伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第4回
アイドルとしてはもちろん、ラジオパーソナリティとしても大活躍。乃木坂46の山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを、自由に綴ります。
(photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Kiwa Inaba)
「人間ドックで舞う」
帯番組のラジオパーソナリティに決まったとき、私にできることは「健康管理」しか思いつかなかった。当時23歳4ヵ月、いくら若いとはいえ侮るべきではない。特に大病をしたことがあるわけではないが、私は胃の弱さに定評がある。緊張すると胃の働きが過剰になり、受験や仕事で困難に立ち向かうたびに、大荒れを繰り返してきた。刺激物を回避し、夏でも布団を被り、乳酸菌のタブレットを食べるなど、自分なりにいたわってきた。だが、それで和らぐならとっくに苦しまなくて済んでいるし、実績が伴っていない我が胃に信用はない。だからこそ、ちゃんと調べて、状況を把握する必要がある。そこで、私は人生初の人間ドックを受けることにした。
未知の領域に踏み入るには、まず検査項目を理解することから始まった。コースだけでも9種類、オプションは50種類以上あって、何がどう違うのかパッと見分けがつかない。バリウムか胃カメラ、どちらが適しているのだろう。そもそも標準コースで5万円以上かかるなんて知らなかった……。でも、病院に行ってみないと実態が掴めない気もする。ええい、必要なのは、ノリと勢いだ! 全ての葛藤を押し殺し、財布のヒモをこじ開けた。正直、私にとってはものすごく大きな買い物だった。
申し込むまでかなり逡巡したくせに、検査当日は言われるがまま着替え、呼ばれるがまま移動していたら、びっくりするほどスムーズに終わった。そこで今回は、先人たちからつらいキツいしんどいと散々脅されていた、バリウム検査のことをご報告しようと思う。
紙コップに入った白濁の液体を、まずは揺らして匂いを嗅いでみた。初めて見たバリウムはとろみがあって、見た目は水溶き片栗粉と相違なかった。いちごやココアなどのフレーバーを選べる病院もあると聞いたことがあったので、ヨーグルト味のプロテインだと思い込んでみたら、意外とすんなり飲めてしまった。このまま舌を肥やさずにいたほうが良いのかもしれない。
検査台がゆっくりと動き始めると、技師は「はーい、いいですね。その調子です。どんどんいきましょう。大丈夫、あなたならできます!」と鼓舞してくれた。ただ、今何を言われても、私は頷くことしかできない。発泡剤で胃を膨らませているせいで、口から空気が抜けてしまいそうなのだ。「遅い、もっと早く動いて!」と急かされても黙りこくったまま、指示通りの前衛的なポーズを披露し続けた。ああ、なんと滑稽な姿だろう。だが、なぜか全く悪い気はせず、むしろどんどんやる気が出てきた。普段ドームやアリーナといった大きなステージで踊っていても特に褒められることはないのに、ひねったり傾いたりするだけでこんなに褒めてもらえるなら、当然もっと応えたくなってくる。ここもステージ、乃木坂46での経験を生かさずしてどうする。先生、ついていきます。
頑張っちゃおうかしらと調子づいた瞬間、検査台は信じられない角度で傾斜していった。何のアトラクション!? というほどに回転しまくりで、振り落とされないように必死に手すりを掴む。え、何これ。今何してるんだっけ? 頭の中がハテナでいっぱいになり、急に自分を客観視してしまった。だが、私が冷静さを取り戻しつつあるのに反して、先生の熱血指導は止まらない。「次は上半身をもう少し前に出せますか。違う行きすぎ。もう30度くらい左。おー素晴らしい!」
いけないいけない、私はパフォーマーとして、要望に応えなければ。ここで脱落するなんて言語道断。「じゃあ、右に素早く2回、回って。そうです素晴らしい!さすがです!」……何がさすがなのかは分からなかったが、終わる頃には得も言われぬ達成感で満ちていた。
晴れ晴れとした気持ちで待合室に戻ると、政治ニュースを険しい顔で見ているおじさまや、ウトウトしているおばさまが目に入った。ここにいる人たちは全員あのステージで舞うのか、人間ドックってすごい場所だなあと思った。
そして検査の結果、要経過観察の小さなポリープが見つかった。胃の検査だけでも定期的に受けたほうがいいとのお達しだったので、次回はもっと華麗に、俊敏に舞わなくては。さて、次は何味のバリウムにしようか。