“おいしい”のその先を求めて。Meet the Chef 辿り着いた究極の一杯。食べ手の心震わす日本一のラーメン職人、飯田将太。
ジュワッと体の隅々に広がる幸せ。本当においしい料理を口にした時にだけ味わえるこの感覚は、けっして価格や食材の良し悪しだけではなく、作り手が歩んできたヒストリーや、その中で醸成されてきた料理への想いが生み出しうるもの。様々な視点から“おいしいをデザインする”星子莉奈さんが、“おいしい”の先を求めて、極上の料理と作り手の素顔に迫ります。今回は伝説のラーメン店〈飯田商店〉にお邪魔しました。
伝説のラーメンを求めて、いざ湯河原へ
温泉地としてよく知られる神奈川県湯河原町。 その住宅街にある〈らぁ麺 飯田商店〉は、日本全国の食通を魅了し、ラーメン界では伝説の店として語られています。 来店した人は必ず、「わざわざ湯河原まで足を運ぶ価値がある」と口を揃えて大絶賛。それほどまでに人々を魅了する〈飯田商店〉を生み出した大将の飯田将太さんにお話を伺いました。
和食の世界に憧れ、23歳で日本料理の世界へ。しかしながら、家庭の事情によりその道を断念し、ラーメン屋を開店することになった飯田さん。期せずしてスタートしたラーメン人生でしたが、時は流れ、32歳の頃に出会った〈支那そばや〉のラーメンが、飯田さんの価値観を一変させました。
「人生一ラーメンを食べて感動した日です。それまで私は“スープが命”と思い込んでいたのですが、ここのラーメンは麺が抜群に美味い。ラーメンに対する可能性の幅がグッと広がり、自分のスイッチに火がついた瞬間でした。
正直心のどこかで、もう料理を諦めていたんです。でも、ラーメンでこんなに人を感動させることができるなら、私も生涯をかけてお客様の感動を生む一杯を作りたいと心からそう思えたんです。あの一杯に出合わなければ、今の僕はなかったと思います」。
あの日から十数年を経て、〈飯田商店〉は日本のラーメンシーンを象徴する店へと登り詰めました。
語り尽くせない大将のこだわりと愛が注がれたラーメン
“全てはこの一杯のために、できる努力は惜しまない”のが飯田さんのポリシー。初来店の際にまず衝撃的だったのは、信じられないほどお店が綺麗だったこと。厨房はラーメンをすする姿が反射しそうなほどピカピカに磨き上げられており、日々の努力を感じずにはいられませんでした。
実際、営業終了後には毎日1時間、週に一度は3時間かけて掃除をしているという徹底ぶり。ラーメンに集中してもらうための環境づくりにも、一切妥協はありません。
製麺は飯田さん自ら担当。「天候や来店されるお客様の事を考えながら、その日にブレンドする小麦を変えています」と、常にその日のベストを考えながら、日々真剣勝負で麺づくりに励んでいる様子がうかがえました。
器は特注の有田焼を使用。「表面の面積が狭いと脂っぽくなってしまうので広めにするなど、うちのラーメンにあわせてベストな形状を設計しました」。と、ラーメンを美味しく味わってもらう為のステージ作りにも余念がありません。
もちろん、スープにはただならぬこだわりが。まずは、〈飯田商店〉の代名詞ともいえる醤油味。様々な銘柄をブレンドした鶏と豚の出汁を合わせた秘伝のスープは、まろやかな口当たりでスッと身体に染みいります。
チャーシューは「天城黒豚」のバラとロース、「東京X」の肩ロースとロースの計4枚。ネギは京都の「九条ネギ」、海苔は佐賀の一番摘みを使用。さらに、「比内地鶏」と「純粋金華豚」を使った2種類のワンタンをトッピングし、具沢山な一杯となりました。
北海道産のハルユタカをはじめとする数種類の小麦粉をブレンドした味わい豊かな麺は、細めで柔らかく、スープがよく馴染んでいます。つるりと心地よい喉越しもたまらない。
続いて、煌めく琥珀色のスープに、淡い色のお肉が睡蓮のように広がっている塩ラーメン。顔を近づけると鶏油の香りが食指をかき立てます。
10時間かけて低温調理したという「東京X」のチャーシューが、ビジュアルの期待を裏切らない、良い仕事をしています。舌が喜ぶしっとりとした口当たりで、噛むと脂の甘さがじゅわじゅわと口に広がります。すかさずスープを口に運び、出汁とのマリアージュを愉しむのが正解。
麺の食べ比べが楽しいつけ麺は、小麦の中心部分を使った白い麺と石臼で挽いた黒っぽい麺の二種類が盛り合わせになっています。
白い麺は細麺と太麺の2種類の麺をブレンド。スープを味わう細麺と、小麦を味わう太麺が絡み合い、絶妙なバランスを保っています。石臼で挽いた黒っぽい麺は、蕎麦のような香ばしい香りと独特の食感から、小麦の力強さを感じます。
スープも昆布と鶏を使った温かい出汁と、蕎麦つゆによく似たカツオ出汁のスープの二種類が用意されています。
さらに豚のチャーシューを薄切りにしたものが添えられており、残り3分の1くらいのタイミングでスープに入れてほぐし、上から昆布と鰹節の濃度出汁をかけて食べるのがおすすめ。賄いで好評だったアレンジを再現し、バラエティ豊かな食べ方を楽しめるようにしたんだとか。
結果が出るまで妥協なし。食材や生産者にもとことん真摯に、誠実に
「小さい頃から料理が好きでした。ちょうど小学校1年生から卵焼きの研究に熱心になり、塩加減や油の量を調整しておいしい卵焼きを作るために毎朝実験していました。余熱で火入れすることを覚えたのもこの頃です(笑)。」
夢中になると、とことん追求するタイプなのは幼少期から変わらず、ラーメン屋を開店してからも、究極の一杯を生み出すために勉強を積み重ねたと言います。
「各地のラーメン店を食べ歩きながらも、感銘をうけるようなラーメンに出合うと、何度もそのお店に足を運び、同じメニューを注文します。何度も食べ続けると、少しずつそのラーメンに惹かれる理由が解けてくるんです」。
探究を続けながら“自分の味”を思い描けるようになったものの、忠実に再現することが出来ず、フラストレーションを抱えることも多かったと言います。
「そういう時は納得いくまでやり抜きます。どんなことも、結果が出るまで同じことを続けるんです。同じことを続けるからこそ、どこを改善したら良いのか、的を得た答えを出せるようになる。」
迷いなく自分のスタイルを貫く飯田さんの意思が際立った言葉に、グッときました。
「生産者さんの想いを受け取り、飯田将太というフィルターを通してラーメンを作ることに、責任と誇りを持っています。」
生産者さんの元へ会いに行く理由を、食材を知るためだけではないと話す飯田さん。
「“この人が作った食材を使いたい”という想いが、おいしいラーメンを作る原動力になる。同じように生産者の方々にも“この人になら食材を任せたい”と思ってもらいたいから足を運ぶんです。」と、造り手にも食材にも真摯に向き合う誠実さが伝わります。
ラーメン文化を発展させ、ラーメン屋の門を叩く若者を増やすことが次のチャレンジだと語る飯田さん。
「まずはラーメンを昇華させ、こだわりの一杯を提供できる環境を作ってあげたいです。原価がかけられるように、金額も見直さなければいけないですし、それだけの価値があることをお客様に理解してもらう為の努力も必要です。」
実際に飯田さんは、2022年5月に “ラーメン業界の未来を見据えて“という意思表明とともに、ラーメンを300円、つけ麺を200円値上げしました。“手間暇かけたおいしいラーメンを作りたい“と志す若き職人たちの想いを育むために、自分が旗振り役を担っていくという意志が伝わってきました。
日本一のラーメンを作る飯田さんは、やはり“超人”でした
ラーメンといえば日本の国民食。それゆえ無数のラーメン屋さんが存在しますが、その中で日本一と称され、ラーメン界を牽引する飯田さんはやっぱり超人。
時折アスリートの方とお話しているような気分になるほどストイックです(笑)。
“最高の一杯を味わってもらう為に自分ができることはなんだろう?”その答えになりうる全ての要素を完成度100%に高めること、飯田さんはそこに全身全霊をかけています。
「深呼吸してまっさらな気持ちでこの一杯と向き合いたい」食べ手にそう思わせることができるのは、この一杯にその想いが満ちているから。
取材中に「一度も満足したことがない」と繰り返していた飯田さん。美味を追求した一杯を作り続けるには、このマインドが何より大切なんだと教えていただいた気がしました。
INFORMATION
今回うかがったお店:飯田商店
場所:259-0303 神奈川県足柄下郡湯河原町土肥2-12-14
営業時間:木曜日〜月曜日の11:00~15:00
公式HP:https://r.iidashouten.com/
※完全予約制です。予約はこちらから!