主人公はHanako読者!? おひとりさまの心地いい部屋はどう作る?映画『私をくいとめて』作原文子さんインタビュー
31歳、OL、おひとりさま、『Hanako』愛読者(!!)が主人公の映画『私をくいとめて』がいよいよ12月18日より全国公開。『Hanako』のインテリアページを数多く手がけてきたインテリアスタイリストの作原文子さんが映画の美術・装飾を担当したと聞き、部屋作りのポイントやおひとりさまが心地よく過ごすための秘訣を聞きました。
31歳、OL、おひとりさまの家ができるまで
黒田みつ子(のん)は一人で自由気ままに楽しく暮らす31歳のOL。彼女の脳内にはもう一人の自分である「A」がいて、人間関係や身の振り方に迷ったときはいつも正しいアンサーをくれる。そんな「A」と一緒に平和なおひとりさまライフがずっと続くと思っていたある日、みつ子は年下の営業マン、多田くん(林遣都)に恋をしてしまう。いつも腹ペコの多田くんのために手料理をおすそ分けするみつ子。だけど二人の関係はなかなか進展しない。「これって20代と30代の恋愛観の違い!? それとも私の片思い!?」ーーー。好きな人との距離の縮め方に思い悩み、ときには感情も爆発させる、みつ子。さて、どうする!?
と、いうのが『私をくいとめて』のおおまかなあらすじ。恋の行方も気になるところですが、同じくらい注目していただきたいのが、作原文子さんが手がけたみつ子の部屋や、みつ子の親友・皐月が暮らすミラノの家。主人公たちが今もそこに暮らしているようなリアルな部屋たちはどのようにして生まれたのでしょうか。作原さんに聞いてきました。
みつ子は週末を大事にする女性
脚本を読んで、みつ子はどのような女性に映りましたか?
意欲的に楽しみを見つけて、話題のスポットにもひとりで行ける女性だと思いました。『Hanako』読者ということだったので、雑誌をパラパラとめくりながら「あそこに行きたい」、「ここであれをしたい」と楽しみながら予定を立てている女性です。
さまざまなシーンで『Hanako』が出てくるので、それを見つける楽しさもありました。中でも、みつ子が週末の予定を立てる時、Hanakoを参考にしたことがわかるシーンは印象的です。
みつ子のように週末を大事にする女性は予定を立てる時、手帳にさらっと書き込むだけじゃないような気がしたんです。ふだん私が使っているノートにはいろいろと書き込めるスペースがあって、そこに行きたい場所とか、やりたいことを書き込んでいるんじゃないかとイメージが膨らんで。そこで、ボブファンデーション(Hanakoでもおなじみのクリエイティブチーム)の洋美ちゃんに、週末だけ枠が大きくなっているスケジュール帳を作ってもらって、そこにHanakoの切り抜きを貼って、週末の理想を叶える愛用品にしました。そうそう、LINEに表示される多田くんのアイコンもひろみちゃんが描いてくれたんですよ。
え!あの、林遣都さんに激似のアイコンもボブさんが描かれているんですね。他にも作原さんのお知り合いのクリエイターの方々がたくさん協力してくださったとか。
劇中に出てくるドローイングアートはアーティストのミズタユウジさんにお願いをしました。ペンダントライトは夫婦で吹きガラスの工房を営んでいるSTUDIO PREPAのもので、部屋のアクセントになっています。あとは、60軒以上のインテリアショップに協力をいただきました。もう感謝しかないですね。
作原さんが個人的に注目してほしいポイントはありますか?
みつ子の暮らしぶりですね。人って30歳くらいになると徐々に好きなモノが明確になってくると思うのですが、みつ子もそうで、彼女は好きなモノをちゃんと選んで、自分なりに組み合わせて楽しんでいる。美術サークル出身という設定だったので、家具や小物のセレクトにもそういったパーソナリティが反映されるように意識しました。みつ子はお気に入りの布をたくさん集めていて、それをカーテンと組み合わせてかけたり、ラグマットを2枚重ねて敷いたり。部屋がそんなに広くないので、自由に動かせるようテーブルやイスはアウトドア仕様のコンパクトなものを使ったり。家の中に高価なものがあるわけではないけれど、自分の好きなものや必要なものを自分なりのアレンジで楽しんで使っていて、そういった暮らしぶりを見てほしいなと思います。
最近はコロナ禍によって自宅にいる時間も増えて、好きなものが明確になった人も多いと思います。「部屋が狭い」とか「素敵な家具が買えない」と嘆くよりも、まずは等身大で買えるもので本当に自分が気に入ったものを置いて、アレンジしながら生活に取り入れる。そうやってセンスを磨くのも楽しいよ、ということが伝わったら嬉しいです。
使い方や場所を限定せずに、好きなものを好きなように使ったらいいんですね。みつ子の家がどうしてあんなに居心地がよさそうなのかわかった気がしました。
のんさんもアートやデザインが好きな方で、私が用意したものに対して「これ、どうやって使うんですか」とか興味深く聞いてくださったのが印象的でした。撮影終了後には「みつ子の部屋から演技のヒントを与えていただきました」とおっしゃってくださったのもとても嬉しかったですね。
みつ子は休日、積極的にあちこち出かけていますが、作原さんはふだんどうやってリフレッシュしていますか。
昔はキャンプによく行ってたんですけど、最近はその時間がなくて、近くの公園に行って息抜きしています。その時間もないくらい忙しい時は、花を生ける時間が気分転換になっています。撮影で使った花を自宅に持ち帰って、夜な夜なベースや器に生け替えるんです。本当はすごく疲れてるし、早く寝なくちゃいけなんだけど、植物を触っていると心がすごく落ち着くんですよね。
作原さんのスタイリングでは花とか植物を印象的に使われていますよね。
そうなんです。が、今回の作品にはそんなに植物が出てこないんですね。監督と部屋作りについて相談した時、「みつ子は普段、花を生けないと思う」とおっしゃっていて、それが一つの指針になりました。日常的に花があるかどうかは私のスタイリングの方向性を決定づけるものでもあって、そこから部屋のスタイルを想像するんです。 “花を生ける=女性らしい人”ということではないんですが、部屋の風景を作るにあたって、監督が思うみつ子の性格や癖をインテリアに落とし込んでいく軸になりました。みつ子の衣装にもたくさんのヒントがあって、彼女はメンズライクでシンプルなものを好む人なのがわかったので、自然とグリーンやブルーを多く使ったスタイリングになりました。
雑誌のスタイリングと違って、映画の美術・装飾はどういった点が大変でしたか。
雑誌の撮影では一旦組んだあと、ものの位置を細かく変えながらニュアンスをつけてスタイリングをしていくのですが、映画ではそれができないことも多々あって。たとえば、みつ子の部屋を撮っているとき、前のシーンではティッスケースがここにあったのに、すぐ次の時間のシーンでまったく別の場所にあるとおかしいですよね。だから、カットが重なるたびに、変えてはいけない部分が多くなる。絶対に場所を変えていけないものを見極めながら、リアルさを追求する作業がすごく難しかったです。
みつ子の親友・皐月が暮らすローマの家のインテリアも素敵でした。
実は、ローマの家の方が作るのは大変だった気もします。当初ローマで行うはずだった撮影ができなくなってしまったので、“日本で撮っているように見せてはいけない”という監督の気持ちを思いながら必死にやりました。そもそもイタリアとは物件の仕様が違うし、壁や床の質感も窓から見える景色も違うから難しかったですね。部屋の中に置いてあるモノはなるべく日本で売ってない、もしくは売ってないように見えるものを探しました。あとはとにかく時間がなかった(笑)。ものの搬入からスタイリングまでを約1日で仕上げないといけなくて。今回の仕事の中で一番大変だったかもしれません。
“普通”とか“絶対”ってことはないよって伝えたい
みつ子には「A」という分身がいますが、作原さんにはそういった存在はいますか?励ましてくれたり、喝を入れてくれたりする、もう一人の自分。
「A」のように別人格とまではいかなくても、自分のスイッチ一つで、頑張れたり、楽しめたりはできますよね。さっきまでめげてたけど、ちょっとしたことで気持ちが上向きになったりとか。
作原さんも落ち込むことはありますか?
ありますよ(笑)。特に今回の仕事は、「プロの美術の方だったらもっと要領よくやってたのではないか」と思うことがたくさんあって、落ち込んだり。でも、監督が私のスタイリングを見て、「これ、すごくかわいいから次の演技に使いたい」と言ってくださったりすると、“自分も少しは役に立ったかもしれない”、と思えて、また頑張れました。
みつ子は31歳という設定でしたが、作原さんは31歳の時、何をしていましたか?
マガジンハウスの仕事をめちゃくちゃしていました(笑)。もちろん『Hanako』もたくさんさせてもらいましたよ。
分身「A」になったつもりでその時の自分に声をかけるとしたら?
「“普通”とか“絶対”ってことはない。そう思った方がいろんなチャンスが手に入るよ」と伝えたいですね。若い頃って、自分を持つこと=「絶対こうじゃなきゃダメだ」とか「普通はこういうものだから」と、一つの考えに固執しがちなんですが、それだと人のアドバイスが受け入れられない。それでチャンスを逃していた気がするんです。もちろん、「こうじゃなきゃいやだ」っていう感覚が今もないわけじゃないですけど、昔はもっと凝り固まってましたね。受け入れる余裕がないと、一歩、外に向かうチャンスを失ってしまう。
そのメッセージはどんな人にも通じるなと感じます。
そうですね。そうやって自分を柔軟にして、さらに歳を重ねると、自分の手元にあるものをどれだけ人に託していけるかが大事になってくると思うんです。任せられる勇気というか。
この仕事を続けている理由の一つは、世の中にある素晴らしいモノや作り手を人に知ってもらうパイプのような役割ができたらと思っているからなんですが、自分の中にとどめておくだけではなくて、いろんな人に伝えていくことが大事だなと日々、強く思います。
世の中に知られていないいい作家さんって本当にたくさんいるんですよ。そういった方たちに少しでも光が当てたられたら。私がスタイリングしたページをメディアを通じて、知ってもらうきっかけができたらうれしいですね。
素敵な作家さんとの出会いはどこで?
ネットで調べるだけではなくて、いろんな場所に出向くようにしています。そこで必ず、思いがけないいい出会いがある。PCで検索すると多くの情報が出てきて便利だけど、生身の体で偶然得られる出会いは、より一層、素敵なものです。どんなに忙しくてもこういう時間は大切にしたいなと思います。
映画『私をくいとめて』
原作:綿矢りさ「私をくいとめて」(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督・脚本:大九明子
出演:のん、林遣都、臼田あさ美、若林拓也、片桐はいり/橋本愛 ほか
製作幹事・配給:日活 制作プロダクション:RIKIプロジェクト 企画協力:猿と蛇
公開日:2020年12月18日(金)
©2020『私をくいとめて』製作委員会