
連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE32 鶴見 昂
おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人‥‥‥。
食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。
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物を増やしすぎず、外との繋がりを楽しんで。
料理教室を始めるために探した部屋は、想定よりも少し広く、憧れたホテルライクなベッドルームも実現。家具やアートの選択と配置は、情報量過多にならぬよう抑制。「ゆったり」を楽しむ。

ダイニングとリビングだけで13畳、全部で80 m2 もある2LDKは、一人暮らしには少し広すぎるようにも思える。選んだ理由を尋ねると「のびのび、ストレッチがしたくて」と、鶴見昂さん。冗談のような答え、実は半分は本当なのだけれど、一番の条件は、菓子教室が開けることだった。
「長くカフェで提供・販売する菓子の開発や製造を手掛けてきたので、今は家庭のお菓子が面白くて。同じレシピなのに、生徒さんが家で作ったのを見ると全部違う。“家の味”はこうやって生まれるんだなと」
どっしりとした古い家具とさり気ないアート作品と。

プロデュースするカフェは、料理やデザートの味はもちろんのこと、テーブルウェアからインテリアまでが“ツルミワールド”で、そのセンスに憧れを抱くファンは多い。美しさや心地よさを感じるものは、店でも自宅でもおおむね同じで、古くて重厚な家具選びや、主張しすぎないアートのあしらいなどが共通項だろう。が、「店のよう」かといえば少し違って、もう少し余白やリラックス感がある。
アトリエを兼ねた自宅を撮影や教室に使う料理家やパティシエの中には、キッチンを中心にリノベーションを行う人が多くいるが、鶴見さんは一切手を入れていない。ダイニングから独立したキッチンは試作や仕込み、プライベート用。欲を言い出せばきりがないが、システムの機能や造り付けの収納など必要なものは備わっていて、十分に満足。窓がついている点も気に入っているのだとか。
教室のデモンストレーションに使うのは、キャスター付きワゴンと知人から譲り受けたアンティークのテーブルを並べただけのカウンターだ。収納用のスチールシェルフは〈無印良品〉で、20年近くの歳月を共にした年代もの。室内全体のトーンの中ではややプラクティカルな一角、でも磨き上げられた道具と、選ばれし器が整然と並ぶ様子も相まって、よきアクセントになっている。
家具は必要最低限、余白と広がりを大切に。

リビングダイニングの壁と天井は淡いブルーグレーで、床はモザイク模様のフローリング。キッチン、廊下との間にある二つの出入り口はアーチ形と洒落ていて、大きめの出窓もある。
「この部屋なら特にリノベーションをしなくてもいいかなと。窓が多く、外は公園で抜け感がある。季節や天気、時間帯で変わる景色と人の声が、テレビのない我が家のテレビ代わりで、一人でも退屈しないんです」
大きな家具は極力増やさない。「そんなにあれもこれも買えないだけなんですけどね」と、また冗談めかして話すが、「家具は自分の体を重くする。増やすほど背負うものが増えるというか」という言葉には納得する。
そんな中、慎重を期して迎えた家具が二つある。一つが、リビングの窓際に置いた二人掛けのテーブル。その昔、フランスで作業台として使われたエクステンションテーブルで、スクールチェアを二脚並べて、メインのダイニングテーブルとは異なる気分で寛げる場所を作った。玄関のアプローチからの眺めも絵になる。もう一つが、寝室のクイーンサイズのベッド。「まったくスピリチュアルな人間じゃないんだけれど」と前置きしつつ、引っ越し前に、ある人から「眠る環境を整えなさい」と言われたのを機に、思い切って購入した。仕事の大きな山が一段落したときには都内のホテルに宿泊するのがご褒美で、その主たる目的は大きく快適なベッドだったというから、十分に価値のある投資だろう。寝室は広く、L字形の窓もある。言われてみれば、家具は必要最小限、アート作品が控えめに配された生活感のない室内の心地よさは、ホテルのそれに似ている。

“変わる味”の基本を、確かめる。

教室の試作で忙しく、食事もほとんどがその試食。国や地域ごとの味があるクレープなら「発酵生地で作るロシアのブリヌイは、もちもちとした食感で、塩気のあるものにも合います」と伝えるところまでが大事で、異なる技術も調理環境を見越してレシピを微調整。蜂蜜やジャムは異国の旅先で求める。
ESSENTIAL OF -TAKASHI TSURUMI-
自分の機嫌を上手にとる、メリハリあるコーナー作り。
( FRAGRANCE )
香りはオフタイムの贅沢。
職業柄、常に身にまとうことができない分、切り替えに役立つ香水。〈アスティエ・ド・ヴィラット〉などのお気に入りを、書斎の一角にディスプレー。

( PHOTO )
自作のフォトギャラリー。
壁を彩るアートは、ペイントよりフォトを、具象より抽象を、がルール。アレック・ソスやマーティン・パーに加え、有名・無名の友人の作品も。

( BEDROOM )
理想を叶えたベッドルーム。
クイーンサイズのベッドを置いてなお十分なスペースがあり、窓から射す光が夜明けを告げる。ベッドウェアは、北欧発〈マグニバーグ〉のものを愛用。
