絶品パンを片手に。クラシックの無造作な楽しみ Vol.4 甘酸っぱいジャムにキュンとする!素朴でエアリーなドーナツと「ラデツキー行進曲」

FOOD 2024.01.16

香ばしい匂い、ふんわりと口いっぱいに広がる弾力、食材を引き立てる小麦粉の優しい味。味覚、触覚、嗅覚…あらゆる五感をもって、体中を幸せで満たすパンと在る時間に音楽があったなら、それはシネマシーンを切り取ったような特別な時間になるはず。そろそろクラシックを学びたいと思っている大人の女性に、ヴァイオリニストの花井悠希さんが、パンと楽しむクラシックの魅力を伝えます。今回は、冬のカーニバルの風物詩である甘いパンとニューイヤーと言ったらこの曲!な音楽を紹介します。

〈HIMMEL〉で出会える二つの冬の楽しみ。

新しい年の始まり。ハレやかさと新年への期待を込めた程良い緊張感、そして一段と厳しい寒さを感じる季節ではないでしょうか?同時に、お雑煮から始まって、甘酒、ぜんざいと冬ならではの味覚が楽しみな季節でもあります。日本よりもさらに寒いヨーロッパのドイツオーストリアでは油で揚げた甘い菓子パンがこの季節の風物詩なんだそう。「ベルリナー」「プファンクーヘン」「クラプフェン」など地域によって呼び方が変わり、種類も異なるのですが、日本で言うところの揚げパンドーナツのようなイメージです。今回はそんな「クラプフェン」が日本で知られるきっかけを作った、大岡山にある〈HIMMEL〉へ伺いました。

大岡山 HIMMEL 花井

店内を見渡すと、どっしりとしたライ麦パンからあんぱん食パンバゲットまで…!ドイツのパンと日本らしいパンが対等に、仲良く隣り合わせに並んでいる光景〈HIMMEL〉の魅力だなぁと感じます。店主の金長さんは「ドイツパン」という枠をあえて設けないことで、いい食材に出会うと積極的に取り入れたり、季節に合わせて柔軟に変えたりできる自由さを大切にしていらっしゃるそう。

大岡山 HIMMEL
大岡山 HIMMEL

「スモークチーズ&ハム野菜のプレッツェル」はドイツパンの代名詞「プレッツェル」をピザ風にアレンジ!プレッツェルの香ばしさにチーズやピクルス、ベーコンそれぞれの旨みが乗っかったご馳走パンです。

大岡山 HIMMEL スモークチーズ&ハム野菜のプレッツェル

食感の違いを楽しむ「ベルリナー」と「クラプフェン」。あなたはどっち派?

ドイツでは大晦日やカーニバルには欠かせない、〈HIMMEL〉でも名物の「ベルリナー」。ここで少し、カーニバルとは何かにも触れておきましょう。
カーニバルは日本語に訳すと「謝肉祭」。キリスト教のお祭りで、復活祭(イースター)の40日前から始まる復活祭の準備期間を四旬節といい、期間中はイエス・キリストの断食をしのんで肉食を絶つ習慣があります。カーニバルはその四旬節の前に肉を食べ、羽目を外して楽しく遊ぼうという行事なのです。

ベルリナーを一口頬張れば、ふわっ。イーストが使われた生地はふっくらとしてきめ細やかエアリーでとても軽やかな口当たりは、私のお口専用枕かな?(笑)と思うほどしっくりきます。真ん中に詰まっているのは、きゅっと甘酸っぱいフランボワーズジャム。ジャムパンを彷彿とさせる素朴さ懐かしさに心がふわっとほどけます。本場ではジャムが入っているのがポピュラーとのこと。もう一種類、お店オリジナルのミルククリームもありました。

大岡山 HIMMEL ベルリナー
大岡山 HIMMEL 「ベルリナー (フランボワーズ) 」
大岡山 HIMMEL 花井

「ベルリナー」と同じく冬のカーニバルのお楽しみクラプフェン(カソナード)」は〈HIMMEL〉を代表する一品です。カソナードとはフランス語で「きび砂糖」のこと。外側はカリッと薄皮。半分に割ると粘り気のある断面がお目見えします。内側は真ん中に大きな空洞を抱え、食感はもっちり、しっとり。水分をたっぷり抱えている故のひんやりとした感覚に便乗して、周りのきび砂糖がじゅわりと溶けていく…まるでアツアツの揚げパンに冷たいアイスクリームをトッピングしたような、ハイブリットな新感覚を味わうことができます。

大岡山 HIMMEL クラプフェン (カソナード)

生地はイーストを使っておらず、シュークリームの皮に近いそう。液状の生地をすくって油へ直接ダイブ。水分の蒸発を利用して膨らむので、中に空洞ができるようです。
全体の甘さはとても控えめ。そこに、ぷちりぷちりとレーズンが甘さの波を起こして緩急をつけます。空洞だから水分たっぷりといっても、エアリー。揚げパンのようなジューシーさもあるので、軽いのか軽くないのか…迷子になる人が続出するかもしれません。お気をつけて!

「ラデツキー行進曲」の手拍子は新年の風物詩

冬の楽しみは甘い菓子パンだけではありません。1月はクラシック音楽界で最も有名なコンサート「ニューイヤー・コンサート」から始まります。毎年1月1日にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下ウィーン・フィル)が開くコンサートは、世界90か国以上に生中継され、5000万人以上が鑑賞するとも言われており、世界的にも有名な新年の風物詩のひとつです。

会場となるのは〈ウィーン楽友協会〉。ウィーン・フィルの本拠地であり、“世界三大コンサートホール”の一つ。クラシック演奏家であれば、一度は憧れる由緒正しきホールです。この中にある大ホール、通称「黄金の間」で開催されます。

ウィーンフィルのニューイヤーコンサートでは、シュトラウス一家の作曲したワルツやポルカなどが演奏され、ヨハン・シュトラウス二世の「美しき青きドナウ」と、その父ヨハン・シュトラウス一世の「ラデツキー行進曲」は、アンコールを飾る曲として欠かせない曲となっています。

ニューイヤーコンサートでの「ラデツキー行進曲」の魅力はやはり、指揮者、オーケストラ、そして客席の拍手が一体となって作り上げるサウンド。指揮者に合わせて、お客様もハンドクラップ(=拍手)という楽器を巧みにコントロールして、オーケストラと共に高らかに奏でます。手拍子も相まって、新年に相応しく心が鼓舞されるような輝きに満ちた一曲です。
日本でも1月中は各地で開催されている「ニューイヤーコンサート」。新年の幕開けが感じられる音楽を味方にカーニバル気分でぜひハンドクラップにも挑戦してみてくださいね。

今回紹介した一曲「ラデツキー行進曲」

作曲者:ヨハン・シュトラウス1世(1804-1849)
作曲年:1848年
楽曲詳細:「ラデツキー」とは、19世紀オーストリアで活躍した将軍「ヨーゼフ・ラデツキー」のこと。同年に北イタリアの独立運動の鎮圧に向かうラデツキー将軍を称えて作曲された。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートにおいて、ヨハン・シュトラウスの《ラデツキー行進曲》op. 228が初めて演奏されたのは、1946年1月1日のこと。ヨハン・シュトラウス二世の「美しき青きドナウ」と共に、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートのアンコールには欠かせない一曲です。
こちらのアルバムは2012~2022年に開催された同コンサートのライブ録音のベスト盤。

text_Yuki Hanai photo_Hiroyuki Takenouchi

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