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苅田梨都子の東京アート訪問記#2 『デイヴィッド・ホックニー展』東京都現代美術館

CULTURE 2023.09.18

ファッションデザイナー・苅田梨都子さんが気になる美術展に足を運び、そこでの体験を写真とテキストで綴るコラム連載です。第2回目は、東京都現代美術館で開催中の『デイヴィッド・ホックニー展』へ。

今回は清澄白河にある東京都現代美術館を訪れる。恥ずかしながらデイヴィッド・ホックニーの名を初めて聞いた。日本では27年ぶりとなる大規模個展とのこと。代表作をはじめ、新作あわせて120点ほどのボリュームある豪華な展示だ。60年以上にわたり制作を続ける彼の生涯のほとんどを眺められる贅沢な機会となっている。

デイヴィッド・ホックニーは1937年にイギリス、ブラッドフォードに生まれる。地元の美術学校に通った後、ロンドンの王立美術学校で学ぶ。絵画、版画、写真、映像などさまざまなジャンルで制作。現在はフランスのノルマンディーにスタジオを構えている。

今回の展覧会は東京都現代美術館の1階と3階で開催されており、スタートは3階から。エスカレーターで上り、展示室の入口に向かうとラベンダー色の壁が一面に現れる。会場ではさまざまな色がポイントとして配色されていた。そして、 展示空間、作品ともに“紫色”が特に印象的だった。ペールトーンの紫やチェリーレッドの展示壁、作品に描かれる紫の樹木や存在感のある花々たち。どこかミステリアスな雰囲気を醸し出す”紫色”。わたしはホックニーのキーカラーとなっているように感じた。

本展では、様々ある絵画の中に潜む”紫色”を意識しながら巡っても良いのではないだろうか。もしくは自身の感性で特に惹かれた色は何だったのか。展示を観終わった後にゆっくり振り返ってみるのも楽しそうである。

「デイヴィッド・ホックニー展」 東京都現代美術館、2023 年 《春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年》 2011年 ポンピドゥー・センター © David Hockney 撮影:編集部
「デイヴィッド・ホックニー展」 東京都現代美術館、2023 年 《春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年》 2011年 ポンピドゥー・センター © David Hockney 撮影:編集部

一番驚いたのが、iPadで描かれた作品。展示室で一番最初に来場者が目にするのも、新しい材料や技法にも興味を持って実験を重ねてきたというホックニーが、2020年にiPadで描いた作品《No.118、2020年3月16日 「春の到来 ノルマンディー 2020年」より》だ。

次に進むと会場には大きな液晶画面が三つ並び、iPadでの制作風景がアニメーションで映し出されている。ホックニーが日々を過ごし、眺めている窓辺からの景色を描いた作品だ。同じ構図の絵を何枚か眺めたが、さまざまな色で描かれていた。きっとその日の気分で観ている景色や作品への気持ちも変わるのだろうと感じ取れた。私が普段眺めている景色も、きっと毎日異なるはず。それなのに、日々の景色を現実と違う色で想像したことはなかった。ホックニーが日記のように描き綴った作品に刺激をいただく。

例えばわたしの目の前に広がるアトリエの窓辺では、オレンジや紫色の鮮やかな色の花々が咲き乱れている。蝶々もいる。柔らかな水色の窓のフレームに日差しが当たる。触発され、すぐにそんな妄想に掻き立てられた。

「デイヴィッド・ホックニー展」 東京都現代美術館、2023 年 《春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年(5月31日 No.1)》 2011年 デイヴィッド・ホックニー財団 © David Hockney 撮影:編集部
「デイヴィッド・ホックニー展」 東京都現代美術館、2023 年 《春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年(5月31日 No.1)》 2011年 デイヴィッド・ホックニー財団 © David Hockney 撮影:編集部

本展を辿ると、良い意味で「まるで別人が描いたのではないか?」と疑ってしまうほどに、ホックニーが絵について幅広く研究し続けていることがよくわかる。iPadの他にはファックスやコピー機なども用いる。「何を見て、どう描くか」に向き合い、さまざまな表現で絵画にアプローチしている。わたしが今まで観てきた画家は、自分らしさを探求し、代表作の雰囲気をさらにアップデートしていくような印象だったが、ホックニーの表現や技法の豊かさに圧倒されたのだった。

「これでもう充分」と満足するということはなさそうな彼の作品を観ていると、私の意欲も湧いてくる。そんなエネルギッシュなホックニーはさまざまな手法を用いるだけではない。『自由を求めて』という章の作品《一度目の結婚(様式の結婚Ⅰ)》では、彼の思想や社会的な状況も反映させている。

ほかには二人の人物で画面を構成するダブル・ポートレートに惹かれた。《両親》では、実家にある鮮やかな緑のチェストに色鮮やかなチューリップが飾られている。母は真っ直ぐこちらを見つめ、父は下を向き本を読んでいる。こちらもそれぞれの性格上このような絵になったのだろうと感じ取ることができる。

《クラーク夫妻とパーシー》ではファッションデザイナーとテキスタイルデザイナーの友人と愛猫を描く。ホックニーの色彩感覚は、もしかしたら幼少期から両親の影響を受けたり、友人のデザイナーと互いに刺激しあっていたのかもしれないと肖像画から関係性を想像してみる。

いつも身近にあるものに目を向け、親しい人やそばにあるものをモチーフとして選び描く。そのような彼の姿は、等身大で背伸びしすぎていない。ありのままの姿を作品に投影しているように感じた。

同じ章に展示されている《2022年6月25日、(額に入った)花を見る》は、特に細かな部分がリアルで、まるでAIがつくったかのような完璧さを感じるけれど、絵画特有の質感も漂わせている。輪郭はあるのになぜか曖昧で、どのような技法でつくられたのか気になる作品だった。

展示室を進むと赤・青のインクを用いて描かれたスケッチのようなエッチングの作品や、100枚以上の写真を撮って貼り合わせたフォト・コラージュ作品もあり、印象的だった。ピカソに影響を受け、キュビスムを感じるリズミカルな作品なども見受けられた。

後半にかけては、大型作品が展示されている。戸外制作では自然を見つめ、デジタル技術と組み合わせながら独自の方法で壁一面の大きな絵を描く。まるでその風景をその場に立ち眺めているような心地良さを感じた。ホックニーは足し算・引き算・そして掛け算が上手いなと思う。様々な技法を取り入れてきたからこそ、イメージを形にできる力がある。思い描くことは誰にでも容易いことかもしれないが、こうして形にしていることに尊敬の眼差しを抱く。

3階を観終えると、1階からは写真撮影も可能だ。冒頭に掲載した壁一面がチェリーレッドの展示室から始まり、まるでホックニーの世界に自分が飛び込んだような気持ちになった。風景画が多く、この先には何があるのだろう?と想いを巡らせる。そしてラストである奥には、全長90mの大作《ノルマンディーの12か月》が。

「デイヴィッド・ホックニー展」東京都現代美術館、2023年 《ノルマンディーの12か月》(部分)2020-21年 作家蔵 © David Hockney 撮影:編集部
「デイヴィッド・ホックニー展」東京都現代美術館、2023年 《ノルマンディーの12か月》(部分)2020-21年 作家蔵 © David Hockney 撮影:編集部

こちらも全てiPadにて制作。だんだんと新葉がつき花々が芽吹いていく様子など、季節の移り変わりを一つの作品の中で表現した。ノルマンディーの歴史的な物語を描くため11世紀に作られた70mの刺繍画“バイユーのタペストリー”がヒントになったという。

身のまわりの景色を一年を通して描いた本作は、ぐるりとカーブになって展示されている箇所もあった。青々とした豊かな景色を散歩するような気持ちで進んでみては。

「デイヴィッド・ホックニー展」東京都現代美術館、2023年 《家の辺り(冬)》 2019年 作家蔵 © David Hockney 撮影:編集部
「デイヴィッド・ホックニー展」東京都現代美術館、2023年 《家の辺り(冬)》 2019年 作家蔵 © David Hockney 撮影:編集部

ちなみに本日の服装では、〈ritsuko karita〉22SSコレクションの際にデザインした額縁モチーフのハイソックスを履いてきた。日本画家の小倉遊亀にインスピレーションを受け制作したコレクションは、絵画を飾る額縁に着目し、モチーフ箇所を透明糸にして肌がちらりと覗くのだ。

今回は日本画ではないけれど、ホックニーも日本・京都に訪れ制作した《龍安寺の石庭を歩く 1983年2月、京都》を観て日本人である私の感性や最近マイブームの日本画の要素などを少しでも感じられて嬉しく思った。ハイソックスはターコイズブルーを選んだけれど、ホックニー展にあわせて色鮮やかなファッションを差し色にしたいと思ったからだ。

観終えた後は空腹だったので、ミュージアムショップ付近にある“二階のサンドイッチ”にてサンドイッチと限定のホックニー展のパフェをいただいた。

苅田梨都子の東京アート訪問記 パフェ

マンゴーやパッションフルーツ、ローズマリーなどを用いてフランス・ノルマンディーの光やラッパ水仙をイメージしたそう。味も見た目も完璧で、こちらも合わせて楽しんでみてはいかがでしょうか。ニコニコ豊かな気持ちになるホックニーの世界に迷い込み、幸せな1日を噛み締めた。

edit_Kei Kawaura

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