食体験から魅力を紐解く。橋本愛の〈味の履歴書〉

FOOD 2024.01.26

その人の食体験を知れば、その人の魅力がもっと見える。橋本愛さんの〈味の履歴書〉を紹介します。

小さいときは、好きなものが山ほどあった。まずパイナップル。「物心ついた頃だったでしょうか。バイキングでパイナップルをお皿に山のようにとって、1人でひたすら食べ続けた記憶があります。だいぶ食べ進んだところで、のどがイガガガって感じになって、それ以来、食べられなくなったんです」。どうも、人生で食べられる許容量を超えてしまったようである。今、頑張れば食べられなくはないが、「あのイガイガを思い出すと、幸せに食べられなくて」封印している。フルーツ全般が大好きなのだが、ミカンが今頃になって「のどがギャビギャビしてきた。そろそろ限界なのかもしれません」。

2000 祖母が作るだご汁は私のソウルフード。
だご汁のだご(だんご)は、生地をこねて作るのではなく、ピザ生地で代用するのが祖母流。画期的だがすごくおいしくて、今も作ってもらうのが楽しみで仕方ない。
2000 祖母が作るだご汁は私のソウルフード。
だご汁のだご(だんご)は、生地をこねて作るのではなく、ピザ生地で代用するのが祖母流。画期的だがすごくおいしくて、今も作ってもらうのが楽しみで仕方ない。

橋本愛さん、生まれは熊本である。おばあちゃんが作ってくれる郷土料理の〝だご汁〟がソウルフードだ。「鶏肉のおだしにけんちん汁のような具が入っていて、そこに生協で買ったピザ生地をつまんで入れるんです」。本来は粉から生地を作るのだが、おばあちゃんのはひと工夫したバージョン。これが「めちゃくちゃおいしくて」、実家に帰ってだご汁が出てくると「やったぁ」と今でも興奮する。

偏食な上、食べるのがものすごく遅かった。

小さい頃、うどんばかり食べている時期があった。かっ込むことはなく、1本ずつゆっくり食べていた。うどん以外も、食事のスピードは周囲が驚くほど遅かったが、本人はそのことにあまり気づいていなかったという。
小さい頃、うどんばかり食べている時期があった。かっ込むことはなく、1本ずつゆっくり食べていた。うどん以外も、食事のスピードは周囲が驚くほど遅かったが、本人はそのことにあまり気づいていなかったという。

おいしいものが大好きなのだが、嫌いなものも多かった。グリーンピース、ピーマン、玉ねぎ。玉ねぎは〝条件つき〟で食べられるようにはなったが、ピーマンはどうしてもダメ。その条件つきって? 「オニオンスライスとかみじん切りはいけます。でも、牛丼とかカレーに入ってる玉ねぎは苦手」。普通、玉ねぎが苦手な人は、あのちょい辛味がイヤという人が多いが、柔らかくて甘みが出たのが苦手なのである。これは今もってNG。
「うどんばかり食べてる時期もあって、それも1本ずつちゅるちゅると食べる」。そんなちゅるちゅる派だから、給食も食べるのが遅く、毎日、掃除のときまでかかってしまい、先生から「もういいよ」と言われるのが常だった。

橋本さんは3姉妹の真ん中。姉妹間の食の争いを勝ち抜くためには、ちょっとズルもした。ある日、妹が買ってきた大切なパックンチョを、いない隙に1個だけと思って食べた。さらに、あと1個、この1個だけと思いながら、結局、全部食べてしまう。妹が帰ってきて空っぽの箱に驚いたので、「お父さんが食べてたよ」とウソをついたら、妹は父に激怒。でも、父も否定しなかったので、この件はそのまま閉幕。タネ明かしをしたのは一昨年のことだった。二十数年、だまされ続けた妹と父よ、ごめんなさい、である。

お菓子は今も好きで、コンビニスイーツも好きだし、チョコボールにアンパンマンチョコ、チョコベビー……。「お菓子の好みは5歳児です」。子どもの頃は、チョコベビーを1粒ずつ食べていたけど、今はガッと〝大人食い〟しているそうだ。

映画の中の1年間の田舎生活で食の尊さを知り、食に開眼する。

17歳で出合った映画『リトル・フォレスト』で、映画の中とはいえ、ほぼ自給自足の暮らしを経験し、人生における食の基盤ができる。

食の基盤となった映画『リトル・フォレスト』。

2014  畑を耕し、野菜を育て、鴨をさばいて料理した。
2014年公開の映画『リトル・フォレスト』は、まるで実際に暮らしているかのように撮影が行われた。自然の中で、生き物や農に触れ、食へ真摯に向き合った。
2014 畑を耕し、野菜を育て、鴨をさばいて料理した。
2014年公開の映画『リトル・フォレスト』は、まるで実際に暮らしているかのように撮影が行われた。自然の中で、生き物や農に触れ、食へ真摯に向き合った。

映画『リトル・フォレスト』の撮影で岩手に通った1年間は、橋本さんの食の履歴の中で大転換期となった。「17歳から18歳にかかる1年、岩手に通いました。自分で野菜を育て、田植えをし、薪を割り、雪かきをして。その辺に生えている山菜を抜き、鴨をさばく。それらを使って料理を作り、食べる。雪の下には、わら納豆が埋めてあって、ついた餅に砂糖醤油と一緒に絡めて納豆餅にする……。すごく土着的で刺激的で贅沢な1年でした」。まるで暮らしているかのような日々。苦手な小豆も克服したし、栗の渋皮煮を作るシーンでは、フードディレクションを務めた野村友里さんらが作る渋皮煮を生まれて初めて食べて衝撃を受けた。そして、苦手だった栗が大好きになった。「その1年間で、自然への感謝、農に関わる方たちへの感謝が深くなり、食への向き合い方が構築されたと思います。食材ひとつとっても、その背景にある大勢の人々が関わる過程を感じ取れるようになったことは大きかったですね」

飲食店の選択基準は「粒子の細かい店」!?

中学生の頃は、東京と熊本を行ったり来たりしていた。あるとき、「スーツケースをガラガラ引いてお好み焼き屋さんに入ったら、お店の人にもお客さんにも『場違いなヤツ、来た』という目線で見られたんです。確かに、大人たちがしっぽり飲んでるような店に、12歳の女の子は不釣り合いですよね」。すごすごと店を出て、牛丼屋さんに。「1人で、どこでも気にせず飛び込むタイプです(笑)」。牛丼は当然、玉ねぎ抜きである。

東京に住むようになってからは、外食、弁当、ウーバーイーツの日々。自炊はほぼしないが、「年3回」ぐらいは自分で料理する。「パックご飯に納豆と味噌汁の素を入れてお湯を注ぐ料理を自炊というなら、もう少し多いですけど」。料理をするなら、全部無添加にこだわりたい。「だから、家にある調味料は結構いいものなんです。これがちっとも減らない(笑)。今はひとつしか作らないと決めていて、それが豚汁」。無添加の味噌、食材もすべてオーガニックのもので揃えて、とりかかる。そして、3日間ぐらい豚汁で過ごす。「これがおいしいんです」。コロナ下ではよく料理を作ったが、仕事が忙しくなってくると、「料理を作る時間がもったいないと思ってしまって。手数が少なく、体によくておいしいもの。野菜もとれるし、味噌という発酵食品も使うから、豚汁に決めたんです」。でき上がった豚汁には、お気に入りのごま油をかけるのが決まりだ。

2022 1クールに1回は作る豚汁にはソルソルソウル。
年に3回ぐらいは作る豚汁。調味料も食材も特別よいものを選んで使用。仕上げに、ごま油をたらり。ともかくおいしいそう。
2022 1クールに1回は作る豚汁にはソルソルソウル。
年に3回ぐらいは作る豚汁。調味料も食材も特別よいものを選んで使用。仕上げに、ごま油をたらり。ともかくおいしいそう。

外のごはん屋さんもこだわりを持って選ぶ。「粒子が細かい店を選びます」。あのぉ、粒子が細かいとは? 「うーん、言葉で言うのは難しいんですけど、体によくて、素材の味が生きているもの。私には見えるんですけど(笑)。たとえば、スパイスカレーのお店〈アンジャリ〉。ここは粒子が細かいです。この『粒子が細かい』という話はなかなか伝わらないことも多くて、皆さん、『うっ!?』となる(笑)」。橋本さん、ここのカレーは「完璧」と言う。「宇宙一おいしい」とも。そして、チャイは「日本一おいしい」と。雑誌のカレー特集で数軒を回った中で、ものすごく感激した店で、以来、4~5年通っている。粒子の細かさは「結局、料理を作る人が素材をどれだけ愛しているか、なのかもしれません。たとえば、これぞという素材を見つけたら、農家まで訪ねる方もいますよね。そんなこだわりが粒子の細かさにつながるのかも。素材にこだわり、時間をかけて、ひとつひとつ思いを込めて作る。そんなふうに〝おいしい〟を究め尽くしていることかも」

2019 宇宙一おいしい スパイスカレー。
カレーは4種あるが、いつも食べるのは、エビカレーとマトンキーマの2種セット。そして、チャイも。鶏軟骨のアチャールのおいしさにもノックアウトされている。
2019 宇宙一おいしい スパイスカレー。
カレーは4種あるが、いつも食べるのは、エビカレーとマトンキーマの2種セット。そして、チャイも。鶏軟骨のアチャールのおいしさにもノックアウトされている。

新作映画の現場を支えたプロデューサーの手料理。

2023 プロデューサー手作りのごはんで英気を養った。
映画『熱のあとに』の山本晃久プロデューサーの作る鶏の唐揚げは格別のおいしさだった。スタッフ、キャストの健康を考えて作る料理は活力の源。皆、癒された。
2023 プロデューサー手作りのごはんで英気を養った。
映画『熱のあとに』の山本晃久プロデューサーの作る鶏の唐揚げは格別のおいしさだった。スタッフ、キャストの健康を考えて作る料理は活力の源。皆、癒された。

2月公開の映画『熱のあとに』の制作現場は特別だった。「ほぼ毎食、プロデューサーさんがごはんを作ってくれたんです」。そんな現場、ほかにはない。厳しい局面が多々ある中、「まず、温かいごはんが食べられる奇跡! 私たちのことを考えて、体にいいものを用意してくれる。夢のような現場でした」。たとえば唐揚げ。オリーブオイルを用い、ハーブの香りをまとわせる。毎回サラダがある。「緊張感のある作品なのですが、ごはんのおかげで、みんなの心も体も温まりました。ほぼ寝食をともにする感じで、スタッフもキャストもひとつになってでき上がった作品です。撮影中の手作りごはん、今後もデフォルトにしてほしいくらい幸せでした(笑)」

今作の縁の下の力持ち、プロデューサーの手料理は、さぞや粒子が細かかったに違いない。

illustration_Mihoko Otanitext_Michiko Watanabe

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