば「色を調整する」ということなのですが、ざっくり分けると「欲しい色に持っていく」作業と「正しい色に持っていく」作業があります。演出として、作品のトーンやルックを設計していく作業が「欲しい色に持っていく」作業、撮影や編集の都合で適切ではない色になってしまった箇所を修正していくのが「正しい色に持っていく」作業です。

ちなみに言葉としては、カラコレが正しい色にする作業、グレーディングが欲しい色にする作業というイメージですね。この仕事をやっている当人たちは、あんまり気にしてないんですけど(笑)。

――なるほど、勉強になります。ちなみに「正しい色に持っていく」作業では、例えば空の色を朝から夜にするとか、そういった大胆な調整も行われるのでしょうか。

田巻:ありますよ。昼間撮ったシーンを夜のシーンに見せる作業を「潰し」と言っています。中には脚本通りにきちんと撮られていて、あまり色をいじる必要がない作品もありますが。


田巻さんがカラリストとして参加した杉田協士監督『彼方のうた』(2023年)予告編

――これまでに関わられた作品の中で、手応えを感じた作品や、印象深い作品があれば教えてください。

田巻:『共喰い』(青山真治監督、2013年)はうまくいったかなと思います。この作品は編集も自分が担当したのですが、シーンの構成を考えながら同時に色補正のプランも考えられたことがおそらく功を奏して。昭和63年という時代の空気をどう出すのかについても撮影技師さんと話をしながら進めていき、クライマックスに至る直前のシーンからは、ほぼ色がない状態になっているんです。

――作品を拝見したのですが、あまりそういった印象は……。

田巻:ないんですよ、観ている側としては。徐々に徐々に、無駄な情報としての色を抑え込んでいって、最後にドカンと色が出てくる、みたいなことに挑戦したのですが、それがうまくハマったんですね。僕はそうした作業を、観客に気づかれないようにやるのが一番いいと思っています。


田中慎弥による芥川賞受賞作を映画化した『共喰い』予告編

撮影現場に潜り込み、映画を作りはじめた学生時代

――田巻さんのプロフィールには「高校生の時から映画製作に関わり始め」と書かれていています。もともとどんな経緯で映画作りに関わり始めたのでしょうか?

田巻:学生時代、手塚眞さんという方が、僕の地元の新潟に大規模なオープンセットを作って映画を撮影されていたんです。それにあわせて、現地でスタッフの育成をするためのワークショップが開かれていたので、自分もそこに参加して。それが仲間内で自主映画を撮るきっかけになりましたね。当時、高校2年生ぐらいだったかな。

その後もワークショップ関係者の活動の甲斐あって、新潟では何本も商業映画が撮られていたんです。安藤尋監督の『blue』(2001年)とか、三池崇史監督の『ビジターQ』(2001年)とか。そういう現場に、自分も下っ端として潜り込んでいました。もちろん、当時は学生のひよっこなので、エキストラさんにお弁当を配るとか、ちょっとしたお手伝いばかりですけど(笑)。

――それでも学生さんが本格的な撮影現場を体験できるというのは、素晴らしい環境ですね。

田巻:自分が映画を作り始めた頃には、とある事件もありました。高校生の自主映画に、大杉漣が主演する、という……。

――え……!?

田巻:あるとき新潟の「シネ・ウインド」というミニシアターで大杉さんの出演作をまとめて上映するオールナイトイベントがやっていまして。質疑応答で「何を聞いてもいいよ」と言うので、手を挙げて「映画を作っているので出てください」と言ってみたら、「じゃあ脚本を送っといて」とサラッと返されたんです。「マジで!」と事務所に本を送ったら、本当に出てくれることになり。


当時高校生の田巻さんが監督した大杉漣さん主演の映画『黒いカナリア』(2000年)。田巻さんのブログには、大杉さんとの思い出が綴られている

――ものすごいドラマですね……! そんな体験をしたら、そのまま監督を目指す道に進みたくなりそうです。

田巻:ね、なりそうですよね。ならなかったんですけど(笑)。

色を知るには、日々街をよく見ること

――数あるお仕事の中からカラコレ/グレーディングの道に進まれたのはなぜでしょう?

田巻:自分がこの仕事をできるようになった理由はいくつかあると思っています。まず一つ、テレビディレクター時代に担当していたBSの『MUSIC TIDE』という音楽番組で、写真家のハービー・山口さんとご一緒させてもらったことは大きいですね。僕もハービーさんのアシスタントとしてBカメを持っていたんですが、そのときに画をどう作るのかという話を色々聞かせてもらって。

――ハービーさんと言えば、50年以上にわたって活躍されている巨匠ですよね。画づくりの話はかなり具体的にされていたのでしょうか。

田巻:いや、世間話のレベルです。ハービーさんは写真の方なので、ビデオカメラについては僕に質問をしてくれて。僕としても、その時にハービーさんが撮りたい画を作らなきゃいけないので、かなり訓練になりました。勝手に学ばせてもらった感じですね。

もう一つ勉強になったのが、僕がいま使っている「DaVinci Resolve(ダヴィンチリゾルブ)」というソフトとの出会いです。以前はカラコレというと一式1000万円のレベルの機材を使える大きいポスプロ会社さんに作業を頼まなければならなかったのが、2010年ごろに自分で作業を完結できるこのソフトが一本10万円程度で売り出され始めて。

僕も知り合いづてで、そのプロモーションに一緒に回ることになったのですが、ソフトを売るためにはマニュアルを全部読み込まなきゃいけないので、まだ日本語版の説明書がない時代から、300、400ページの説明書を全部読み込んでいたんです。なので当時、このソフトに関しては相当詳しくて(笑)。そのことも今の仕事に活きているかなと思います。


田巻さんが初期にグレーディングした作品の中で、特に印象深い1本だという瀬々敬久監督の『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)予告編

――カラリストになりたい方は、ソフトを買えば独学で勉強することもできるんですね。

田巻:そうですね。最近はカラコレ、グレーディングで有名なスタジオも増えてきたので、一度大きいスタジオに就職してみるのも良いかなと思いますが。独学で勉強していくとすれば、無料版のDaVinci Resolveで基本的な映像制作、グレーディングを十分勉強できると思います。とりあえずやってみる、というのが一つの手ではありますね。

――まずこういうことを意識して画を作ってみるといいよ、という指標はありますか?

田巻街をよく見ること、ですかね。「これは朝のシーンです」と言われた時に、それは東京なのか、北極なのか、1月なのか、8月なのかで明るさも色も全く違うはずなんです。

「夕焼けを作りたいからオレンジっぽい色にしましょう」とか、「朝なので青っぽくしましょう」と言われることもあるのですが、太陽の入射角のことや光の色のことを実体験として分かっていると、「それは違うよな」と気づくことができる。そういうのは技術論じゃなくて、世界を知っていればできることだと思うんです。

――世界の見方と技術の両輪で映画の色が作られていくんですね。

田巻:もちろん、現実的な色味を理解した上で「それでも夕暮れをオレンジにしたい」ということもありうると思います。例えばCMだったら商品がちゃんと見えることが大切ですし、MVだったら楽曲の世界観に合うことが大切なので。表現したいものに対して、いかに適切な色を与えられるかが問われるのかな、と。自分が表現したい分野に強いスタジオを選んで就職するのも手かもしれません。

――具体的に教えてくださってありがとうございます。

田巻:僕はいろいろなポジションの仕事を「呼ばれたらやる」という便利屋のようなやり方ですけど(笑)。お役に立てれば何よりです。

text_Kimi Idonuma edit_Wakaba Nakazato

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