さあ、行くわよ? きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」第39回〜『原点を忘れないわよ』〜

LEARN 2022.11.02

きゃりーぱみゅぱみゅが「大人なLADY」を目指す日々を綴る連載。おかげさまで、話題沸騰です。第39回は「原点」のお話。

『原点を忘れないわよ』

皆さま、ごきげんよう。別に派手な服を着てないときでも「今日もすっごいカラフルなお衣装ですね~!」とイベントとかでMCの方に言われがちな、きゃりーぱみゅぱみゅです。

きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」

「いやいや、今日はそんなことないですよ?」って内心思うんですけど、やっぱり世間的には、きゃりーといえば “カラフルで奇抜”というイメージが根強いんだなと痛感させられます。

今回は、そんな世間的イメージと、実際の私の間で繰り広げられる葛藤についてです。

というか、最近の私って全体的に葛藤してますねw まあでも、デビューして11年が経つってこういうことなんだなと思います。そういう年代なんです、きっと。

さて、カラフルで奇抜というイメージ。別名“原宿のデカリボン”ともいうんですが、もちろん私自身、もともとそういうのが好きでしたし、それでここまで来ましたし、今後もそれを続けていきたいとは思っています。

だけど、11年の月日が流れてアラサーにもなると、それ以外にももっといろんな表現がしたいと思うようになりました。

きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」

特にプライベートではその傾向が極端で、最近は「あ、これ買いたいな」と思うブランドのアイテムに限って、70年代のデザインとかをリバイバルさせた“復刻モノ”だったりします。

ちょっとレトロでベーシックで落ち着いた感じ。オリジナルのデザインがいいんですよね~。気づいたら私の身の回りはそういうものばかりになっていて、プライベートではもはや奇抜さとは真逆です。

なんなら最近の新作といえば、変なペンキが散らされたり、ブリンブリンのハートを付けられがちなんですけど、それを見るたびに「そんなん、いらんいらんいらん?」と私はちょいおこになるという…。

昔の女優さんが身につけたことで人気が出たアイテムなのに、それにグラデーションとかスタッズとか、余計なものを足さないでほしいんです。シンプルイズベスト。

きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」

まあ、そんなわけで私はプライベートではシックな感じになってきて、仕事の現場でもあえて衣装をシンプルな感じにまとめたり、それこそカラフルとは真逆な黒一色とかでステージに立ったりする機会が増えてきました。

とはいえ、やっぱり原宿のデカリボンを求めて観に来てくれているお客さんもいるだろうし、スタッフさんからも「えー、今日はリボンないの? なんか寂しくない?」とか言われたりもするので悩ましいところです。

私個人としては「寂しくていいときもある」と思っているし、そうすることで今の自分を見せていきたいと考えているんですけど、でもその一方で、みんなが求める“きゃりーぱみゅぱみゅ”に応えてあげたい気持ちもあります。

だから、前にミュージシャンの友達がよく言っていた話が、今になってめっちゃ沁みてくるんですよね。「本当は新曲をみんなに聴かせたいんだけど、お客さんからは過去のヒット曲を求められている」っていう…。

きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」

過去の定番か、今のありのままの自分か。

実際にフェスで「私のライブを初めて観る人はどのくらいいますか?」とMCで聞いたりすると、8割くらいの人が手を挙げたりするので、そこでは世間から求められるきゃりーでいいんだって思ったりもします。

特に最近のフェスは、集客につなげるために根強いファンがついている人たちを入れていることが多くて、推し以外のステージをあまり観に行かないお客さんも増えていたりするから、あえて定番で固めることで、どんなお客さんでも少しでも盛り上がれるようにしたほうがいいのかなと…。

でもそればかりだと、ますますきゃりーから外れられなくなるし、きゃりーはこうあるべきという考えで凝り固まってしまうしで、いや~、これぞ葛藤という感じです。ほんとそのバランスが難しい。

ただ、ひとつ言えそうなのは、こういうときこそ、さっきの復刻モノみたいに“オリジナルのよさ”に立ち返ってみることが大事なんじゃないかなと思うんです。

私はカラフルで奇抜でした。でもそれは当時の我が家にはめっちゃ厳しい家庭ルールがあったので、その反動で自由を求めるために奇抜になっていたんだなと、今になってみて思います。

奇抜な格好のままだと敷居をまたがせてくれない家だったから(しかも門限厳守)、最寄りの駅のトイレで奇抜になって原宿に行って、帰りもそのトイレで奇抜を消してから帰宅するという生活を続けていました。

そのトイレとトイレの間だけ自由になるために、私は奇抜になっていたんですよね。奇抜になるために奇抜になっていたわけじゃないんです。奇抜さは自由を表現する手段のひとつでした。

だから、よくよく考えてみたら、その奇抜さに縛られているように感じてしまっているだなんて本末転倒です。

今こそ、あの頃感じていた“自由さ”を忘れないようにしたい。それが私の原点であり、オリジナルのよさなんだと思います。今よりももっと自由にファッションやきゃりーぱみゅぱみゅを楽しめたらいいなと…。

またもや葛藤を綴ってしまいましたが、これからも葛藤するたびに真正面から向き合っていきたいと思います。意外とヒントって、自分の足元に落ちていたりするんですよね。

てか、きゃりーぱみゅぱみゅって名前かなり変ですよね。たまに自分でじわじわきてます。くくく?

きゃりーぱみゅぱみゅの 「大人なLADYになるわよコラム」

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