抑圧された高齢女性二人の自由への逃亡を、『テルマ&ルイーズ』をオマージュしながら描いた『照子と瑠衣』

抑圧された高齢女性二人の自由への逃亡を、『テルマ&ルイーズ』をオマージュしながら描いた『照子と瑠衣』
抑圧された高齢女性二人の自由への逃亡を、『テルマ&ルイーズ』をオマージュしながら描いた『照子と瑠衣』
CULTURE 2025.08.10
配信サービスに地上波……ドラマや映画が見られる環境と作品数は無数に広がり続けているいま。ここでは、今日見るドラマ・映画に迷った人のために作品をガイドしていきます。今回は『照子と瑠衣』について。

昭和世代の自立をめぐるジレンマ

NHKのBSプレミアムで放送された『照子と瑠衣』は、そのタイトルからわかるように、1991年の映画『テルマ&ルイーズ』をオマージュしたドラマだ。

原作は井上荒野の同名小説。脚本・ディレクターを、『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』などの大九明子が担当している。大九の映画に出演してきた芸人の岡野陽一や、松雪泰子らがいい味を出しているのも個人的に気に入っているポイントである。

『テルマ&ルイーズ』は、40代半ばくらいであろう主婦のテルマ(ジーナ・デイヴィス)が、親友のルイーズ(スーザン・サランドン)とドライブに出かけるところから始まる。道中、立ち寄ったバーで知り合った男性からの性暴力にあったテルマを助けるために、ルイーズがその男を銃で撃ち逃避行することになる。90年代の女性版アメリカン・ニューシネマ」と評されており、またルイーズが惹かれる年下の男としてブラッド・ピットが出演していることでも知られている。

『照子と瑠衣』の方は、照子(風吹ジュン)も瑠衣(夏木マリ)も70代。年齢的には、シーナ・デイヴィスとスーザン・サランドンと同年代である。

二つの物語の共通点といえば、専業主婦のテルマや照子が夫からのモラハラに耐えており、そこから逃げ出したいというところから物語が始まるところで、根底にはフェミニズムがあることを感じる。特に照子は結婚してからずっと「夜のお出かけ」をしたことがなく、夫に禁止されていたわけではないが、「なんかもう面倒くさい」となったのだという。

照子の生活を見ていると、夫は妻が自立したり、自由な時間を謳歌することは望んでいないのにもかかわらず、夫のお金でしか生活ができないことをバカにしたりしている。これは、ダブル・バインドであり、特に照子世代の人にとっては、決して珍しいことではないだろう。

少し違うのは、『照子と瑠衣』には、殺人事件などの衝撃的な出来事は出てこないところである。むしろ、夫を殺そうと思ったのではないかと尋ねる瑠衣に対し、照子が「愛してもいない男を殺して刑務所に行くのは嫌』と語る場面があり、殺人はばかばかしいという価値観なのである。

そんな逃亡劇だが、一話でふたりが照子の車に乗り、『夢でもし会えたら』を歌う場面がなんでもないのだが心に響いた。特に歌手出身である夏木マリが、瑠衣役でも歌手という設定になっており、随所で歌われるシーンが良いのだ。特に瑠衣の生き別れた娘である冬子(松雪泰子)が、母親の前で歌うシーンにもぐっときた。

今回のディレクターを務めている大九明子の映画にのん主演の『私をくいとめて』がある。その中でも、大瀧詠一の「君は天然色」が使われている場面が忘れられないのだが、音楽の素敵さがストレートに届く作品であることは今回も同様だ。

現代的な“困難”を抱えた二人に感じる希望

『照子と瑠衣』の場合は、8話もあるドラマ版だけに、ふたりが逃避行するロードムービーのような部分だけではなく、さまざまな出来事がある。先述した通り、娘の冬子とのエピソードもそのひとつである。

また、瑠衣の状況は、歌手であるということを除けば、今の日本の高齢の独身者の問題をよく表している。瑠衣は歌手として現在は高齢者施設で住み込みで歌う仕事しかなく、歌うことが怖くなっていた。それ以上に、住んでいたアパートの取り壊しが決まっており、住むところがなく、漫画喫茶で過ごしていたのだった。そんなときに照子に電話して、少し彼女の家に泊めてもらおうと考えていたのだが、それを聞いた照子もまた夫との関係性に疲弊しており、照子とともに東北に行こうと提案する。瑠衣は照子と逃亡するときには、風呂に入れていなかった。高齢者の住居に対する不安は問題視されており、実際にも貸し渋る大家がいて、それに対してNPOなどが取り組みを始めているという事実もある。

専業主婦の照子も困っている人であるが、瑠衣もまた困っている人であり、状況は違えど困窮している二人が、助けてほしいと思ったタイミングがぴったりあっていたのだ。

こうした、困窮が女性たちを強く結びつけるドラマはほかにも見受けられる。私が思い出したのは、同じくNHKで放送された『一橋桐子の犯罪日記』であり、このドラマも、高齢で親友を失った独身の主人公の桐子(松坂慶子)が、親友の死後に生活に困り、犯罪者となれば済むところも食べるものにも困らないのではないかと、「できるだけ人に迷惑をかけずに捕まる道」を模索する物語である。

亡くなった親友を由紀さおりが演じているのだが、幸せに見えた彼女も専業主婦で夫からのモラハラに耐えており、桐子と出会ったことで、人間らしい暮らしや幸せを取り戻していたのだった。今考えると、『一橋桐子の犯罪日記』にも『テルマ&ルイーズ』的な部分を見出すことができる。

私は常日頃、女性たち、特に中高年の物語が見たいと書いたり話したりしてきたが、考えてみると、『団地のふたり』や『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』のような作品もあり、わりとよく作られているのかもしれない。そして、これらのドラマはNHKで制作されており、必ず由紀さおりが関わっているのは偶然だろうか。(『のほほんふたり暮らし』には由紀は実際には出てこないが、阿佐ヶ谷姉妹のふたりが憧れる姉妹として、由紀さおりと安田章子の姉妹が歌う「トルコ行進曲」がドラマの中でも使用されている)

抑圧された中高年を描いた作品の中で、もっとも『照子と瑠衣』に『テルマ&ルイーズ』を感じたのは、ドラマの終盤で、照子のお金で古いアメ車を購入し、ふたりが楽しそうにドライブしている場面だ。このときの車や衣装は明らかに『テルマ&ルイーズ』をオマージュしたものだと言える。

高齢のふたりが自由を手に入れ、そしてかっこよく、おしゃれに生きている映像を見るだけで、何か希望を感じてしまう場面である。こうした作品が、これからも作られてほしいし、なんならNHK以外の民放や映画でも作られてほしいものである。

text_Michiyo Nishimori illustration_Natsuki Kurachi

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