今のあなたにピッタリなのは? フォトグラファー・川北啓加さんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
さまざまな業界で活躍する「働く女性」に、今のその人に寄り添う一冊を処方していくこちらの連載。今回のゲストは、「もろんのん」の名前でお馴染みの川北啓加(かわきた・のりか)さん。平日は会社員、休日はフォトグラファーとして活躍する彼女に、仕事でのやりがいやモチベーションの原点について伺いました。
今回のゲストは、川北啓加さん。
平日は〈Mr. CHEESECAKE〉のマーケター、休日は“トラベル・フォトグラファー”としてのふたつの顔を持つ川北さん。Hanako.tokyoでは「もろんのん」名義で、癒しの週末ホテルステイをレポートする『#Hanako_Hotelgram』を連載中。
はじめましての私たち。まずは気になるお名前や肩書きのこと。
木村綾子(以下、木村)「はじめまして。いきなりですが、お名前、なんて呼んだらいいですか?(笑)もろんさん?のんさん?もろんのんさん?…どう発音するのが正解ですか⁉」
川北啓加さん(以下、川北)「よく聞かれるんですよ〜!(笑)発音は、もろん(↗)のん(↘)です。「おどけた」とか「馬鹿な」を意味する“moron”って言葉と、ニックネームだった「のん」を合わせて…!カメラを始めた学生の頃から名乗り始めました」
木村「そういう意味が込められていたんですね…!最初にスッキリさせておいて良かったです(笑)では改めまして、もろんのんさん。私、もろんのんさんが撮る弘中アナウンサーの写真がすごく好きで…。弘中さんの人柄と纏ってる雰囲気が、写真によく出てるな〜って、うっとりしてました」
川北「わ、ありがとうございます!私も、この連載にゲスト出演している方が本当に好きな人ばかりで。こうしてお声がけただいて、嬉しい限りです!」
木村「お名前も写真もそうですが、もろんのんさんのお仕事の幅にも興味津々です。休日はカメラマン、平日は会社員としてお仕事されてるんですよね?」
川北「そうなんです。今は〈Mr. CHEESECAKE〉でのマーケターとしてのお仕事がメインで、週末にフリーで“トラベル・フォトグラファー”として活動しています」
木村「もろんのんさんのInstagramを見ていると、街や風景はもちろんだけど、女の子の可愛さを引き出すのが本当に上手だなと感じます。でもあくまでもメインは“トラベル”なんですか?」
川北「私も人を撮るのが大好きなんですが、“ポートレート・フォトグラファー”だと素敵な写真を撮られる方がいっぱいいらっしゃるじゃないですか。差別化する意味でも、自分はそう名乗ろうと思って。「女子旅」をテーマにトラベル系のお仕事を狙いつつも、Instagramを通じて、人も撮れるぞっていうのを伝えていく作戦です(笑)」
エピソードその1「YouTube 始めました!」
木村「もろんのんさんはこのコロナ禍をどう過ごしてたんですか?現場に行けなくなってしまったフォトグラファーはきっと大変だったんじゃないかと…」
川北「実は私、5月からYouTubeを始めました!ずっとやりたかったんですよ。自宅にいる時間がうんと長くなったので、この機会に改めて、旅行先とかカメラの魅力を伝えられたらと思い」
木村「コロナ禍の切り抜け方がめちゃくちゃ今っぽい(笑)YouTube進出はいつ頃から意識を?」
川北「1年前にお仕事で沖縄に行ったんですが、フォトグラファーとしての私の他に、動画担当で YouTuber さんが来られていたんですよね。私の撮った写真と彼女のつくった動画を見比べた時に、正直、動画の方が人が動くなと思って。もちろん、写真には写真にしかない良さもあるんですが、 その頃からすごく意識するようになりました。さすがに今はどこかに行って撮影するっていうのができないので、昔行った外国の写真とかを折り混ぜながら発信しています」
木村「すごい!自分のおかれた環境に合わせて、柔軟に対応されてきたんですね」
川北「そうですね。発信手段はいくらでもあるんだから、時間ができた分うまく使わなきゃって」
処方した本は…『すべて写真になる日まで(増山たづ子)』
木村「さっきのお話を聞いていて、もろんのんさんはきっと発信せずにはいられない方なんだなと思いました。この写真集には、生まれ故郷がダムの底に沈むと知った村のおばあちゃん・増山たづ子さんが、60歳を過ぎてはじめて手にしたカメラで、岐阜県徳山村の人々と風景をつぶさに撮影し続けた29年間の記録が収められています」
川北「そのストーリーだけでウルッときちゃういますね…」
木村「社会を発展させるために、人は進化と発展を恐れず前を向いて進んでいかなければならないけど、そのために失われるものも確実にある。幸せの裏には犠牲がある。それを視覚にまざまざと突きつけてきます」
川北「そうですね。…でもここに写っている人も景色も、どれもすごく生き生きとして見えます。カメラに向けた笑顔も眩しいくらい…。きっと悲しみや怒りみたいな感情があるはずなのに、どんな思いで暮らしていたんだろう。失われた景色だとは信じがたいです」
木村「増山さんは、ダム完成を見届ける前に亡くなってしまうんですけど、彼女の遺志を継ぐ人たちの手によって、彼女が撮った在りし日の徳山村は、こうして写真集になり写真展となり、さらに「増山たづ子の遺志を継ぐ館」まで建ち、そこに生き続けています。何かを伝えたり形に残したりする行為は、こんなにも尊いことなんだってことに気付ける一冊だと思います」
エピソードその2「自分が好きなものを、誰かに伝えるのが好き」
木村「さっきのYouTubeのお話を聞いて、もろんのんさんってもしかしたら写真にめちゃくちゃこだわってるってタイプじゃないのかもしれないって思ったんですけど、ご自身的にはいかがですか?」
川北「まったくその通りだと思います。写真が好きっていうよりは、自分が好きなものを誰かに伝えるのが好きなのかも」
木村「誰かに影響を与えたいって気持ちが人一倍強いんでしょうね。〈Mr. CHEESECAKE〉への入社は、どういった経緯で?」
川北「お客さんとして買って食べたチーズケーキに、めちゃくちゃ美味しいと感動してしまったがきっかけで。「この魅力の秘密はなんだろう」「もっと多くの方に、この気持ちを味わってもらいたい」という思いで、飛び込んで行った感じです(笑)」
木村「まさに「インフルエンサー」ですね!その気持ちが根本にあるから、写真からYouTubeもへ軽やかに移行できているのかもしれませんね」
川北「以前「もろんのんさんの写真をきっかけに、アイスランドに行ってきました」っていうコメントをもらったことがあるんですよ。自分が誰かをアイスランドまで向かわせるきっかけになったと思うと、なんだかめちゃくちゃ嬉しくて。自分が好きだと思えるものを誰かに伝えて、その人がそれを買ったりその場所に行ったりしてくれた瞬間が私は一番嬉しいんだと思います」
処方した本は…『その街の今は(柴崎友香)』
木村「誰かの写真がきっかけで、自分の人生にささやかな、もしくは劇的な変化が起きることってあると思います。写真って不思議ですよね。実際には見ることの叶わない時代やかつての風景を見ることができたり、初めて見る景色に既視感を覚えてしまうことがあったり、極端なこと言うと、他人の卒業アルバムを見ていてなぜか懐かしいと思ってしまうことだってある。……あ、もろんのんさん!柴崎友香さんの小説は読まれたことありますか?」
川北「柴崎友香さん…!以前、知人が『寝ても覚めても』の映画を見て、私に勧めてくれたことがありました。「写真が好きなのんなら、きっとこの作品も好きだと思うよ」って」
木村「わーそれはすごいタイミングですね!そうそう。柴崎友香さんは、写真撮影をライフワークにもされている作家さんで、写真や記憶をテーマにした作品も多いんです」
川北「最初に読むならどの作品がオススメですか?」
木村「柴崎さんの小説はどれも好きすぎて悩みます…!でも、そうですね〜。いまの話の流れから選ぶと、『その街の今は』とか、どうかな。古い写真に写った昔の街の風景に思いを馳せる時間が至福、っていう女性が、同じものに惹かれている男性と出会って次第に心を通わせていく物語です」
川北「写真がきっかけで始まる物語ですか…!素敵すぎます!」
木村「大阪ミナミが舞台になってるんですけど、舞台というより主役と言えるほどに、その街の今と昔、変化と普遍、歴史が丁寧に観察されてます。そういう角度からも、“トラベル・フォトグラファー”として世界各国の街を写してきたもろんのんさんにオススメの一冊ですね」
エピソードその3「“自己肯定感”が下がっていた時期に…」
木村「そういえばこの間、古賀史健さんの『嫌われる勇気』に影響を受けたっていう記事をHanako.tokyoで読みました」
川北「数年前に著しく“自己肯定感”が下がってしまった時期があったんですよ。1年くらいぐずぐずしていたんですけど、その本をきっかけに立ち直ることができました」
木村「どういう言葉に心救われたんですか?」
川北「「他者と自分の課題の分離」という部分を読んでから、いい意味での人との”線引き”ができるようになったんです。他人を変えることはできないんだから、自分の価値観のひとつとして吸収できればいいんだって」
木村「人間関係に悩んでいた自分に踏ん切りがついたんですね」
川北「そうなんです。それからは周りの人ともフランクに接することができるようになりましたし、無理して他人に同調することもなくなりました。自分がしっかり立っていないと、何かを紹介するお仕事は務まらないですからね」
処方した本は…『かなわない(植本一子)』
木村「“自分がしっかり立っていないと、何かを紹介するお仕事は務まらない”っていう言葉は、写真にも通じますよね。カメラを自分に向ける人に対して安心と信頼がないと、被写体も自分を開放できないと思うんです。でもやっぱり人間だから常に強く、ゆるぎない自分で、なんていられないですよね。それで思い浮かんだのが、写真家の植本一子さんの日記文学シリーズです」
川北「『かなわない』が最初の作品なんですね。「自分の撮った写真が遺影になったことが2度ある。」…って冒頭の一文だけで、もうウルっときちゃいました。」
木村「『かなわない』は、2011年震災後からの日々が日記と散文で構成されている作品です。震災直後の不安を抱きながらの生活において、世間的な常識のなかで語られる結婚や家族、妻、母という「型」と折り合いがつけられず悩み苦しむさまや、ひとりの女性としてどうしようもなく追い求めてしまった新しい恋の顛末などが、赤裸々に綴られていくんです」
川北「先を読むのが怖いような、でも読んだら止まらなくなってしまうような、切実な声が聴こえてくるようです」
木村「このシリーズは『家族最後の日』『降伏の記録』『台風一過』へと続いていくんですが、ぜひ全シリーズ読破してください!形を変えながら絆を強くしていく家族の形、信頼しあう仲間と作り上げる仕事の数々は、まさに彼女にしか歩めない人生を私たちに見せてくれます。もろんのんさんの今後のフォトグラファー人生の、杖のような存在になったらいいなと思います」
対談を終えて。
対談後、「自分一人だったら、通り過ぎてしまっていただろうコーナーから勧めてもらったのが嬉しかった」と話してくれた川北さん。期せずして3冊ともがカメラマンさんの本になったことに対して、「同じ写真を撮る人の頭の中が気になって…!」と笑う姿が印象的でした。お話の中でも出てきたInstagramとYouTubeはこちらから。ぜひチェックしてみてください!