絶品パンを片手に。クラシックの無造作な楽しみ Vol.3 クリスマス支度は、じっくり仕込んだシュトーレンとバレエ音楽「くるみ割り人形」で。

FOOD 2023.12.19

香ばしい匂い、ふんわりと口いっぱいに広がる弾力、食材を引き立てる小麦粉の優しい味。味覚、触覚、嗅覚…あらゆる五感をもって、体中を幸せで満たすパンと在る時間に音楽があったなら、それはシネマシーンを切り取ったような特別な時間になるはず。そろそろクラシックを学びたいと思っている大人の女性に、ヴァイオリニストの花井悠希さんが、パンと楽しむクラシックの魅力を伝えます。今回は、トラディショナルなシュトーレンと、あわせて楽しみたいクリスマスを舞台にしたバレエ音楽を紹介します。

〈ベッカライ ブラウベルグ〉の「シュトーレン」でアドベント(待降節)を楽しむ。

街にイルミネーションが輝き、クリスマスの足音が聞こえると、今年はどんな「シュトーレン」でクリスマスを迎えようかと考えます。「シュトーレンはドイツの伝統的な発酵菓子。今年は、本場さながらのトラディショナルな味わいが感じられるものをいただきたい!そう思って訪ねたのは、白金の商店街にお店を構える〈ベッカライ ブラウベルグ〉。

ベッカライ ブラウベルグ
ベッカライ ブラウベルグ

伝統的な製法で作られたドイツパンドイツ菓子をはじめ、食パンやサンドイッチ、デニッシュなど親しみやすいパンも並び、ドイツパンをまだまだ勉強中な私でも安心できる、気さくな雰囲気にホッとします。

サンドイッチ
パン

地元のお年寄りからお子様連れのご家族まで、幅広い層に愛されているのも納得です。この辺りは大使館などもあるエリア。日本に暮らす海外のお客様も多く、ドイツの方も本場の味を求めて買いにいらっしゃるそう。

なかでも人気の「ロッゲンブロート」は、ライ麦100%でもっちり食感。ドイツで言うところの「食パン」で、現地ではサンドイッチにしたり、軽くトーストしてバターやジャムをたっぷり塗ったりしていただきます。

ロッゲンブロート(左)
ロッゲンブロート(左)

一口かじると染み渡る滋味深さ。これがライ麦の香りなのだ、と説得力のある香ばしさに体が満たされます。ライ麦特有の爽やかな酸味はカドがなく、焼栗のような、深い森のような…ゆたかで深みある香りと味わいに包まれます。

ドイツでは11月の最終日曜日からキリストの誕生日であるクリスマスまでを「アドベント(待降節)」と呼び、「シュトーレン」を少しずつスライスして楽しむ風習があります。

シュトーレン

〈ベッカライ ブラウベルグ〉の「シュトーレン」も、1年にこの季節だけ。ラム酒やブランデーなどオリジナル配合の液に、ドライフルーツやナッツなどを長期間漬け込み、仕込みに一年をかけ伝統的な製法でじっくりと作られています。風味豊かでありながら甘さは控えめ。ついつい何枚でも手が伸びてしまうような味わいは、時間をかけて作られる分、気候や環境の変化から風味などが繊細に変わり“その年の味”に出会えるのも特徴です。

シュトーレン

子供やお酒が苦手な人も美味しくいただけるよう、洋酒の風味は控えめで、バターのあたたかみのある香りがふわりと届きます。レーズンやイチジクなどのドライフルーツは、存在感のある果実味なのに、くどさはなく、穏やか。オレンジやレモンのピールが優しい苦みは、シュトーレンの味を引き締めます。

カリッ、さくりと表面が崩れれば、きび砂糖がしゅわしゅわと口内で儚く消えていく。まろやかな甘みがじんわりと広がります。ゴツゴツとした見た目に反して、内側は柔らか。果実の充実感も相まって、マジパン部分はジューシーさすら感じるほど、しっとりとした食感です。

シュトーレン

口の中でコリっと噛むと冴え渡るナッツの香ばしさはとびっきり洗練されていて、思わず惚れ惚れとしてしまいます。初めて食べたはずなのに、昔からずっと知っていたかのようなしっくりと馴染む感覚に、長い期間を共に楽しみたくなる季節の相棒を見つけた気持ちになりました。

クリスマス・イヴの夜に繰り広げられる物語。 バレエ音楽「くるみ割り人形」

ロシア出身の作曲家チャイコフスキーの代表作、バレエ音楽「くるみ割り人形」。
「眠れる森の美女」、「白鳥の湖」と共に“三大バレエ”として名高い作品で、クリスマスにちなんだ作品であることから毎年クリスマス・シーズンには世界中で上演されています。ドイツの作家E.T.A.ホフマンが1816年に書いた童話『くるみ割り人形とねずみの王様』題材となっており、物語の舞台はクリスマ・イヴの夜

ドイツのシュタルバウム家で開かれるクリスマスパーティー。
シュタルバウム家の少女クララは、名付け親であり人形師であるドロッセルマイヤーから木製のくるみ割り人形を贈られます。クララは大喜び。ですが嫉妬した兄フリッツによって壊されてしまいます。心配になったクララは、クリスマスツリーの下でくるみ割り人形を抱いて眠りにつく。夜中に目を覚ますと、さあ大変。クリスマスツリーは大きく成長し、軍服を着た等身大のネズミたちが部屋中を飛び回っているではありませんか。くるみ割り人形とフリッツがもらったおもちゃの兵隊たちも命を吹き込まれ、ネズミたちと戦いを繰り広げています。

クララも勇敢に立ち向かいくるみ割り人形を救うと、くるみ割り人形は人間の王子様に変身してクララをお菓子の国へと招待します。お菓子の国の王女である金平糖の精がお城で二人のためにお祝いの宴を催してくれました。多彩な楽しいダンスをみて夢のようなひと時を過ごします。
最後のワルツが終わり、踊りを披露してくれたみんなに別れを告げ、目が覚めると、そこはお菓子の国ではなく、家の広間にあるソファの上。そばにあったくるみ割り人形を愛おしそうに抱きしめると、すべてが夢だったことに気づくのでした.....。

チャイコフスキーの色彩豊かでドラマティックな音楽を余すことなく感じることのできるバレエ音楽「くるみ割り人形」。日本でも、クリスマスシーズンにはバレエの上映やコンサートなどで演奏されています。劇場で夢のような世界に浸るのもよし、お家で音楽やバレエの映像を流してクリスマスムードを高めるのもよし。シュトーレンと共に、一年に一度の貴重なアドベント期間をじっくり味わってみてくださいね。そして、みなさま、よいクリスマスをお過ごしくださいませ。

今回紹介した一曲

「くるみ割り人形」

「くるみ割り人形」

作曲者:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840-1893)
作曲年:1891年〜1892年
楽曲詳細
「眠れる森の美女」、「白鳥の湖」と並ぶチャイコフスキーの三大バレエの一つ。チェレスタ、子供の合唱、おもちゃの楽器なども用いてロマンティックな幻想や華やかさを見事に描いた名曲。
バレエ音楽「くるみ割り人形」の中から作曲家自身が8つのシーンを選びまとめた、演奏会用組曲「くるみ割り人形」と合わせて、クリスマスの風物詩となっている。

アルバムでは演奏会用組曲ではなくバレエ音楽「くるみ割り人形」の全曲が収録されています。サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の色彩豊かでドラマティクな演奏は、オーケストラの音色から物語が聞こえてくるようです。

text_Yuki Hanai photo_Hiroyuki Takenouchi

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