女性が人生を楽しむことは、社会貢献につながる。 産婦人科医・池田裕美枝先生に聞く、SRHR (セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ) HEALTH 2023.10.02

どんなセクシュアリティを持って生きるか、子どもを産むか、産まないか、産むとしたらいつ産むのか…。これらはすべて自分で決められることで、誰かに捧げたり強制されたりするものではありません。こういったことを当たり前に保障しようという理念「SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)」について、産婦人科医の池田裕美枝先生にお話を伺いました。

SDGsでも重要視される「SRHR」とは

――まず、「SRHR」とは一体どんなものなのか教えてください。

「SRHR」とは、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(Sexual Reproductive Health and Rights)の略で、「性と生殖に関する健康と権利」と訳されます。わかりやすくいえば、自分のセクシュアリティのことや、子どもを産むか産まないか、いつ産むかに関して、すべての人が自分で決められる権利のこと。

セックスを安心して楽しめ、避妊や不妊治療について自由に選択でき、病気の予防や治療に容易にアクセスができる。さらに子どもを産んでも苦労したり、選択肢が狭まったりすることがないよう、母子保健が充実し育児支援が行われること。SRHRは、これらすべてを保障する理念のことです。

現在、SRHRは、国連で2015年に採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でも重要視され、世界的に取り組むべき課題の一つとなっています。しかしながら、日本のSRHRの浸透状況は、世界的に見てもまだまだ遅れていると言えるでしょう。

池田裕美枝先生
池田裕美枝先生

――日本のSRHRは、海外と比較してどんな状況にあるのでしょうか?

先進国であるはずの日本ですが、特に遅れをとっているのが、避妊と中絶にまつわることです。日本の場合、中絶は合法ではありますが全額自己負担でありその方法も限られています。また、避妊に関しても世界では当たり前に使われている、注射剤や貼付剤(シール)、インプラントなど、さまざまな避妊の選択肢のほとんどがありません。

女性主体でできる避妊法は、低用量ピルかミレーナ(IUS: 膣内リング)に限られている状況なのです。ピルは、体質や持病によって飲めない人もいるため、その場合は避妊の手段はさらに狭まってしまいます。日本の女性は、安心してセックスを楽しむことができない、常に不安にさらされた状態で生きているわけです。

欧米や欧州、北欧の国々では、10代から22〜24歳の若者が、医療従事者に気軽に性の悩みを相談できる場所「ユースクリニック」が整備されています。ユースクリニックでは、無料で避妊具やピル、緊急避妊薬をもらうことができ、安全な性交渉についてのカウンセリングや、性感染症の検査なども受けることができます。思春期のうちにこうしたケアが当たり前にあることは、その後の人生を、健康に、充実したものにするために、大きな影響を与えてくれるはず。日本にもそんな場所があったなら、若者の不安はグンと減るだろうなと思います。

――そうした状況の背景には、日本のどういった事情が関わっているのでしょうか?

大きな原因としては、これまで日本の学校で性教育がタブー視されてきたことがあると思います。さらに、賃金格差などジェンダー平等の問題も未だ根強く、日本のSRHRが実現するまでにはたくさんのハードルがあると言えるでしょう。ただ、欧米や欧州でも昔から今のような状況だったわけではなく、女性たちが自分の健康な人生のために、世の中変えていこうと主張し続けた結果、SRHRの大切さが浸透していったのです。なので、現在を生きる私たちが、今頑張ることで、日本の未来を変えられるかもしれません。実際、最近は前向きな変化も感じています。

――日本のSRHRについて、池田先生が感じる前向きな変化はありますか?

例えば、これまで産婦人科医は、妊娠・出産のため、もしくは病気の治療をするためにかかる場所というイメージを持つ人が多かったと思いますが、最近は、セックスについて相談に来る女性が増えています。年代も幅広く、20代で初めての性交渉がうまくいかないという人もいれば、50代で離婚後に彼氏ができ、10年ぶりくらいにセックスをするのが不安だという人も。メディアでも性の悩みや更年期についてオープンに取り上げられることが増えたり、フェムテックの関心が高まったりもするなかで、これまで我慢していたことを、我慢しなくていいのだという風潮が広がっていることも関係しているでしょう。

――自分に合った産婦人科医を見つけることも、自身の性を大切にしたり健康を守ることに通じますよね。

残念ながら、これまで産婦人科医を受診して、心無い対応をされ、傷ついた経験のある人も少なくないと思います。しかし、最近SRHRの大切さが見直される動きが医療者の間に出てきています。そのなかで、自分のパートナーとなってくれるクリニックや医師を見つけていただきたいですね。それは、SRHRを大切にすることにもつながります。

「わたしの体はわたしのもの」と思えるように、ちょっとした違和感を見逃さない

――SRHRを実現するために、私たち一人ひとりはどんなことを意識するといいでしょうか?

SRHRの基盤となるのが、「ボディリー・オートノミー(Bodily Autonomy)」という考え方です。直訳すると「体の主権」という意味で、「私のからだは私のもの」という感覚のこと。例えば、10代の頃、好きな人と手をつないだりキスをしたりするのが、本当は嫌だけど、断ったら嫌われるかもしれないと我慢した経験はありませんか?どんなに好きな相手でも、気分じゃないときだってあるはず。それをお互いに伝え合えるのが本来望む素敵な関係のはずですが、30代、40代になっても「彼女だから」「妻だから」と我慢し続けている人は多いようです。

それは恋愛の話だけに限らず、仕事でも家庭でも、女性は周りに気遣いをして、自分は後回しにしている人が多いように感じます。どんな人を好きになるか、子どもを持つか持たないか、どんな人生を歩むかを自由に決めるためには、何をするにもまず一度、「本当にそれをしたいのか?」と自分に問いかけてみてほしいのです。

――性のことだけでなく、日常の中でも自分の気持ちや体調に注意を向けるようにしたいですね。

職場や家庭、いろんな場面で、女の人は言いたいことが言えていないんだと思うんですね。私自身もそうだと思うのですが、多くの女性は自分が抑圧されていることに、気づいてないことが多いような気がします。例えば、日本ではまだまだ育児や介護などケアに関わることは女性がやることが多く、これはいわば無償労働ですよね。そのために女性は働きたくても働けないという状況があります。

しかも、日本の女性は世界で一番寝ていないと言われていて、育児や介護と仕事を両立することがいかにハードなことであるかがよくわかります。そんななかで、国は子どもを産め産めと言うけれど、不安のほうが大きくて当然ですよね。

最近注目の高まっているフェムテックも国の少子化対策として推進されるものではなくて、自分をケアするために使うもの。より自分の性や健康について向き合えるきっかけになるものだと思っています。毎日のなかで、何かちょっとした違和感とか、ちょっとしたモヤモヤにちゃんと気づいていくこと、自分の声に耳を澄ましてみることが、自分を大切にするということの第一歩なんだろうなと思います。

ボディリー・オートノミーというと、難しく感じるかもしれませんが、SNSなどで美容の情報を積極的にとりにいくその行為は立派なボディリー・オートノミーだと思います。自分の体に関心を持ち、ケアをしたり、それによって心地よくなれたり。そんなふうに、いろんな面から自分を大事にすることで「私のからだは私のもの」ということが実感しやすくなるはずです。

女性が人生を楽しむために努力することは、社会貢献につながる

――今、SRHRが大切にできていない状態で、つらい思いをしている女性に、少しでも日々を生きやすくなるようなアドバイスをいただきたいです。

SRHRの第一歩として、私たち一人ひとりが自分の尊厳に気づいていくということが、大事だと思うんです。多様性の時代にも関わらず、日本では未だに男女の賃金格差が問題になっていますが、なぜ女性の収入が少ないのか。それは、出産・育児や両親の介護など、無償労働を一挙に女性が引き受けていることが大きいですよね。働きたくても働けない。それなのに、「夫に養ってもらっているから、言うことを聞かないと」と、3歩下がっている女性は、本当に伸び伸び生きられているでしょうか。一人ひとりがちゃんと自分の人生が楽しいと感じ、「自分が自分の道を歩んでいる」という自覚を持ってもらいたい。それは、セックスに関しても同じで、自分のためだという感覚があって、はじめて妊娠出産も子育ても、楽しむことができるはずです。

――「自分のために」ということが、つい後回しになってしまう女性も多いと思います。どうしたらもっと自分を大切にできるでしょうか。

私は、女性が自分の人生を100%楽しむために努力することは、社会貢献だと思っています。というのも、日本では今高齢化が問題になっていますが、女性は男性に比べて健康寿命が長く、要介護期間も長い。じゃあできるだけ要介護にならないためにはどうしたらいいかというと、閉経前後の50代の時期からを、いかに健康に元気に過ごすかにかかっているんです。

女性の場合、閉経後、女性ホルモン量が急速に低下することで、それまで女性ホルモンが守っていた骨や関節が急速に弱くなります。そのため、この時期は食事や運動に気をつけ、今まで以上に自分をケアすることが大切。ですが、多くの女性が40代、50代を子どもや親の介護、仕事など人のために頑張らざるを得ず、自分のことを後回しにしてしまっている状況があります。将来の要介護者を増やさないためにも、何かと頑張ってしまい自分を犠牲にしがちな女性には、ぜひ今のうちから自分中心に、自分のご機嫌取りをはじめてほしいと思います。社会のためになると思えば、きっと罪悪感なく自分を大事にすることができるのではないでしょうか。

Text_Renna Hata Illustration_Reiko Matsuo edit_Kei Kawaura

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