女という理由でバンドをクビになったドラマーと天才ピアニストとのシンクロを、配信時代ならではの展開で描くドラマ『グラスハート』

女という理由でバンドをクビになったドラマーと天才ピアニストとのシンクロを、配信時代ならではの展開で描くドラマ『グラスハート』
女という理由でバンドをクビになったドラマーと天才ピアニストとのシンクロを、配信時代ならではの展開で描くドラマ『グラスハート』
CULTURE 2025.09.16
配信サービスに地上波……ドラマや映画が見られる環境と作品数は無数に広がり続けているいま。ここでは、今日見るドラマ・映画に迷った人のために作品をガイドしていきます。今回は『グラスハート』について。

雨中の演奏が示唆するもの

Netflixで7月31日から配信が開始されたドラマ『グラスハート』は、日本のNetflix週間シリーズTOP10で1位を、Netflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)で8位を記録した話題作であり、劇中のバンドTENBLANKによるアルバム『Glass Heart』も配信中で、10月からは横浜、台北、ソウル、香港、バンコクと、ツアーが行われることも発表されている。

原作は、若木未生による小説だ。ドラマのストーリーとしては、大学生の天才ドラマー・西条朱音(宮﨑優)が、野外のフェスの会場で、これまで一緒に活動してきたバンドのメンバーから、事務所の意向で野郎だけでデビューするのが条件だということでクビを宣告されるところから始まる。つまり、彼女が女であるからクビを宣告されたのである。しばらくして、なぜか彼女の母親の経営している喫茶店に朱音のご指名で配達依頼の電話がかかってくる。その電話をかけてきたのは、孤高のアーティスト・藤谷直季(佐藤健)であった。かくして朱音は直希たちと共に、TENBLANKというバンドを結成することになるのだった。

冒頭のシーンで朱音がバンドをクビになった後、空は曇り、激しい雨が降ってくる。野外のフェスは悪天候により中止となり、観客も出演者も撤収を始め、観客も家路につきはじめていた。それでも朱音の熱は冷めない。理不尽にもバンドをクビになったことへの抵抗が、彼女を雨の中でのドラムの演奏にむかわせる。人々は彼女のその熱に導かれるように演奏を見入っていた。

同じ時、そのフェスに出演の予定があったのであろう直季は、観客が帰り始め、撤収の始まったそのステージの上で、ひとりピアノを演奏する。

ドラムもピアノも水に濡れたら使い物にならない。それでも音を奏でたいのだという思いが伝わるシーンで、だからこそ現実的というよりはファンタジックで、ある意味、朱音と直季の心象風景にも見えるのである。

実際には、ふたりがいる場所は離れており、お互いの音は聞こえるはずもなく、一緒に音を奏でてはいないのだが、それでも、この二人の求める音や未来が見えない力でシンクロしているのだと伝えるシーンになっていたし、降ってくる雨や、水の波紋もこれ以上なく美しい。

しかし、こんな風に私がこのシーンに描かれているふたりの気持ちを解説できるのは、これまでにたくさんの映像表現を見てきたからであり、その要素を過去に見た映像とつなげて考えられるからである。つまりは、記号的なものがたくさんちりばめられているのだ。

もしこのドラマが地上波のドラマであったら、朱里と直季のシンクロニシティは、ドラマが後半に差し掛かる6話でやってもいいだろう。前半の5話で、ふたりがときに反発したりしながらも、それでもその中に眠っているお互いの音に対する思いが合致していき、それが視聴者にも伝わりきったときに、ふたりがドラムとピアノを合わせるときがやっときたら、そのカタルシスはもっと大きいかもしれない。 しかし、今の視聴者は6話まで待ってくれないかもしれない。視聴者が待っていても、待ってくれないという恐れが制作側に強くあることも多く、こうした映像での盛り上がりを、記号的に持ってくるという方法は、むしろ現代のドラマとしては正解なのかもしれない。しかも、一話を見て、これから見るかどうかのジャッジを決める配信のドラマであるなら、なおさらこれが正解なのだろう。

共演者のキャラ造形にも注目

個人的に面白かったのは、母親のモモコがライターであるという設定である。ドラマではYOUが演じていて、ライターであるだけでなく、家が喫茶店をしており、そこで作業をしているというのが面白い。ライターである私にとって、こういう場所があるとうこともちょっと憧れだ。このライターの部分は原作にはもっと詳しく書かれている。「ミーハー向けアーティスト諸君」を相手に仕事をしているモモコは「音楽ライター」と呼ばれており、洋楽関係でおんなじ仕事をしている人たちのことは「音楽評論家」と呼ぶのだと書いてあった。「どう聴いたってド下手くそな駄作のCDなのに『好意的なレビュー』を書かなくちゃいけない」と嘆きながらも、「あんなCD褒めたらあたしのライターとしての信用ガタ落ちよおお」と逡巡している場面も目を引いた。こんなこと、フィクションでないとなかなか書けないことだからだこそ面白かった。

ドラマの中でひとり気を吐いていたのが菅田将暉である。辛辣で悪魔的な脇役キャラクターは元から爪痕を残しやすいものであるが、もちろんそれ以上のものがあり、彼自身の印象を残すだけでなく、作品全体にもピリっとした緊張感や刺激を与えることになっていた。もはや私が褒めないでも、菅田将暉にはそのような力があることは、誰もが知っていることだとは思うけれども……。 また、直季が典型的な天才なのも興味深い。しかし、彼の場合は、「音楽用マスクと撮影用マスクと人間用マスク」という3つくらいの顔を持っていることで、日常生活を保ってると書かれている。天才ゆえに周囲を傷つけてしまう可能性があるということを見ると、映画『国宝』の喜久雄を思い出してしまう。もっとも、『国宝』の場合は、ほんとうに芸というものを前にした周囲の人々を翻弄してしまうのだが、『グラスハート』の直季の場合は、天才ゆえの悩みを抱えつつも、別の顔も持ってバランスを取っていて、朱音を傷つけはしない。朱音がバンドに加入すること(それはスターになることを意味する)で、朱音の生活を変えてしまうかもしれないと語るその声のトーンも優しい。『国宝』も『グラスハート』も芸能の世界を描いたものなのだと意識させられる。

アジア圏で受ける“ドラマ文法”を踏襲しつつも

このドラマの共同エグゼクティブプロデューサーを務めたのは直季を演じた佐藤健である。彼は、『グラスハート』の公式ページで「僕は日本発のアジアスターを生むことが、日本のエンタメを世界に届ける一番の近道だと思っています」とまで言っている。そこには、藤谷をはじめとした登場人物の魅力が大きかったとも語っている。

本作は、原作からドラマ化するにあたって、小説の映像化というよりも、漫画原作のドラマ化のような雰囲気を積極的に採用しているように思える。原作の小説を読んで見ても、ドラマ化するときに、ほかのトーンで映像化することも可能だったはずである。例えば、今泉力哉監督が作る映画のような日常のリアリティによせたものにすることもできただろし、同じ漫画原作でも『NANA』のように作ることもできただろう。時代感にしても、平成の「傷つき」を描くこともできただろう。

しかし、このドラマは、現代の空気をまといながらも、少し少女漫画原作のドラマ的な空気をまとっているように感じた。

一見平凡な女の子が華やかな男の子たちの中で奮闘する構図は、『花より男子』からもう20年以上続くアジアのドラマの中心であり続けたものである。台湾で『流星花園~花より男子~』としてドラマ化され、劇中のF4が現実世界でもグループ活動をし、中国語圏やタイ、韓国、日本の武道館公演も含めてアジア中でコンサートツアーを行ったこともあった。その後、『花より男子』は、台湾、日本だけでなく、中国、韓国、タイでも、ドラマ化されたほどの原作となった。

また、男性ばかりのバンドの中に、女性が紅一点で交わるという作品は、韓国でもチャン・グンソクをスターにした『美男<イケメン>ですね』でも見られたものである。この作品も、日本や台湾でもドラマ化された。

もちろん、『グラスハート』が、このようなドラマと似ているとは言わないが、アジアで人気があったドラマには、このような要素があり、設定としては、近いものがあると言えるだろう。

また、劇中のバンドやグループがフィクションを飛び出して活動をするという点においても、台湾版の『流星花園~花より男子~』のF4を思い起こす部分がある(日本では最近、君の花になるのBLOOMの例もあったが)。

ただ、ドラマの世界は変化しつつある。だから、現時点で「世界」に向けて何かを作ることを考えると、あっているような部分もあれば、すでに過去の「世界」のではないかと思われる部分があるのも事実だ。韓国の制作者や俳優に聞くと、映画や配信ドラマはノワールジャンルばかりに頼りすぎていて、もっとほかのジャンルや、ラブコメディにももっと焦点が当てられてもいいのではないかという意見も聴く。現代の配信ドラマならば、朱音が女だからバンドをクビになったことにもっと焦点を当てた展開を入れることで、共感を得られる可能性も十分にあるはずだ。「世界」はもちろん、「国内」で刺さるものは何かを考えることは難しいことなのだ。

たくさんの人たちがああでもないこうでもないと生み出したドラマにおいて、私が考えるようなことは、考えつくされた上で、今回の形になったのであろうことも想像できる。この文章を読んで、実はそう思っていたという人も、それは違うと思う人もいることだろう。

text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi

Videos

Pick Up