蔵前〜田原町『夏の暑さとそれぞれのフレーバー』/高野ユリカ 第5回 だれかの住む街と菓子

FOOD 2022.09.21

写真家の高野ユリカさんが写真と文で綴る新連載。街や建築についてのお仕事をフィールドワークとする高野さんが、街を歩いて見つけたスイーツを切り口に‶街と菓子”を語ります。

私が蔵前を訪れるのは、夏。なぜかいつも暑い夏の日なんです。大通りのアスファルトの照返しの暑さを避けるように、路地に入りこめば、錆びついた問屋の看板、クリーニング店、ムクゲの花、寺と蓮、蚊取り線香の匂い、そこに実家の夏休みを思い出すような風景が突然現れたりする(かっこいいお寺があるなと思ったら、そこは白井晟一設計の善照寺だった…)。行く度、新しい何かが増えているのに、この街の気取ってなさや、揺らがず生活ありきの感じが好きだ。

緑の生茂る公園の真横にある〈Dandelion Chocolate ファクトリー&カフェ蔵前〉は週末になると行列ができている。扉を開けると工場と地続きな空間が広がっていて、どこもかしこもチョコレートの甘い香りが充満していて良い香り。蔵前限定のプレートにのせられて出てくる「シェフズテイスティング」は産地の異なるカカオを使った小さな5種のチョコレートスイーツ。注文してからバーナーで焦がされて出てくるクレームブリュレピスターシュや、カカオの果肉を使ったジュレなど、全然タイプの違うテクスチャーでチョコレートを味わえるのって楽しい。食べるのもったいないって言いながら小さなスプーンで少しずつ食べたい。活気のある店内の様子や、なめらかにテンパリング作業をしたのちに成形されたチョコレートの出てくる過程、袋に入った産地別のチョコレートを眺められる一番奥のカウンター席は特等席です。

歩いているとふと目に留まるのは黄色い屋根の外観。看板には緑の文字でLemon pie。洋菓子レモンパイには、次から次へとお客さんが吸い込まれていくのが見える。こんな暑い日には、元気になるレモンのお菓子をみんな食べたいよね、わかる。店名にもなっているレモンパイは約40年前の創業時から作り続けられていて、予約しないと早々に売り切れてしまうそう。割と驚きのビジュアルだ。つん、と立っているメレンゲの角からフォークを入れると想像以上に軽く柔らかくて、すぐにレモンクリームまで到達。一番下のパイ生地がサクッと音を立てる...! メレンゲの消えてなくなってしまう感じ、レモンクリームの強い酸味、ものすごいときめき。イタリアの田舎町の気取らないカフェでさっと出てくるようなあの味。本当にありがとう、夏の東京で食べさせてくれて。

デイリーズマフィン蔵前店マフィンは週替わり。記事に登場するような甘めのデザートマフィンと、バジルポテトなどのおかずマフィンがある。1個320円〜。
デイリーズマフィン蔵前店マフィンは週替わり。記事に登場するような甘めのデザートマフィンと、バジルポテトなどのおかずマフィンがある。1個320円〜。
〈デイリーズマフィン蔵前店〉●東京都台東区蔵前2-3-1-101 ●03-3865-4451
〈デイリーズマフィン蔵前店〉●東京都台東区蔵前2-3-1-101 ●03-3865-4451

都営浅草線蔵前駅のA1口すぐ真横にあるデイリーズマフィンは、その立地からも帰りがけについ寄りたくなってしまう。デザート系、おかず系、種類がたくさんあってどれにしようか迷う。アメリカンスタイルのマフィンは大きくて食べ応え抜群なので、翌日の朝食用にコーヒーandホワイトチョコチップのマフィンを購入。外はカリッと、中はしっとりの生地感。しっかりとコーヒーの風味が広がってホワイトチョコの優しい甘さがいい。朝に食べるマフィンと牛乳の組み合わせって、大好きなんです。家か事務所の最寄り駅の真横に、帰りがけ必ず買い足したくなるこんなマフィン屋さん欲しいなぁ。

写真と文 高野ユリカ

こうの・ゆりか/写真家。新潟生まれ。ホンマタカシ氏のアシスタントを経て、2019年に独立。建築、環境、街などの分野を中心に活動。 https://www.yurikakono.com/

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