夏子の大冒険 〜ちいさな美術館をめぐる旅〜 永井潔アトリエ館の『92年の自画像』へ。「手紙」編。

LEARN 2021.04.07

ちいさな美術館を巡って、作品から想いを馳せて物語を綴るこちらの連載。第4回目の舞台は、画家・永井潔さんのアトリエで展示されている『92年の自画像』展へ。永井潔さんは、以前私が出演させて頂いた舞台『私たちは何も知らない』の演出家であり劇作家の、永井愛さんのお父様。ずっと行きたかった永井さんのアトリエ館に、お邪魔しました。

自画像から垣間見る、潔さんの生涯。

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毎度のことながら、ここに出てくる物語の内容は、すべてフィクションです。他の方の作品から好き勝手に文章を書くというのは、ワクワクする反面、少しだけ心苦しさも伴います(そんな連載をやらせてほしいと言ったのは自分なのですが…)。そして今回は、敬愛する永井愛さんのお父様の作品ということもあり、緊張や恐縮みたいな気持ちがちょっぴり勝りました。

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これは潔さんの自画像が描かれたとき、もしかしたらいたかもしれない幼馴染に向けた、もしかしたら送られたかもしれない、架空の手紙。自画像をみるというのは、その方の人生を垣間見ているようでありました。

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「手紙」

『26歳の自画像(コート)(永井潔)』
『26歳の自画像(コート)(永井潔)』

村田克彦君

 お久しぶりです。すっかりご無沙汰してしまいました。君が越したばかりの頃は、毎日、まるで恋人同士のように手紙を送り合っていましたね。
 それもそのはず、僕らは互いの家で寝る以外、四六時中一緒にいたのだから、突然君がいなくなっては、一体誰と何を話していいのか分からなかった。君の方は持ち前の明るさとちょっとした美男子っぷりで、段々と新しい学校でも人気を得ていったようだったが、手紙が少なくなっていくのは正直言って、寂しかった。
 さて、そんな君から久々の手紙だと喜んだのも束の間、召集令状が君のところにも来たことを知りました。実は私も既に一度徴兵されていたのです。見てください、このいがぐり頭(自画像を同封しました)。僕は長髪の方が似合うし、その方がモテる。髪を剃るときはなんだか泣きたい気分でした。君はきっと、いがぐりが様になるに違いない。向こうは何かと大変ですが、学校一足の速かった君なら大丈夫でしょう。奥さん、そして生まれたばかりの幸子ちゃんのためにも、無事に帰ってきてください(写真拝見しました。幸子ちゃん、笑った目が君にそっくりで驚いた)。
 帰ってきたら久しぶりに会って酒でも飲もう。君がこちらへ来てもいいし、僕がそちらへ行ってもいい。

永井潔

『絵のある自画像(永井潔)』
『絵のある自画像(永井潔)』

幸子さん

 こんにちは。いや、初めましてと言うべきかもしれない。貴方の父、村田克彦さんの旧友、永井と申します。この度、自画像展というのを、私のアトリエで行うこととなりました。
 若い頃から描きためてきた作品を一挙に展示する為、しまっていた作品を整理していたところ、一枚の自画像を発見し、それがかっちゃんに送るための下書きだったことを思い出したのです。私のあまり似合わない短髪姿を併せた手紙は、かっちゃんが召集を受けたことを知り、励ます為にと送ったものでしたが、それがかっちゃんへの最後の手紙となってしまいました。
 私にも娘がおり、娘というのは、それは目に入れても痛くない、そんなものだと知っているからこそ、かっちゃんが貴方の成長を見届けることが出来なかったのは、さぞ悔しかったろうと思います。
 同封した案内には、今度展示する最近の私の自画像も掲載されています。シワは深く、口は垂れ、もうすっかりおじいさんの顔です。
お時間があれば是非、アトリエへ遊びに来て下さい。

永井潔

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今回訪れたのは…〈永井潔アトリエ館〉

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気持ちの良い自然光がふんだんに入ってくる、ここで描いていたんだとはっきり感じられるアトリエ。そこには想像を超えた数の自画像が展示されていました。娘の永井愛さんが絵の様子から年齢を推測し、タイトルを命名した作品たちが楽しめます。

〈永井潔アトリエ館〉

■東京都練馬区早宮4-6-5
■03-3991-9889 (木土のみ対応)
■毎週土曜日開館
■11:00~17:00
■入館料300円

※ 普段は撮影禁止です。

photo : Yumi Hosomi

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