〈eatrip〉主宰の野村友里が新たに構えたキッチンで伝えたいこと

LEARN 2024.06.27

自然とともにある産業と人が培った技術を、次世代に伝えたい。〈eatrip〉主宰で料理人の野村友里さんが新しいキッチンを作る際に頭に浮かんだことは、これまで食材選びや料理で考え、実践してきたことと同じでした。

PHOTO:KKKK

自然と技術の継承。食と同じ考えで作る空間。

レンジフードや床の切り替えなど、アールのデザインが柔らかな印象を生む。インテリアのデザインはレストラン〈eatrip〉も手掛けた〈TRIPSTER〉の小笠原賢門さん。
レンジフードや床の切り替えなど、アールのデザインが柔らかな印象を生む。インテリアのデザインはレストラン〈eatrip〉も手掛けた〈TRIPSTER〉の小笠原賢門さん。

キッチンを起点に、生き方を考える。「食べることは、生きること」とは、最近よく聞く言葉だけれど、野村友里さんにとっては単に聞こえのいいキャッチフレーズなどではない。日々切実に考え、実践していることなのだ。
 
2023年から両親が住んでいた一軒家を譲り受けて暮らし始めている。入居に際し、一大リノベーションをした経験は、自身の考えを整理し、明確にする上で、とても役に立ったと話す。

「これまでレストランやグローサリーショップを通じ、食にまつわる自分の想いをゲストと共有してきました。生産性や経済効率より、健全に作られた食材を選びたい。その方が、食べて健やかになるし、産地の自然や産業を守る助けにもなるし、何よりおいしいよね、と。それは、空間づくりでも同じだなという想いが年々強くなって」
 
自分が生活する空間の核となる〝家〞は、想いを検証する絶好の場になり得る。そこで、建材や塗料も、食材と同じように考えた。基準は、毎日触れて心地がよいこと。職人の技術が生きたもの。そして極力捨てることがなく、後の世代にもその価値を伝えられるもの。

室内と庭を、大きな窓がつなぐ。壺は十場天伸さんの作品。
室内と庭を、大きな窓がつなぐ。壺は十場天伸さんの作品。
10年以上愛用する日本製の古い家具。一度塗装をし直しダークトーンに。
10年以上愛用する日本製の古い家具。一度塗装をし直しダークトーンに。

「デザインには趣味嗜好があるけれど、素材は普遍化しやすい。まず私が試してみるからね、という気持ちです」
 
ショーケースが、アトリエとして使うダイニングキッチンだ。御影石の贅沢な壁はそのままに、ほかの壁や床、天井を自然由来の建材、塗料で仕上げている。エントランスは左官塗りで、窓枠を木枠に変え、床には吸湿性に優れ香りもよいヒバ材のフローリングを敷いた。L字型システムキッチンも、天板は人工大理石で収納扉は無塗装の木材だ。

左の作業台は高く、火口は鍋の中を覗けるようやや低くと、微妙な高低差がある。このキッチンから人生初のIH調理台を併用。ゴミ箱が収まる収納設計も譲れない。
左の作業台は高く、火口は鍋の中を覗けるようやや低くと、微妙な高低差がある。このキッチンから人生初のIH調理台を併用。ゴミ箱が収まる収納設計も譲れない。

「ステンレスやポリプロピレン樹脂は、汚れにくく掃除もしやすいけれど、手入れをしながら木の表情を楽しもうかと。いざとなったら塗り替えればいい」

「経年変化」と「修繕の可能性」は、ともに大事なテーマだ。10人掛けのダイニングテーブルは、天板を和紙に張り替えた。

ダイニングに配したYチェアも、泥染めにするか、イグサでの座面の張り替えなどを検討中。
ダイニングに配したYチェアも、泥染めにするか、イグサでの座面の張り替えなどを検討中。

「美しい変化が劣化に達したら、修繕する。職人の技術と産業の継承を支えることにもなるから」
 
もう一つ、「循環」もテーマに加わる。壁の塗料は、卵の殻を再利用して開発されたもの。キッチンの壁は、リサイクルタイルがアクセントになっている。

鳥取県〈大塚刃物鍛冶〉の包丁で楽しそうに野菜を刻む野村さん。
鳥取県〈大塚刃物鍛冶〉の包丁で楽しそうに野菜を刻む野村さん。
しらす卵トースト。摘みたての木の芽を添えて。
しらす卵トースト。摘みたての木の芽を添えて。

調理器具も同じ考えの下にある。母から譲り受けた銅鍋は今も現役。愛用のまな板は森の中で自然に倒れた木で作られている。職人に依頼した鋼の包丁と併せて使えば「食材を刻む音さえ音楽になる」とご満悦だ。

堆肥づくりや在来種の保存など、多くの挑戦が潜む小さな庭。
堆肥づくりや在来種の保存など、多くの挑戦が潜む小さな庭。

エントランス脇の小さな庭で植物を育て、枯れ葉やコンポストを土に返す。都市に暮らしながら続けられる小さなアクションが、自分に、周りにどんな変化をもたらすか。楽しみながら確かめているところだ。

photo_Kiichi Fukuda text_Kei Sasaki

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