おひとり様推奨!気鋭作家の切実な叫びに共鳴する文豪ピカレスクコメディ『私にふさわしいホテル』の見どころ

おひとり様推奨!気鋭作家の切実な叫びに共鳴する文豪ピカレスクコメディ『私にふさわしいホテル』の見どころ
おひとり様映画#5
おひとり様推奨!気鋭作家の切実な叫びに共鳴する文豪ピカレスクコメディ『私にふさわしいホテル』の見どころ
CULTURE 2024.12.26
デートや友達、家族ともいいけれど、一人でも楽しみたい映画館での映画鑑賞。気兼ねなくゆっくりできる「一人映画」は至福の時間です。ここでは、いま上映中の注目作から一人で観てほしい「おひとり様映画」を案内していきます。今回は映画『私にふさわしいホテル』について。鑑賞後はひとりで作品を噛み締めつつゆっくりできる飲食店もご紹介。


今作がおひとり様映画におすすめな理由

『私にふさわしいホテル』

家族や友人と観るのもおすすめなとびきり笑える一本。だけど主人公の切実な苦悩と心からの叫びが刺さりすぎてしまうかも。まずは一人で観て物語を堪能することを推奨!

ベテランの鶴の一声で組織や若手の運命が左右される、みな保守的で誰も責任を取ろうとしない、評価されるのは実力ではなくコネや政治力ばかり……業界を問わず、そんなことを誰しもが一度や二度は思ったことがあるのではないだろうか。映画業界において若手監督たちが大躍進しているように、時代の変化とともに若手が活躍しやすい環境になりつつあるとは思うが、いまだ古い伝統や慣習にモヤモヤを抱えている人も少なくはないはず。

12月27日公開の映画『私にふさわしいホテル』は、そんなしがらみに阻害される若手作家の苦悩と逆襲をとびきりの笑いとともに描く文壇コメディだ。作家としての心の叫びが炸裂した(?)暴露本的な側面もある柚木麻子による同名小説の映画化を手掛けたのは、ドラマ『金田一少年の事件簿』(95)で一躍有名になり、『20世紀少年』(08)や『イニシエーション・ラブ』(15)など数々の話題作を世に送り出してきた巨匠・堤幸彦監督。撮影は今年2月に惜しまれながらも全面休館を迎えた「山の上ホテル」で行われ、時代背景を現在から昭和に変更。黒電話や万年筆のある文芸映画らしい絵面をつくりつつ、主人公を介して昭和的な価値観に対してより鋭い眼差しを向ける。原作者の柚木曰く、「華やかでちょっと苦くて、とびきりおもしろい文壇ピカレスクコメディ」。それが本作だ。

舞台は1984年、名だたる文豪が愛した「山の上ホテル」。その場所を訪れたのは、文芸誌の新人賞を受賞したにも関わらず、未だ単行本も出せず鳴かず飛ばずの状態が続く新人作家・相田大樹こと中島加代子(のん)だ。その不遇の原因は、3年前に大御所作家・東十条宗典(滝藤賢一)から受けた、作品を全否定する酷評だった。加代子は人気作家気分を味わうために山の上ホテルに宿泊するが、そこで大学時代の先輩で大手出版社の編集者・遠藤道雄(田中圭)に出会う。なんと遠藤は、憎き天敵・東十条の編集を担当していたのだ。

上の階で東十条が明日朝〆切の原稿を執筆していると知った加代子は、東十条が原稿を落とせば自分にも掲載のチャンスがあるのではないかと思いつく。メイドのふりをして東十条の部屋に乗り込んだ加代子は、実体験と称して自らの小説を読み聞かせる嘘とハッタリにより、見事に東十条の執筆を妨害! 自らの短編を穴埋めの原稿として文芸誌に掲載することに成功する。

それがきっかけで、ようやく作家として歩みはじめた加代子であったが、彼女の前にまたしても東十条が立ち塞がる。彼は自らの執筆を妨害をしたメイドが相田大樹だと勘付き、加代子が単行本が出版できないように圧力をかけていたのだ。怒りに震える加代子は、文芸新人賞の授賞式で出会した東十条に対し、ふたたび奇想天外な作戦を仕掛けることに……。

何よりコメディエンヌとして圧倒的な輝きを見せるのんの実力に驚かされる。『ナミビアの砂漠』(24)が河合優実を全身で浴びる映画であったように、『私にふさわしいホテル』はのんを全身で浴びる映画だ。彼女が演じる加代子はようやく夢への第一歩を歩んだ瞬間に出鼻をくじかれたわけで、相当な怒りを抱えるのも理解する…がその行動がとにかく破茶滅茶なのだ。東十条の書いた原稿にシャンパンをぶっかけるのは序の口で、暴言に暴力(それなりの理由はあるが)、家族を利用したモラハラまで無茶の球種は多種多様。柚木が本作をピカレスク(悪党)コメディと呼ぶのも納得の、ともすれば相当な嫌われ者になる可能性もあるアナーキーな主人公だが、のんはそんな加代子を等身大かつ魅力的で、応援したくなる人物として体現する。

加代子の言動は荒唐無稽で笑えるものの、彼女が訴える叫びの核はどれも切実だ。権威主義的な人物が若手の将来を掌握していたり、作品の面白さとは関係のない作家の背景やパーソナリティを見られたり、肝心なところで作家に寄り添ってくれない編集だったり。「業界の慣習」では割り切れないあまりに不条理で、つらく、悲しいことばかり。とりわけ加代子の「『若手女性作家はイノセントであれ』と男たちの理想を押し付けるのはやめろ」という怒りは、天真爛漫でイノセントなイメージを持たれやすいのん自身の性質とも共振し、ただならぬ説得力を宿している。最早のん以外では加代子というキャラクターは考えられない。

脇を固めるキャストも秀逸だ。文学への愛があり面倒見が良いながらも、ビジネスライクで冷淡さも併せ持つ編集・遠藤と加代子のどこか歪な関係性を、田中圭が些細な表情や眼差しで表現する。また男尊女卑的で傲慢だが愛嬌のある東十条を演じた滝藤賢一の、ユーモラスだが戯画化しすぎない塩梅の演技も絶妙。のん含む3人のアンサンブルだけで既に大満足のところ、田中みな実や髙石あかり、光石研ら実力派のキャストがさらに作品に華を添えていく。

堤幸彦監督の頭の中にはずっと『アメリ』(01)のような作品を撮ってみたいという願望があったそうだ。本作のプロダクションノートにその思いが叶った気がすると語っているが、選り抜かれたのんの衣装や画面の色彩設計、ノスタルジックながらもポップな美術は確かにジャン=ピエール・ジュネらしい可愛らしさに満ちている。笑いとダークなユーモアを併せ持つ部分も共通項だし、レトロで品のある音楽も作品の愛らしい雰囲気に寄与している。なかでも加代子という人物を見事に象徴している奇妙礼太郎による主題歌『夢暴ダンス』には注目だ。

破茶滅茶に笑えるコメディでありながらも、古い伝統や慣習に苦しみ、抗おうとする加代子の姿から真実味ある痛みと熱が伝播する『私にふさわしいホテル』。2024年の映画納めにうってつけな華やかで痛快な作品だが、その物語に内包された切実な苦悩に激しく心が揺さぶられる可能性も。まずは一人でのんが放つ叫びに身を委ねてみるのが良いかもしれない。もちろん皆で観るのもおすすめではあるが。

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ライター

1988年、奈良県生まれのライター。主に映画の批評記事やインタビューを執筆しており、劇場プログラムやCINRA、月刊MOEなど様々な媒体に寄稿。旅行や音楽コラムも執筆するほか、トークイベントやJ-WAVE「PEOPLE’S ROASTERY」に出演するなど活動は多岐にわたる。


公開情報
『私にふさわしいホテル』

『私にふさわしいホテル』

12月27日(金)全国ロードショー

■配給:日活/KDDI

(C)2012柚木麻子/新潮社 (C)2024「私にふさわしいホテル」製作委員会

のん

田中圭 滝藤賢一

田中みな実 服部樹咲 髙石あかり / 橋本愛

橘ケンチ(EXILE) 光石研 若村麻由美

監督:堤幸彦

原作:柚木麻子『私にふさわしいホテル』(新潮文庫刊)

脚本:川尻恵太 音楽:野崎良太(Jazztronik)

主題歌:奇妙礼太郎「夢暴ダンス」(ビクターエンタテインメント)

製作幹事・制作プロダクション:murmur 配給: 日活/KDDI 企画協力:新潮社 特別協力:山の上ホテル

2024|日本|カラー|アメリカンビスタ│5.1ch|98 分│G

公式サイト:https://www.watahote-movie.com/

text_ISO edit_Kei Kawaura

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