人々を魅了したロングセラー絵本『からすのパンやさん』など。 絵本作家・かこさとしさんのご冥福をお祈りし、インタビュー記事を再掲載します。
大人から子供まで魅了した『からすのパンやさん』の作者・かこさとしさんが、5月2日にお亡くなりになりました。哀悼の意を表し、2017年2月発売のHanako『今、食べたいのはなつかしいパン』のインタビュー記事を再掲載します。ご冥福をお祈りします。
『からすのパンやさん』作者・かこさとしさんと、記憶に残るパンの味。
発売から44年のロングセラー絵本『からすのパンやさん』。からすの家族が焼く、ユニークでおいしそうなパンが、記憶にある人も多いだろう。作者のかこさとしさんに、絵本の話やパンの思い出を聞いた。
窓に向かって置かれた大きな仕事机。そのまわりには画材や資料が積まれ、後ろの壁は床から天井まで一面、本棚。美術全集や百科事典、歳時記や資料がぎっしり詰まっている。
「いつもの場所に座っていればいいですか?」。かこさんは優しく問いながらカメラに顔を向ける。窓からは光が差し込み、鳥の鳴き声が聞こえる。とても静かなこの場所で、かこさんはたくさんの絵本を生み出し、90歳(当時)の今も創作を続けている。
なかでも『からすのパンやさん』はロングセラーとなり、たくさんの子どもたちに読まれてきた。
「私の子どものころは、パンはごちそうでした。初めて食べたのは、小学生の時。お弁当を持っていけなかった日は、母からもらったお金を握りしめて、学校の前の文房具屋に飛び込むんです。お金っていっても、5銭とか10銭の時代。その店では食パンを切ってくれてね。
当時はジャムのことを『ジャミ』と言っていたんですが、缶に入っているのを、ブリキ缶の大きな音をさせながらヘリのジャミをこすって、食パンに塗ってはさんでくれたんです。おいしくて憧れのものだったから、絵本を考えた時には、パンがいいだろうって思ったんです」
そんな憧れの気持ちは、さまざまなパンとなって表れている。
のこぎりパンやテレビパン、かみなりパンやだるまパン……からすの家族が楽しげにつくるパンは、どれもおもしろく、こんがり焼き色がつき、とにかくおいしそうだ。このページに釘付けになる子どもがどれほどたくさんいるだろう。このページの記憶が強く残っている大人もまた、数多くいるはずだ。
「このページでは、みんなが好きなパンを見つけてくれたらいいな、と。子どもさんは細かいところまでよく見ていますからね」
どんなものが子どもに喜ばれるのか。何を書けば子どもが楽しむか。かこさんは学生のころから考え続けてきた。大学時代は演劇研究会に所属し、子ども向けの演劇を担当した。就職後も、子どもに関わりたいと人形劇団の手伝いをしながらセツルメント(社会奉仕活動)の運動を続けた。自作の紙芝居を披露しても、子どもたちは近くでザリガニを見つけると、お話はそっちのけで遊びだす。トンボがいれば、我先にと走り出す。
「ザリガニやトンボがライバルだったんです。それらに勝てるようなお話にしなければ、と。とにかく子どもさんたちを観察し続け、たくさんのことを教えてもらったんです」
そうして、かこさんは、ただストーリーを書くだけでなく、登場するものすべての個性を描くことを大切にした。『からすのパンやさん』では、パンだけでなく、登場するからすを一羽一羽、ていねいに描いている。
顔つきや服装も違えば、羽の色まで異なる様子は、大人でも見入ってしまう。これは宮沢賢治の『烏百態』という詩の影響もあるという。
「いろいろなからすが出てきて、とてもおもしろいんです。これは、子どもさんの世界も同じですよね。気の合うやつもいれば、嫌なやつもいる。いろんな人がいていいんです。多様性のあるなかで生活していくものですからね」
かくして『からすのパンやさん』は、たくさんの子どもたちを楽しませる絵本となり、大人にとっても思い出深い一冊になった。
できすぎた話かもしれないが、実は、かこさんに会いに行く道すがら、車の前を先導するように、一羽のからすがすいーっと飛んでいた。からすは嫌われ者ではない。むしろ、おいしいパンを焼くからすが、この世界のどこかにいるかもしれない。そう想像する楽しさを教えてくれたのは、かこさんであり、『からすのパンやさん』なのだ。
絵本作家・かこさとし
1926年福井県生まれ。工学博士。東京大学工学部卒業後、昭和電工に勤務しながら創作を始め、退社後に絵本作家、児童文化の研究者となる。現在まで約600点の作品を刊行し、菊池寛賞など受賞多数。
(Hanako1128号掲載/photo:Sakiko Nomura text:Kaori Hareyama)