アイドルの恋愛はなぜ許されない? アイドルのウェルビーイングな環境を考える対談

アイドルの恋愛はなぜ許されない? アイドルのウェルビーイングな環境を考える対談
アイドルの恋愛はなぜ許されない? アイドルのウェルビーイングな環境を考える対談
LEARN 2024.10.25
アイドルの恋愛や結婚は、なぜ許されざるものとしてとらえられがちなのか。夢中で見ているオーディション番組はヘルシーなのか。
『アイドル・コード:託されるイメージを問う』『アイドルについて葛藤しながら考えてみた ジェンダー/パーソナリティ/〈推し〉』(共編著)など、アイドルに関する著書を持つ、研究者の上岡磨奈さんと、多数のアイドルへ振り付けを行いながら、著書に『アイドル保健体育』を持ち、アイドル専用ジム「iウェルネス」も主宰する、振付演出家の竹中夏海さんが対談。
多くの人がその存在を楽しんでいる「アイドル」のウェルビーイングな環境をめぐって、お話しいただきました。
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上岡磨奈
上岡磨奈

かみおか・まな。1982年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程単位取得退学。専攻は文化社会学、カルチュラルスタディーズ。俳優、アイドル、作詞家などを経て、アイドルとアイドルファンを対象とした研究を開始。現在は特にアイドルの生活や仕事、キャリアを対象とした調査、研究を行っている。単著に『アイドル・コード』(書誌情報略)、共著に『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』(青弓社)、『アイドル・スタディーズ――研究のための視点、問い、方法』(明石書店)など。

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竹中夏海
竹中夏海

たけなか・なつみ。1984年生まれ、埼玉県出身。2007年日本女子体育大学ダンス学科卒業。2009年よりコレオグラファー(振付演出家)として活動。国民的大型グループから、実力派ライブアイドルまで担当したアイドルは500人にも及ぶ。自身のアイドル愛にあふれる視点や女性の健康問題を扱う連載も数多く持つ。著書に『IDOL DANCE!!!〜歌って踊るカワイイ女の子がいる限り、世界は楽しい〜』(ポット出版)など。

若いうちから活動するアイドルの、心身への影響とケ

─アイドルの方はごく若いうちから芸能活動をしているケースも多く、労働環境とともに、その心身への影響が気になるのですが、一般に適切なケアがされているものなのでしょうか?

竹中:まずはお給料や契約内容など、多くの場合、働くうえで当たり前のことが整っていない状況があって。たとえば、適切な知識がないことによってSNSで炎上してしまった教え子がいたりすると、そうならないための勉強会を事務所がやってあげたらいいのにと思うけど、現状ではそこまでたどり着かないんですよね。

上岡:以前芸能活動をしていたことがあるのですが、芸能の仕事を離れてアルバイトを始めたとき、休憩時間があることに、大真面目に驚いてしまいました。またあるとき、子役の方が中心に所属する事務所の、スカウトのアルバイトの面接を受けて、「心身の面でタレントをフォローするような仕事がしたい」と言ったら、「そういうこともあるかもしれないけど、まずは仕事を進めることが大事」と返されて、私が言ったようなことはそんなに重視されていないと感じました。もう20年近く前の話ですが、多分今もあまり変わらないのかなという印象はあります。

竹中:2010年代はそういう状況に私1人で怒っているような気持ちでいたけれど、アイドル経験者など声をあげる人たちが徐々に増え始めて。心強い反面、運営側が気づいてくれないことには構造が変わらないんです。

私にできることは、外の駆け込み寺をつくることなので、アイドル専用のウェルネスジムをやったり、今は産業カウンセラーの勉強もしています。SHINeeのメンバーだったジョンヒョンさんのお姉さんが、青少年のアーティストのための心理相談プロジェクトを始められて、各国でアイドルの環境に目を向ける人たちがいると、「頑張ろう」という気持ちになりますけど、もっといろんなところから声があがってほしいなと思います。

上岡:かつての仲間から相談されたときに「それ変じゃない?」と言っても、あんまり響かないんですよね。渦中にいると、今自分がやらなきゃいけないことや、人間関係の方が大変で。

サバイバル番組、オーディション番組などのコンテンツは今後どうなっていく?

─なにかおかしな状況があったときに気づくこと自体もそうですし、年若いタレントがマネージメント側に対して声をあげるのが難しいことも想像します。

竹中:スウェーデンの性被害者の支援組織「Storasyster」の事務局長の方が以前に、性加害はセックスに関わる問題ではなく権力と支配の問題だとおっしゃっていて、その通りだと思ったんです。これって、芸能の仕事の力関係にも言えることで、タレントはどうしても演出家やプロデューサーから、仕事を「振ってもらう」立場になるので、一方的な力の差はありますよね。

上岡:たとえばオーディション番組も、選ばれる側はどうしても立場が弱いのに、グレーな状態でエンターテインメントとしてパッケージングされていて。あれは視聴者もまた権力を持ってしまうんですよね。今後始まっていくオーディション番組がどうなっていくのかは気になるところです。

竹中:私もサバイバル番組、オーディション番組を楽しく見てしまう一方で、疑問視する部分もあって。プロデュースした『おもカワ~アイドルコントバトル』という舞台では、サバイバル番組の形式に則りつつ、バトルも投票も全部をコントとして扱うことで、リスペクトとアンチテーゼ両方を込めました。

私、勉強する気がないタイミングで、大事なメッセージが放り投げられてくることについて「サブリミナル勉強」という言い方をしていて。ラランドのコントに、性的同意を過剰にする女性が出てくるものがあって、性的同意をいじっているというとらえ方もあるかもしれないけど、サーヤさんはよく性教育の遅れを嘆いていて、ラランドのファン層に性的同意という概念が届くことが大事だと思います。私も知識を発信したり、相談を受けることを続けながら、そういうエンタメをつくっていきたいです。

アイドルの「恋愛禁止」について

─お2人とも著書の中でそれぞれにアイドルの「恋愛禁止」について触れられていますが、アイドルの恋愛がタブー視されがちな状況についてはどのようにご覧になられていますか?

竹中:『アイドル保健体育』の性教育についての章で、恋愛禁止について触れたのは、恋愛を禁止している運営側の人たちが、なぜだめなのかを説明できないのに、性についての大切な知識は与えずに、主体性を持って判断することを奪うのは健やかじゃないから、これはアイドルの健康にまつわることだと思ったんです。

上岡:もちろん恋愛的な絡みや人間関係を明らかにされるのが嫌なファンの人もいるけれど、それが大多数かもわからないし、嫌な理由も人によって違うはずなのに、十把一絡げで「ファンが嫌がるから恋愛は絶対だめ」という話を聞くと、本当にそうなの? と。

lyrical school(※)さんが今の体制になったとき、「男の子のメンバーが入ったら、メンバー同士で付き合っちゃうかも」というような声があったと聞きましたし、アイドルが異性のスタッフと親しくしていると騒がれることがありますけど、そう言ってる人も、きっと一緒に仕事をした異性と必ず付き合うわけではないですよね。しかもそれって、恋愛の相手が異性であるという前提です。

竹中:たしかに一部信じられない距離感でメンバーと接するスタッフもいるのでそれは私も問題視していますが、それと恋愛禁止ルールは全く別の文脈かと思います。リリスクに男子メンバーが入ったのもほとんどのヘッズ(リリスクのファン)は好意的で、ネガティブな声が上がるのっていつも少し離れたところからなんですよね。「ちゃんと見てくれ」と言いたい。

(※)2010年に「tengal6」の名称で女性6人組グループとして結成。「lyrical school」への改名やメンバーの変更を経て、2023年に男女8人組体制に。

─その一方で、インタビューなどで恋愛にまつわる質問を聞かれがちだったり、恋愛を想起させるアイドルのコンテンツもしばしば見かけます。

上岡:たとえばアイドル誌の『Myojo』では約30年「ジュニア大賞」という読者投票企画をやっていますが、「恋人にしたい」という部門が設けられていて。雑誌のようなオフィシャルな場で、性愛のストーリーの中に置かれやすい状況はあるかなと思います。もちろん、そうではない見せ方をしている方たちもたくさんいるし、恋愛的な見せ方も一つの魅力的な演出ではあるので、全部を否定したいわけではまったくないのですが。

竹中:そう、演出なんですよね。私が記憶する限り、20年くらい前は、アイドルたちの恋愛って、いい意味でもっと曖昧でした。たとえば『うたばん』で中居くんが、後輩にカジュアルに恋バナを振ったり、TOKIOのメンバーが「お皿の裏側まで洗うか否かで彼女と揉めた」というエピソードを話していました。『Matthew’s Best Hit TV』でも、司会のマシューがゲストのアイドルの子たちに対して、恋愛してるかもしれないし、してないかもしれないよね、という扱い方をしていた記憶があるんです。

上岡:研究者の田島悠来さんが、『Myojo(明星)』をメディア史の視点で研究されているのですが、1970年代には、アイドルは恋愛対象というより、同世代の親しい友達や、理想の娘、息子のように描かれていたとも指摘されていました。

竹中:もちろん、そもそも個人の恋愛事情をそうやってコンテンツにしていいのかという視点は大切で。でも、もともともっと曖昧だったものを、「恋愛禁止」という言葉が広がったことによって、「アイドルの恋愛は罪」と感じる人が増えたように思います。

上岡:確かに、こういう変化って話さないと忘れちゃいますね。今思い出したんですけど、私が子どもの頃、あるアイドルの方が「昨日彼女と別れた」という話をテレビでしていて。好きなアイドルだったけど、こういう話もしてくれるんだって嬉しかった記憶があります。

竹中:「ここでだけ話してくれている」ってラジオリスナーみたいな嬉しさがありますよね。

「性教育って命の教育だと思います」

上岡:私は自分より年上のアイドルが、結婚や出産、そしてもちろんそれらをしないという選択も含めて、自分のちょっと先を進んでいくのを、ずっとロールモデルとして見ている部分もあって。ロールモデルであることを押し付けたいわけじゃないけど、最近では更年期の話をされている方を見て、勇気をもらったりします。

竹中:だからこそ、教え子であるアイドルの子たちにいかに知識を届けるかが私にできることかなと思います。私が教え子たちに伝えた知識が、その子たちの発信によって、ファンや、その子たちの子どもの未来を守ることになるかもしれないし、性教育って命の教育だと思います。

昔はアイドル同士が仲良くしていると、よく運営の人が「それじゃ上にいけないよ」と言っていたけど、そういう運営って今はほぼいないです。それは「健やかに活動できるように」という意味では多分ないけれど、アイドル同士が仲良くしていることに需要があるのはさすがに気づいているからで。やっぱりファンの人たちの声があったからなんです。韓国では推しの教養について疑問に思うところがあるとファンの方から「学んでほしい」と伝えたり、本を贈る文化もありますよね。

人はルールよりもムードに弱いので、ひとりの力は微力と思うかもしれないけど、一人ひとりのファンの声が、運営側の変化に絶対に繋がると思います。

上岡:たまたまファンとして行った特典会で、『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』を読んだと言ってくださったアイドルの方がいて。内部の方にも少しは届いているのは嬉しくもあったので、急激に何かが変わったりはしないと思いますけど、少しずつでもファンや業界の中にいる方に、今日お話したようなことが届いたら嬉しいです。

text_Yuri Matsui photo_Momoka Omote edit_Kei Kawaura

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