児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#12「いま、ここ。誰かの現在地。」――町田で打ち合わせとトークセッションに出演
二月半ば、町田市民文学館主催トークセッションイベント「いま、ここ。私の現在地。」(司会はゲーム作家/書評家で町田市民文学館運営協議会委員を務めていらっしゃる渡辺祐真さん)にお声がけいただいて、町田市民フォーラムのホールに登壇してきた。じつは小学校から高校まで町田市内の私立校に通っていたので、出身は横浜と名乗りながら、町田も地元のひとつである。イベント開催は夜から、その前に取材があったので、現地の入り時間は夕方だった。その前に、担当編集者と町田でランチと打ち合わせをすることにした。
実質神奈川である町田とはいえ、大きなことばで自己紹介すると「東京の私立校育ち」。なんだかすずしげな雰囲気をまとった言葉だけど、12年同じところに通い続けるとさすがに人間関係も凝り固まってしまって、息苦しさが街の記憶にこびりついてしまっていた。
首都圏育ちなので「上京」というイベントはなかったけれど、母校の人間関係がいわゆる地元の人間関係のようなものになり、物理的な引越しだけではなかなかそれを振り払いきることができない。よく上京した地方出身の友人たちが地元への愛憎渦巻く思い出話をしてくれて、あー東京って自由!と言われるたび、首都圏私立校の人間関係の濃厚さも独特だからなぁ……でも都会育ちってすごくありがたいことだし……でも町田ってみんなが考える夜景キラキラの「トーキョー」じゃないし……とふにゃふにゃになって、都会VS地方の話題はいつまでも向き合いきれない。一、二度ほど、今でも連絡を取る数少ない幼馴染の家にあそびに行ったきり、すっかり町田から足が遠のいていた。


編集者が見つけてくれた、緑の外装がかわいい洋食「航旅莉屋(こりょうりや)」でランチを頼む。牛イチボのカツレツとさんざん迷いながら、やはりその店の名前を冠している航旅莉屋プレートAコースを注文する。ここは創業20年だそうだから、通学している当時からあったお店のようだった。

日替わりのスープは、この日はボルシチだった。ちょっといいサラダバーに行くと食べられるビーツが入っていてうれしい。おいしくて、栄養もあって、彩りもいい。ビーツを食べるたびに、いつか家庭菜園をするならこれだな、と思いを馳せてしまうけれど、観葉植物ですら枯らすので、地球環境のためにも憧れは憧れのままにしたほうがいい。航旅莉屋プレートはハンバーグにクリーミービーフコロッケに、頭から尻尾まで食べられる天使のエビフライ。どういうわけか、子供の頃のほうが大人舌で、生意気にも素材の味が活きているものが好きだったけれど、大人になってからかえってこういう華やかな味が好きになってきた。

食事を終えて、編集者とふたりで駅前の喫茶店に移動し仕事の話を進める。小説の打ち合わせ中、なんども今が今であることが信じられなくて、夢なのかもしれない、と思っていた。仕事でここに訪れる日がくるなんて。
街はしっかり整備されてそれなりに都会なはずなのに、周囲のものが何もかも妙にちいさく見えた。JRと小田急の連絡通路ってこんなに短かったっけ、とか、もっとへとへとで歩く場所じゃなかったっけ、とか。記憶の中で灰色がかっていた街の様相も、ふつうに明るくて賑わっていて、すてきな街だった。すてきな街、なんて書けるようになっているのもびっくり。「さっきの洋食屋さん、美味しかったですね、また行きたいです」とほほえむ編集者に、なんの気なしに、ね、行きましょうね、と返していた。

そうしてせっかく前向きに街を歩き直せていたのに、その後のトークセッション本番で町田との縁を訊かれると、もうひたすら、自虐めいた話が止まらなかった。母校は独特な校風だったし、決して事実について盛って話してはいないのだけど、話す時の調子だけ「どうだ、変な環境だろう」とどんどんテンションが上がってしまって、嘘を話しているみたいな気分になってくる。幸い、お越しくださった町田市民の方々は「言ったれ言ったれ〜」とゲラゲラ笑ってくれたけれど、中にはいやな思いをしたひともいたかもしれない。ごめんなさい。
地方出身者でも都会育ちでも、自分がもともといた環境や人間関係を自力で抜け出したひとって、古巣をうっすら悪く言ってしまいがちだと思う。だってやっぱり、抜け出したかったのだから。町田という街は何ひとつ悪くないのだけど、今の自分のことを肯定したいのだから、そうしたほうが手っ取り早い。
でもそれは、現在の街と過去の自分に境界線が引けていない状態だったのだろう。
現地を歩いてみると、何にも変わらないところもあれば劇的に変わったところもある。かつて東急ハンズ側にあったマクドナルド(つねに賑わっている町田駅前店と比べて、陰キャのマックと呼んでいた)はドトールになっていたし、そもそもだいぶ昔に東急ハンズは移転してミーナになっていた。いま、ここはもう、誰かの現在地。わたしが否定したかった、かつての街ではもうとっくにない。

少し前に「他者を傷つけない」ということがエンターテイメントの惹句や褒め言葉になった時期がある。特にお笑いでは特定の誰かを貶めたりいじったりして笑いを誘う価値観があったけれど、近年ではそういうものが危険な行為だという考えがかなり浸透してきた。
しかし一方で、外見をはじめとした自虐芸の芸人の人気は根強い(こういうとアンチ自虐芸人だと解釈されそうだけど、決してそういうわけではない!)。さいきんはクリーンな社会になった(ので、つまらない時代になった)と腐す言説をたまに耳目にする。汚くて、暴力的なものをなかったことにしたい、清潔でやさしい時代……果たしてそうかな?とわたしはいつも首をかしげてしまうのだ。かつてはキレたりグレたりする若者が多かったようだけど、今ではオーバードーズや自罰的な行為に走る若者のほうが社会問題として取り上げられやすい。他害も自虐も、結局ことばの暴力がどちらに向くかの違いでしかなく、内向きの季節が巡ってきただけだ。
そしてタチが悪いことに、自虐には外部からのストッパーがはたらきづらい。いまどき、他者に誹謗中傷でもすれば、たとえ悪ふざけであっても一線を越えれば罪に問われる。しかし、自分に対するそれに「一線」がはっきりと定められているわけではない。
こうして地元のひとつにたまに立ち寄ったり、遠のいたりして、自分の現在地を見つけながら、ラインを引き直し続けるしかないのだ。
街と記憶の境界線を引き直すためにも、いつかまた航旅莉屋の牛イチボのカツレツを食べに行かなければ。
アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。2025年に『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)刊行。



















