「傷ついて傷つけて恥かいて超回復」――横浜市西スポーツセンターで筋トレ初め|児玉雨子のKANAGAWA探訪#18

「傷ついて傷つけて恥かいて超回復」――横浜市西スポーツセンターで筋トレ初め|児玉雨子のKANAGAWA探訪#18
「傷ついて傷つけて恥かいて超回復」――横浜市西スポーツセンターで筋トレ初め|児玉雨子のKANAGAWA探訪#18
TRAVEL 2025.01.29
神奈川県出身の作家・児玉雨子さんによる地元探訪記。2025年最初の訪問先は実家近くにある横浜市西区にあるスポーツセンターへ。「運気向上は運動能力向上からだ!」と雨子さんは言います。

横浜市西スポーツセンター

〒220-0072 神奈川県横浜市西区浅間町4-340-1
*横浜市営バス『浅間町車庫前』下車 徒歩1分
*相鉄線『天王町』『平沼橋』『西横浜』徒歩15分

(公式サイト)https://www.sportsoasis.co.jp/sh47/

 〈次回原稿はどこかの神社へ初詣に行ったことを書きます!〉と担当編集者に送ったのが昨年末。神奈川県内の縁起のよさそうな神社を調べてみると、今年は江島神社、寒川神社、箱根神社がいいそうだ。しかし、どこも実家のある横浜からはちょっと遠い。さらに車で行こうとすると、日時によっては箱根駅伝とぶつかってしまう。

 厄介だなぁ、と思いながら、本を読んで、近くの映画館に出かけて、気まぐれに仕事の作業を進めて、また寝て、起きて本を読んで……そうしてあっという間に正月が過ぎていった。縁起のいい神社のことはすっかり忘れてしまった。

 正月休み明けに降りかかるのが、やはり運動不足。

 体重はそこまで変動していなかったものの、食べてばかりでかえって体が疲れている。なんだかんだ週2〜3のジム通いの習慣が根づいて、一週間近くジムに行かないと調子が悪いのだ。会員登録している24時間ジムにでも行こうかと思っていたが、せっかくのジム初め、横浜駅から近い浅間町にある横浜市西スポーツセンターに向かった。

 ゲン担ぐならバーベル担げ! 運気向上は運動能力向上からだ!

 ここは横浜市内で唯一プール付きのスポーツセンターで、トレーニング室は三時間300円で誰でも利用できる。着替えが済んだら、ストレッチエリアで凝り固まった関節や筋を伸ばしながら、今日のメニューを組んでゆく。私はだいたい一回のジム利用で多くて三種目程度で、一時間程度に収めるようにしている。トレーニングを始めるとやる気が出てくるので、時間次第でやりたい種目を追加してゆくスタイルにしている。

 実は、先月に胸・肩を傷めて上半身トレーニングを休んでいたので、今回はあまり追い込まない程度で、背中をメインに組んでみた。

 トレーニング室では、受付で支払った使用料のレシートを出し、番号が振られたカゴを受け取って、その中に飲み物やトレーニングギアを入れて持ち運ぶようだ。さっそく入ってみると、器具の種類が充実している! 背中はラットプルとローイングの両方ができるマシンがそれぞれ2台もあって、ジムの盛況具合に反して待たなくても使用できた。

 さっそく約ひと月ぶりにラットプルを引いてみる。だいぶ調子は落ちているものの、肩の痛みも感じない。フォームに細心の注意を払いながら丁寧にウエイトを引けば、血行がよくなってむしろ肩が軽くなってゆく。広背筋に心地よい疲労を感じながら、無心で挙上しつづけた。

 ジムといえばマッチョだらけのウエイトエリアだ。特にここは正月休みでうずうずしていた野良マッチョが集まっていて、とりわけ筋肉密度の高い空間だった。しかしひるんではいけない。

 私はというと、このジムでも特に大きなスミスマシンを狙っていた。何も見栄を張っているのではない。デッドリフトをするさい、スミスだと軌道が決まっている上にある程度の補助が働くので、怪我のリスクを減らすことができる。ジムのマシンはいかつければいかついほど、軟弱な体を助けてくれるのだ。

 ものすごいでかい先客マッチョのトレーニングが終わるのを待ちながら、連載用の写真を撮ろうとダンベルを撮影していると「ごめん、ここ撮影禁止なんです」と声をかけられる。振り返ると、さらに大きなマッチョのジムスタッフが、遠慮がちに立っている。遠慮がちといえど、腕が私の脚より太くて、でかい肩幅はいくら縮こませてもでかかった。最近行っていたジムが撮影OKだったので、つい何の確認もせず撮ってしまった。おのれの感覚を恥じて謝りつつ、急いでカメラをしまう。

 気にしないで、と笑ったあと、男性は私のパワーグリップを見て「それ、かわいいね」と続けた。私は牛柄のパワーグリップを見せて、インスタで見つけたギアショップで買ったことを話すと「最近はこんなのあるんだなぁ」と男性は微笑んだ。年長者マウントでもなんでもなく、ほんとうにそう思ったのだろう。筋肉は年輪なので、経歴はそのまま大きさに出るのだ。

「ここは初めて?」

「はい。いつも24時間系に行ってるんですけど、今日はせっかく帰省しているのでここに」

「じゃあ普段ちゃんとジムに通ってるんだね」

「趣味程度のペースですよ、全然です」

「……あなた、大会とかには出てないの?」

 その言葉に、咄嗟にぐっと身構えながら「いつでもなんでもおいしく食べられるように、ジムに通っているので」と答えた。

 この「食べたいものを好きなだけ食べたいからジムに行く」というのは、私が絞り出した筋トレ理由最強の盾だ。ヘルシーな理由だし、体型の話に発展しないし、嫌味もなくて、適度に愛嬌がある。

 本当は、今くらいの自分の体型が好きだから。大会に出るほどでもないけど、トレーニングが好きだから。重量が上がってゆくのが楽しいから……。誰の評価も気にしていない理由のほうが、「好き」や「楽しい」で溢れているのに、どうしてそう言えないんだろう。

 トレーニングしていて、身体のジャッジから逃げ切れるのは難しい。トレーニー同士ならリスペクトし合えたとしても、そういったものに興味がないひとたちの中には、令和七年になってもいまだに「何を目指しているの?」とか「そんなに鍛えたら異性ウケが悪いよ」という言葉を浴びせる人もいる。

「大会に出ればいいのに」なんて最上の褒め言葉なのに、これまで望んでもないのに下されてきた身体的ジャッジを想起してしまう。素直に受け取れない自分がいやだな。もしかしたら「もったいない」って大会の話が続いちゃうのかな。そう警戒しながらうつむく。

 「大会は減量がきついもんねえ。あ、スミス空きましたよ。がんばってね!」

 男性はそう苦笑しながら、颯爽と受付に戻っていった。いろんな言葉が来ると身構えていたので、ちょっと拍子抜けでもあった。同時に、自分の失礼さに対する反省やら後悔やら、恥ずかしさが押し寄せてくる。勝手にジム内の写真を撮って、うたうだあぐねて勝手に警戒までして。むしろ私が相手を先入観でジャッジしているじゃないか。そもそも相手は、見るからに歴戦のトレーニーじゃないか。ジャッジ自体を間違えている!

 そんなふうに沈みきった自己嫌悪を引き起こすように、デッドリフトを行った。私はいつも、だいたいバーの重さを入れて35〜40キロにしている。だいたい私くらいの体重であれば、もっと数字があってもいい。スミスマシンなので、実際の負荷はさらに低いだろう。

 この程度の重量が、今の私自身だ。まだまだ軽い。

 いつかバーを持ち上げて、下ろして、また持ち上げた。

 最初に組んだメニューに有酸素15分をプラスして、今年初のトレーニングは終了。

 館内にホットプロテインベンダーがあったので、いちごミルク味を買って飲んでみた。冬のトレーニングは体温・気温の上下や飲み物の冷たさで風邪を引きそうになるので、あたたかいプロテインはとてもありがたい。

 今までの自分なら、過去の失敗を思い出しては自己嫌悪して、もう誰とも話したくない! ジムも行かない! こんな痛みは耐えられない! とチャレンジすることを極端に回避してしまっただろう。

 だけど、意味のない筋肉痛はないことを、もう知っている。適切な休養と栄養摂取で、傷ついた部分はより強くなってゆく。今日の恥ずかしさも、いつか私の強さややさしさになるといいな。今日みたいに、たくさん迷って、間違えて、傷ついて、超回復する一年にしよう。そう誓いながらスポーツセンターを出て、透き通った午後の空気を吸い込んだ。

児玉雨子
作詞家、小説家。

アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。17人の作家によるリレーエッセイ集『私の身体を生きる』(文藝春秋社)に参加。

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