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苅田梨都子の東京アート訪問記#10 “記憶”という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?『記憶:リメンブランスー現代写真・映像の表現から』東京都写真美術館
ファッションデザイナー・苅田梨都子さんが気になる美術展に足を運び、そこでの体験を写真とテキストで綴るコラム連載です。第10回目は、東京都写真美術館で開催中の『記憶:リメンブランスー現代写真・映像の表現から』展へ。
今回は恵比寿ガーデンプレイス内にある東京都写真美術館を訪れる。
『記憶:リメンブランスー現代写真・映像の表現から』というタイトルとメインビジュアルに惹かれ、選んだ。
篠山紀信、米田知子、グエン・チン・ティ、小田原のどか、村山悟郎、マルヤ・ピリラ、Satoko Sai +Tomoko Kurahara らによる展示だ。日本のみならず、ベトナム、フィンランドの注目される7組8名のアーティストたちの新作、日本未公開を含む70余点の作品がずらり。
「さて皆さんは“記憶”という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか?」
わたしは直近のことよりも幼少期のころや実家で過ごした日々のことを真っ先に思い浮かべます。身体の奥底に眠る、こびりついたもの。
記憶の形はさまざまだ。今回の展示では写真から映像、陶器やAIを使ったドローイングなど多面的に表現されておりとても刺激的だ。
入り口には、篠山紀信による《誕生日》が並ぶ。それらは写真館で撮影した2歳から13歳までの篠山自身で、「母親は、プレゼントはくれなかったが、毎年この日になると街の写真館へぼくを連れてゆき、記念写真を撮ってくれた」というキャプションも合わせて素敵な記憶だ。
篠山紀信さんの写真といえば、『少女館』の写真が大好きで私が10代の頃とても影響を受けた。私の生活にも篠山紀信さんの記憶がこびりついている。天国でゆっくり安らかにおやすみしていることを願うばかりだ。
続いて次の部屋に移動すると、米田知子の作品が並ぶ。
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敢えてむずかしい言葉を並べずに言及すると、自然の景色の美しさが広がっていた。アイスリンク場の風景写真や、花々、空の色が澄んだ水色で何度も立ち止まる。
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こちらはDMZと呼ばれる軍事境界線で、有刺鉄線に花が絡みついている。
そこは立ち入り禁止のため、自然で美しい花々や木々が安らかに存在している。これらを見て天国のような神秘的な場所なのだとわたしは受け取った。
また、先ほど触れた美しいなと感じたアイスリンクの風景写真は日本占領時代、南満州鉄道の付属地だった炭坑のまち、撫順市だそう。
まだまだわたしの知らない場所がこの世界にはたくさんあると思うけれど、展示を通して少しでも知ることができてとても嬉しく思う。
続いて会場を進むとグエン・チン・ティ、小田原のどか、村山悟郎の作品もあるが、個人的に一等お気に入りだったのがマルヤ・ピリラとSatoko Sai +Tomoko Kuraharaらによる作品たちだ。
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写真家マルヤ・ピリラと作陶のSatoko Sai+Tomoko Kuraharaのコラボレーションによるシリーズ作品〈インナー・ランドスケープス〉は、モデルとなった高齢者たちが暮らす部屋に、普段目にしている野外の風景を投影し、そのなかで撮影したポートレイト作品が中心となっている。併せて、モデルのアルバム写真を使用した陶作品にも注目だ。
写真の転写は、転写紙とシルクスクリーンの二つの技法が使い分けられている。
個人的に生活に直結するモノが好きで、器に写真や記憶を反映するという思想や技法には目から鱗でとても感動した。
手びねりや型押し、造形もさまざまで大変見応えがあった。私は普段ファッションデザイナーで服に写真を転写プリントし、オリジナルテキスタイルに反映している。記憶を形に、とは思っていないが手に取ることも着用することも可能な記憶であるとこの展示をみてピンと感じた。
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写真のみならず、手書きで言葉が記されている器もあった。言葉も記憶の一つである。また、本展には香りの展示はなかったが、記憶といえば香りも記憶に結びつく一種の強い題材なのだと考えさせられた。そのほかにすぐ思い浮かぶものは音楽。
「冒頭の問いに戻りますが、自分にとっての記憶とは何を思い浮かべますか?」
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記憶はもしかしたら曖昧で、手に取ることのできないものたちかもしれない。しかし、本展を通してさまざまな手法で記憶を辿った。ただ鑑賞するだけでなく、物として手に取れる記憶のアイテムにはさらに興味深く思う。これからも忙しなく過ごしていく中で立ち止まる“記憶”についてさらに探求したいと思う。映像作品は1時間弱のものもあり、かなり見応えもあったので時間に余裕があるときにのんびりと立ち寄ってはいかがだろう。