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2020.04.01

第9回 今のあなたにピッタリの一冊は…? モデル・山野ゆりさんのために選んだ一冊とは?/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』

 木村綾子さんがさまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う本を処方していくこちらの連載。2020年1月に〈本屋B&B〉を辞め、独立した木村さん。独立後のひとつの活躍の場として、この春から「蔦屋書店」でのイベント企画の仕事をスタートしました。
 ということで本連載も舞台を変えてリニューアル!〈二子玉川 蔦屋家電〉の店内をお借りしてお送りする第9回目のゲストは、モデルで木村さんとも古くからお友達の山野ゆりさんです。途中、彼女のとあるひと言から、木村さんが偏愛する『人間失格』を紹介するという、ユニークな一幕も実現しました。

今回のゲストは、山野ゆり(別名、パン野ゆり)さん。

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“山野ゆり”としてモデル活動をする傍ら、パンに関わるお仕事では、“パン野ゆり”へと名前をチェンジ。 “ファッション × パン”をテーマに、『FRaU』や『Domani』『Numero TOKYO』などで連載を担当しています。特技は「利きクロワッサン」。先日パリで敢行した「1ヶ月間・100クロワッサン食べ比べ」の甲斐あって、だいたいのクロワッサンは、見ただけで味が分かるようになったのだとか。

久しぶりのおふたり。山野さんのお名前に変化が?!

山野ゆりさん(以下、山野)「久しぶり〜!キム変わらないね〜!」
木村綾子さん(以下、木村)「一年ぶり? こんなに会わなかったのって、出会ってから初めてレベルじゃない!?」
山野「ほんとだよ!」
木村「私もこの一年はいろいろあったけど、ゆりもひとつ大きく変わったことがあるよね。いつのまにか“山野ゆり”から、“パン野ゆり”になってた!(笑)」
山野「そういえば、キムにこれ伝えた時、すごく反対されたんだよね(涙)」
木村「夜中にいきなり「私、改名しようと思うんだけど」っていうLINEが届いて。「パンの仕事をする時は “パン野ゆり”!どう!?」って、ドヤ感たっぷりのテンションで(笑)」
山野「キム、「正気か?」って本気モードで返してきたよね」
木村「でも、今じゃすっかり“パン野ゆり”定着したよね。今日は、“山野”が“パン野”になった経緯からぜひ聞かせてほしいな」

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山野さん 改め パン野さん(以下、パン野)「元々は、“山野ゆり”って名前のまま、モデルの仕事もパンの仕事もやってたんだけど。だんだんスイッチングが難しくなってきちゃったんだよね。そんな時にお会いした占い師の方に「あなたは名前を変えた方がいい」って言われたのね。字画から判断して、いくつか候補をもらったんだけど、その中でしっくりきたのが“パン野ゆり”だったの」
木村「きっかけは占いだったんだ。他に何かおもしろい候補とかはあった?」
パン野「個人的に印象に残っているのは、“コネ野ゆり”かな?パンをコネるの“コネ”ね!」
木村「占い師さんのセンス…(笑)けどさ、名前を変えてからゆり、めちゃくちゃパンで活躍してない?!」
パン野「そうなの。ありがたいことにパンの連載も増えて!5つもやらせて頂いているんだ」
木村「すごい!」
パン野「あとは「パン野ゆりです」って名刺を差し出す時に、今日は私、パンの仕事で来てるんだって切り替えができるようになったの。そういう意味でも、改名して良かったなって思ってる」

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木村「いつからゆりって「パンパン」言い始めたっけ?!」
パン野「うーん、ここ4.5年じゃないかな?」
木村「私も「太宰太宰」と言い続けて、早や20年が経つんだけどさ。自分の好きなことが仕事に繋がっていくのって、やっぱり時間がかかるよね」
パン野「かかった、かかった!」
木村「特に、私たちの好きの対象って王道だからね。好きって公言すると、ビジネスっぽく取られてしまう場合もあるんだよね。でもしつこく言い続けていると「また、言ってる…」から「まだ、言ってる!」に変わる瞬間があって」
パン野「「また、言ってる…」から「まだ、言ってる!」。ちょっと分かる気がするな。それくらい、人から呆れられ始めた時に、仕事に繋がっていったっていう感覚は確かにあった!」
木村「言い続けることって自分を追い込むことでもあるじゃない? 好きなことを発信し続けるのって、覚悟と責任が伴うし、「好きでいる自分」に自信を持つためには日々勉強を怠れない。知識と自信と周知のバランスが取れ始めたときに、やっと仕事になっていくと思うんだ。いやー、長い道のりだったね」

エピソードその1「本当はパンだけの写真を見てもらいたい!」

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パン野「私ね、Instagramで、もっとこのパンだけを見て欲しい!って思う瞬間があるの。本当は大好きなパンだけの写真をいっぱい載せて、パンを広げていきたいなって気持ちがあるんだけど、それだと反応はいまいちで」
木村「自分が紹介してる、ってことで、パンに一枚フィルターがかかっちゃう葛藤があるの?」
パン野「そう。でも、自分が一緒に写っている写真の方が圧倒的に多くの「いいね」がつくから、今その狭間で揺れてるの」
木村「私は32歳の時に〈B&B〉でイベント企画の仕事と出会って、こんな風に本の魅力を伝える仕事があったのか!って夢中になっていったの。それまではモデルやタレントの仕事をしてたから、「好き」を伝えるためには常に自分が表舞台に立つ必要があって。有り難いことだけど同時に葛藤もあったんだよね。「私でいいの?」っていう」
パン野「うんうん」
木村「でも、その本と、その本を語る人に光を当てる「企画」ってポジションを得たとき、「これだ!」って目が覚めるような感動を得たの。私にとっての「企画」が、ゆりにとっての“パン野ゆり”って名前だと捉えたら、存在としてそこに自分が写っていたとしても、主役はパンって思えるんじゃないかな?」
パン野「確かにそうかも! …あれ、キム、ここにきて “パン野”賛成派?(笑)」
木村「(笑)。私なりに“パン野”さんの観察を続けてきたからね(笑)」

木村さんが処方した本は…『超歌手(大森靖子)』

毎日新聞出版/2018年初版刊行
毎日新聞出版/2018年初版刊行

木村「この本は、ミュージシャン・大森靖子さんのエッセイ集。音楽活動をはじめとして、彼女が全身で表現する「好き」に対する姿勢と、その芯のブレなさが本当に格好いいの。そのいっぽうで多様性をも決して否定しないバランス感覚には尊敬の念さえ抱くんだけど。今回ゆりに特に注目して読んでもらいたいのは、時代の流れを捉えた上で、自分自身をどう見つめ、どう発信してきたかっていう自己プロデュース力の部分」
パン野「それ、まさに知りたいところだよ!」
木村「私が彼女の発想力に最初に感動したのは、彼女が自撮りをネットに上げまくる理由を語ったときだったの。今って、Googleに自分の名前を打ち込んで画像検索すると、誰がいつ撮ったかもわかんない無防備な自分の写真までヒットする時代じゃない?写りが悪いと落ち込んじゃったり、UPした人にネガティブな感情抱いたりしがちだけど、彼女の思考はそっちには向かなくて。「自分のカワイイを一番良く知ってるのは自分」って発想から、ブスな写真が上位ヒットしなくなるまで自撮りを上げまくればいいじゃん!って、それを実行してきたんだって言うの」
パン野「なにそれ、めっちゃおもしろい!それにすごいポジティブ…」
木村「ただ抗うんじゃなくて、ちゃんと時代の流れを捉えた上で、何をすれば自分が美しく生きていけるかを見つめてるんだよね。他にも、「私の大切を大切に守れるのは私だけ」「誰とも分かち合えない気持ちを否定されたからといって消すな」「身体の中にあるままじゃ、中身が誰にも見えない」とか金言満載だよ」

エピソードその2「アートは自由。本を読むのだって、きっと自由」

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木村「ゆりって絵を見るのが好きじゃない?!実は私、絵画の楽しみ方って未だによく良く分からなくって。「いいなあ」とかは思うんだけど、自分の感覚に自信が持てないんだよね」
パン野「キムは多分、全部を言葉とつなげようとするからじゃない?絵を見て感じたことを的確に言葉にしなきゃって、もしかして気負ってない!?」
木村「まさにそれかも! だから美術館とか映画とかは、できれば人と行きたくない…(笑)」
パン野「私はね、アートって自分の中で消化するだけでいいと思っていて。だから感想とかも、人にどう伝えようとかは考えなくて「やばい!」とか「鳥肌すごいんだけど」とか率直な言葉を言ってる」
木村「え、そんなんでいいの?(笑)」
パン野「もちろん詳しく表現できれば素敵だけれど、アートって自己満足の世界だと思う。見た人が各々で感じ取ったことを自由に解釈すればいいと思うよ!キムは多分、言葉にしなきゃ!が前提にあるからさ、そこに責任が伴ってきちゃって、見方が分からなくなっているんだよ」
木村「そっか。無理して何か言おうとしなくていいんだ。知らなかった。早く教えてよ!(笑)」
パン野「たぶんチェックポイントみたいなのがいっぱいあるんだろうね。こちとら自由だよ!アートって自由。本を読むのだって、きっと自由でしょう?!」

木村さんが処方した本は…『如何様(高山羽根子)』

朝日新聞出版/2019年初版刊行
朝日新聞出版/2019年初版刊行

木村「なんか私が悩みを聞いてもらっちゃったけど(笑)アートの話つながりで、ゆりにオススメしたい本を思い出した。高山羽根子さんの『如何様』って小説なんだけど…。まずはこの表紙から見てほしいの。この絵、何に見える?」
パン野「人の顔…だよね?」
木村「私もそう見えたんだけどね。よく見るとこれって、ただ絵の具をペタッと塗っているだけの絵なの。それでも私たちは、これを人と判別してしまう。この本はまさに、人は人の何を見てその人を本物だと思うかがテーマになっている作品なの」
パン野「わ、ほら見て鳥肌立った(笑)」
木村「舞台は、敗戦直後。「戦地から復員した男が別人にしか見えない。あの男は一体何者なのか、暴いてほしい」という依頼を受けた記者目線で物語は進んでいくの。男をよく知る人への取材を重ねるほどに、出征前後の違いだけじゃなく、そもそもの問題として、人によって全く異なる人間をその男に見ていたことが分かっていく。伏線として、その男が贋作を得意とする画家だったっていうエピソードもあって、それがますます、「ものごとの真偽は何によって決められるか」という問題を突きつけてくるんだ」
パン野「なるほど、そういう角度からアートが関わってくるのね!」
木村「あと、著者の高山さんは美術系の大学を卒業している方だから、文章を読んでると景色が立ち上がってくるんだよね。絵画を見るようにも楽しめるかも」

エピソードその3「キムが一番、こすってる本を読みたい!」

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パン野「ねえ、キム。こういう本を読みたい!って私からリクエストするのもありかな?」
木村「もちろん!どんな本が読みたいの?」
パン野「じゃあ私、キムが一番、こすってる本が読みたい!」
木村「なになに、どういうこと?!(笑)」
パン野「何回も読んでる本とかって、きっとあるでしょう?!っていうのも、こないだ実家に帰った時に、父のボロボロになった本が出てきたの。私は今まで、同じ本を読み返したことってほとんどなかったから、それを見た時になんだかカッコイイと思って」
木村「確かにその感覚ちょっと分かるなあ。お父さんの本、どんな本だった?」
パン野「なんか、ジャズの本。中身までは見なかったんだけど、そういえばお父さん、ジャズが好きだったなぁとか懐かしい気持ちになったんだよね。だからね、今日はキムのボロボロになるまで読んだ本を覗いてみたいの。お父さんのそれを覗くのってやっぱりちょっと近すぎるじゃない?」

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木村「私の一番こすった本か。そんなの『人間失格』だよ何をいまさら」
パン野「あ、そっか(笑)そうだよね」
木村「まったく、ずっと私の何を見てきたのよ!(笑)」
パン野「けど私、『人間失格』読んだことないんだよね実は」
木村「友よ…。じゃあ『人間失格』、ゆりに勧めてみようか?(笑)」
パン野「やってよやってよ!キムは今まで何回ぐらい読んだの?」
木村「分かんないよそんなの(笑)」
パン野「じゃあ、どういう時に読むの?」
木村「えええ、質問攻め…!!」

木村さんが処方した本は…『人間失格(太宰治)』

新潮社文庫/1948年初版刊行
新潮社文庫/1948年初版刊行

木村「『人間失格』はね、おばけみたいな小説なんだ。読むたびに、「どうみえる?」「なにがみえる?」って問いかけてくる、みたいな。おばけだから、人によって見え方も違うと思うのね。だから今日は、ゆりの立場になって、この小説を捉えてみるね」
パン野「わぁっ!木村スイッチが入った!(笑)」
木村「ゆりはモデルとして、ずっと人から見られる仕事をしてきた訳じゃない?どう見られてるかに関しては、人より敏感に意識を向けてきた人生だったでしょ?」
パン野「うわ、急に核心…。ドキドキしてきた」
木村「まさに主人公は自意識の雁字搦めになっていて、自分が人からどう思われているのか?というしがらみに苦しめられているの。子どもの頃から自分が思っていることは人と違うんじゃないかとかを考えすぎるあまり、人とのコミュニケーションの取り方が分からないってところまで自分を追い込んでしまっていて。世間が分からない、自分自身も分からないっていう彼が、どういう人生の末路を歩んでいくかっいう、主人公の葛藤と孤独が描かれてあるの」
パン野「なんだか絶望的だね」
木村「世間を恐怖しているんだけど、世間を諦めたくない。そんな思いの中、彼が身につけたのが「道化」。道化師になることによって、世の中と交わろうとしていくんだけど、結局あらゆることに失敗をし続けてしまう」
パン野「本物の絶望だ」
木村「人はどう生きてどう失敗を繰り返したら、ここまで落ちていくのか。彼の人生を通してそれが描かれているんだけど、私がこの本に希望を感じるのは、それでも生きてしまうんだ人は!ってこと。どんなに傷ついてもどんなに人に迷惑をかけても、それでも人は生きてしまうってことに気づかされたの。ゆりはさ、赦されることって怖いことだと思ったことない?!」
パン野「赦されると、安心するとか、そこにいていいんだとかは思うかもしれないけれど。怖いって感覚がある人がいるって、初めて聞いたかもしれない。それがまさかのキム…」
木村「この人は私がこんなことしてもまだそばにいてくれるんだ!っていうのを突き詰めていくと、それはそれで怖いことでもあるんじゃないかって結論にたどり着いたの。でもそれは同時に希望でもあるんだよ。んーうまく言えないけど…。とにかく私はこれを「希望の書」と呼んでいる(笑)」
パン野「キムがこれは何回も読んでるって事は、思いっきり絶望して、それでも希望を見出して…ってことを何回も繰り返してきたってことなんだね。その、それでも生きてしまう自分ってやつに」

話題は、ふたりの展望について。

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パン野「キムは今後、どうしていきたいとかあるの?!」
木村「私は今年1月に、7年半働いた〈B&B〉を辞めて、今まさに新たな転機を迎えているところなんだけど。企画の仕事を続けるなかで感じたのは、「その本がその場所にあること」って、もしかしたらものすごい奇跡なんじゃないかってことだったんだ。同じ本でも、置かれる場所が異なることでまったく違う表情を見せる。同じイベントでも、開催する場所が違うと届き方や刺さり方もまったく変わってくるんだよね。それがすごく面白くって。だから、「本と場所を繋ぐ」っていうのを、もっと本気でやっていきたいなと思っているの」
パン野「相変わらず、しっかりしたビジョンを持っているね!」
木村「そんなことを一年間くらいずっと考えていて。一度きっぱりB&Bを辞めようって決意したの。で、いろんな人に会ったり企画を提案したりを繰り返してたら、〈蔦屋書店〉の企画室の方の目にとまって。春からはイベント企画のお仕事をさせてもらうことになったんだ」
パン野「なにその奇跡的展開!めっちゃいいじゃん!キムと〈蔦屋書店〉、なんかすごいしっくりくる」

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木村「ゆりはこの先、どう生きたいかとか展望はあるの?」
パン野「私はいずれ、自分のお店とか持ちたいなって思ってる。パンが好きていうのを突き詰めていったら、自分でもパンを焼いてみたいなって気持ちが湧いてきて。今その熱量がどんどん上がってきてるの」
木村「ゆりがお店やったら、きっと面白いお店ができると思う 。“ファッション×パン”とかで何か新しいことができそう!」
パン野「ね、変なお店やりたいよね。一角に本棚も作ったりとかね」
木村「なにそれ最高!よし、私その棚作る!」
パン野「私たちの目標が決まったね。じゃあいつか、お店をやるって事で!」
木村「そうだね!パンと本でも通じるものあったね。ここに来て私たちの未来がシンクロし始めた(笑)」

今回、ご購入いただいたのは…

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 対談後、木村さんの勧めた3冊すべてをお買い上げいただいたパン野さん。勧めてもらった本を手に、「『人間失格』は一番最後。アート(如何様のこと)読んで、エモッてるの(超歌手のこと)読んで、最後に希望の書(人間失格のこと)を読みます!」と答えてくれました。
 4月18日(土)から〈富士急ハイランド〉にて開催される『リサとガスパールのパンフェス第二弾』では、パン野さん考案の「花モチーフパン」全6種類も展開されるとのこと。今後も彼女の ”パン活” から目が離せません!

撮影協力:〈二子玉川 蔦屋家電〉

木村綾子
木村綾子 / 文筆業・企画

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