【カレーときどき村田倫子】 横浜のディープタウン・福富町にあるカレー屋〈丸祇羅〉へ。独自の方程式で編み出した、色鮮やかで愉快なカレープレート。
「カレーときどき村田倫子」へようこそ。食べたいカレー屋さんを訪ね、自身でつらつらとカレーに対する想いを綴る、いわば趣味の延長線ともいえるこの企画。今回は、福富町のカレー屋さん〈丸祇羅(まるまさら)〉を訪れました。
季節の変わり目が、なんだか覚束ないのは私だけかしら。特に今年は、夏の暑さが長く尾を引いたり、急に冷え込んだり、コロコロと忙しない気候に十分振り回されている。あぁ、みるみる減っていく私のHP。こんなときは、スパイスが秘める回復呪文を浴びに行こう。
いつもとは反対側の電車に乗り、降り立つのは関内。実はカレー屋さんが多い、横浜の激戦区である。駅から歩いて少し、心地よい緑道から少し外れた小道に、本日の癒しのカレースポットがひっそりと息を潜めている。
〈丸祇羅〉。今年の春から始まった、新しい憩いの場。
古民家のような木の温もりを感じる店内。広い窓から柔やかに漏れる光、透ける植物の緑。リリリリ…と優しく耳に触る鈴虫の鳴き声。まるで職人の工房に訪れたかのような空間だ。
ここでは、日替わりでカレーのワンプレートが楽しめる。本日のお品書きは、「ゴーヤ、ポルサンボル、モロヘイヤとカシューナッツチャトニ、松葉のチキンカリー、カモミールティーのキーマ、パリップ、タイムと紫キャベツ、人参グリンピース、春菊、トッピングにスパイス味玉」。
鮮やかで愉快なプレート。視覚から胸がときめく。
スリランカのスパイス「ツナパパ」が香り立つチキンカリー。松葉のパウダーが素材の旨味を引き立てる敏腕な裏方。優しく包容力のある味わいと、後から駆け抜けるスパイスの爽快感のまにまに揺れて心地よい。
バスマティライスの向かい、左上に盛られたキーマはキリリと鋭角な辛味が気持ちいい。肉の旨味をしっかり感じるマスキュリンな立ち振る舞いだ。
トッピングとして追加オーダできる、「黒酢のポークカリー」。トマトの酸味とギュギュっと詰まったポークの旨味が混じって溶ける、この絶妙なバランスがたまらない。
各々のスペック確認は完了。さて、ここからがショータイム。ライスの上に花開く色とりどりの副菜、そしてカレーたちを思い思いに混ぜ合わせる。優しい、強い、甘い、辛い…様々な要素が掛け合わされて、炸裂する味覚の化学反応。この瞬間がカレーの真骨頂、わたしだけの一口に酔いしれる瞬間である。
スリランカや南インドを彷彿とさせるスパイスの予感を孕むカレーや副菜。でも何か違う余白と遊び心がひょっこり現れて、味覚を楽しくかき乱す。この絶妙な加減はなんだろう?
「あ、適当です」。
ちょっぴりぶっきらぼうに言い放つオーナーの六反さん。面をくらう私。だって、どう紐解いても適当で表現できる味ではないから。
「はじめに着地させたい味のイメージを決めるんです。そこに合う素材やスパイスを選んで、理想像に向けて仕上げていきます。今は掴んできましたが、ここに至るまで7回は挫折しそうになりましたよ」。
“適当“というのは、試行錯誤を重ねて編み出した六反さん独自の方程式の答えが“丸祇羅”だから。鍋を振るうたびに更新される彼の感覚と経験が、今日を紡ぐカレー。説明書はなし。彼はアーティストなのだ。いや、職人なのかもしれない。
いいなと思った。カレーってやっぱり自由だ。つくる人の“想い“を体現するフード。私たちはこの愛がこもった作品を存分に愛で、味わい、体内に吸収できる。なんて贅沢なのだろう。
食べ終わった私は、すっかり元気を取り戻していた。おいしいカレー、スパイスの魔力、そして作り手のクリエイティブスピリット。全てをまるっと受け止めて、じんわりとカラダが火照っている。
やっぱりカレーは私のパワーフードだ。そう再確認した、〈丸祇羅〉での昼下がり。