児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#7「刹那に捧げる18時間」――秋田県・大曲の全国花火大会バスツアーに初参加

児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#7「刹那に捧げる18時間」――秋田県・大曲の全国花火大会バスツアーに初参加
ぶらり訪れた先で、何を食べ何を思う? 小説家・児玉雨子さんの「街歩きエッセイ」
児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#7「刹那に捧げる18時間」――秋田県・大曲の全国花火大会バスツアーに初参加
TRAVEL 2025.09.24
作家・児玉雨子さんの街ブラエッセイ。今回は夫婦で訪れた秋田・大曲花火大会のお話です。ある日、ふと思い立って片道9時間のバス旅へ。夏の終わりをつげる花火を観て雨子さんが思ったこととは。

 自室の天井に貼った蓄光シールの光を眺めていると、遠くからドーンドーンと重い音がしてくる。窓の外を見やると夜空の端がピンクに青に光っていて、みなとみらいで開催される神奈川新聞花火大会が始まったことに気づく。子どもの頃の花火というとこういうものだった。家の前の道や近所の高台の公園に出て、宿題終わってないな、一生このまま学校始まらないでほしいけれどずっと夏なのはいやだなぁ、とか、子どものころは紺色の空を見上げながらぐるぐる思いあぐねていた。花火が終わると、いつもより近所がより暗く静かに感じる。帰りたくないけど、別に何かあるわけでもないし、明日は、二学期は、やがて来てしまう。花火は好きだけど、あのせつなさは「せつない」だけで片付けられないまま抱え続けて、秋が来て、いつのまにか忘れてきた。

 今年の初夏、きゅうに夫が今年こそちゃんとした花火大会に行こう、と言い出した。夫はまだ上京してから一度も首都圏の花火大会に行ったことがなかった。近場の大きな花火大会の日程を検索してみるが、お互いのスケジュールがなかなか合わない。唯一都合がつきそうだったものが、八月末に秋田県大仙市で開催される全国花火競技大会、通称「大曲の花火」のみ。秋田はさすがに遠いだろう……とそっとブラウザを閉じようとしたが、夫が広告の写真に目を輝かせて食いついた。忙しくてなかなかふたりで出かけられないし、夏の最後に花火を観に秋田へ行こう! とノリノリでツアーを調べ始める。東北は好きだけど大仙市のことは詳しくなかったので、夫に丸投げしてスケジュールだけ押さえておいた。

 花火大会周りミリしらゆえにそのありがたさを知らなかったのだが、大曲の花火は長岡花火大会、土浦花火大会と並び、一般的な日本三大花火大会のひとつと名高いものらしい。特に大曲の花火大会の歴史は1910(明治43)年までさかのぼり、大曲の花火大会をきっかけに売れる花火師もいると聞く。文字通り、花火の「全国大会」。思えば一般的には「ショー」ではなく「大会」と呼ばれるのだから、花火は競われているものなのだ。いまになってそのことに気づいて、頭の中で宇宙が広がってゆく感覚に浸っていた。

 あれから、夏というより地獄と呼ぶべき季節をやり過ごし、気づけば8月29日が終わろうとしていた。
 なにかと目の前の仕事をやっつけ続けて、夫から転送されてきたバスツアーのメールを開くと、翌日30日は新宿に6時50分集合。だらだら準備しながらスマホタイムをしようかと思っていたのだが、大慌てて一泊分の準備と日避けグッズをバッグに詰め込んでシャワーを済ませる。早く寝ないと明日が大変なのに、出発時間の早さに驚いてアドレナリンが蛇口を捻ったように出てぜんぜん眠れない。あらためてバスツアーのメールを見直してみる。6時50分に集合、7時に出発した後、16時前後に花火大会会場に到着するということ、22時すぎにバスを発車して、1~2時間ほどで山形県内の温泉旅館に着き、翌日は宮城県の松島観光ができるということが記されている。

翌日は松島観光もしました

 ふわっと省略されているけれど、新宿から大仙市まで9時間、往復で18時間近くかかることに気づいて血の気が引く。実は両親が航空系で働いていた関係で、金銭的にお得だったため、長距離移動手段は飛行機一択で育った。そういう環境もあり、今の今までバス旅行の所用時間相場がよくわかっておらず、なんか三時間くらいかな~とバスツアーをかなり甘く見ていたのだ。観光も個人手配ばかりでこういったパックツアーの経験がなかったので、すべてのスケジュールが決められていることにかえって不安を感じる。きゅうにお腹の調子が悪くなったらどうしようと思うと、お茶を飲むのもなんだか怖くなってくる。

 繁忙期で高いかもしれないけれど、早めに新幹線チケットを取っておけばよかった……といまになって後悔する。夫が帰宅していないことをいいことに、枕に顔をうずめてありったけ不満を叫んでから、入眠剤を飲んで寝た。

 朝はふたり揃って時間通りに向かうことができた。コンビニでおにぎりと大量の飲み物を買い込み、iPadに映画やアニメを何本か本体ダウンロードし、バスに乗り込む。
 ここでもう小さなトラブルが発生。私たちの前の座席のカップルが、発車前からめちゃくちゃ席を倒している。「すみません、もうちょっと席戻してくれないですか」と声をかけると、菊池風磨風の若い男性が私を一瞥し、結局席は戻さず恋人とイチャイチャしはじめる。寝不足、イライラ、圧迫感にスタートからすでに暴れ出しそうになる。しかもバスはよくあるトイレがないタイプの車。前途多難か思いきやこれまでの寝不足がかえって功を奏し、バスが走り出すとすぐに寝落ちてしまう。約2時間ずつ各地のサービスエリアや道の駅に降り、20分ほどのトイレとおみやげ休憩時間が設けられているので、そのたびに起こされてトイレに出かけるのを繰り返す。

 とはいっても、混み合うトイレを済ませ、ごはんまで食べるとなると20分はあまりにも短い。途中、上河内サービスエリア、米沢、雄勝の道の駅に降りたのだが、とくに米沢の道の駅では米沢牛グルメの匂いが漂ってきてお腹が空いてくる。なんとか米沢牛を食べられないかと夫と画策し、山形のりんご味のソフトクリームとともにテイクアウト用の牛串を注文することに。バス出発の時間ギリギリに焼けるとのことで、はらはらしながらソフトクリームを食べながら網の上で焼かれる肉を眺め、肉を受け取るやいなやバスに飛び乗る。

 他のお客さんの多くは牛肉弁当を買ってバスの中で昼食をとっており、そうすればよかった……と少し悔やみながら串を食べて、またすぐに寝る。二時間後に着いた雄勝ではきりたんぽ串を食べてお腹を見たし、また寝て……そうしているうちに大仙市の花火大会会場の駐車場に到着する。

 駐車場には別の会社のバスが何台も止まっており、すでに道には各地からきたひとたちが首から入場券を下げて会場へ向かっている。おそらく行き慣れているだろう、地元周辺から来ている花火大会観客の中には、コールマンのコンテナカートに折りたたみ椅子やドリンククーラーを乗せて(中には小さな子どもをその中に乗せて!)ガラガラ引きながら運んでいるひとたちもいた。

 今回私たちはレジャーシート席を予約したのだが、普段あまりレジャーやイベントに出かけないので、折りたたみ椅子を持ち込んでいるひとたちをみて、ふたりで羨ましがる。近くの業務スーパーで飲み物とお菓子を少し買い込んで、ごはんは行きしなに出店の食べ物を買うことにしたのだが、さらに私たちの準備不足が炸裂する。ぜんぜん現金を下ろしていなかった。

 かろうじて私だけ1500円ほど手持ちがあったのだが、きょうびの出店の相場は焼きそばやお好み焼きひとつ800~1000円程度。移動中にお弁当のようなちゃんとした食事を摂っていない私たちはやきそばひとつやふたつじゃきっと物足りない。結果、出店をいくつか吟味してもりもりに詰まっているやきそばをひとつ買い、おつりは追加飲み物代として大切に保管することにした。レジャーシートの上に小銭を並べて、屋台価格の飲食物に頭を抱える。三十代の大人ふたりで、小学生のおこづかいのやりくりしに9時間バスに乗ってここに来たわけじゃないのに。

 そうこうしていると昼花火の部がはじまる。寡聞にして知らなかったのだが、昼花火は色とりどりの煙やそれが落下して残る軌跡を見るものらしい。運動会のピストルの音のように、小さく乾いた発砲音のあとに青い空に黄色やピンクの煙がひゅるひゅると細い渦を巻いて落ちて行く。夜の花火ほどの派手さはなく、当初はベネッセのロゴみたいだなぁと笑っていたのだが、細い色煙がいろんな軌跡を青空に残してゆくのに次第に見入られてゆく。クレヨンのようなかわいらしい色がふんわりと消えてゆく。ポップな侘びさび。個人的には夜の花火よりも風情を感じた。

 少しの休憩と広告ドローンショーを挟んで、いよいよ夜花火の部がはじまる。大曲の花火はあくまで競技なので、上げる玉の規定が決まっており、途中のスポンサー出資のエンタメ性の高い「提供花火」以外は、大会に先んじて配られたプログラムの通りに進行していた。
 まず10号玉の「芯入り割物」という、真円を描く伝統的な菊型花火、そのつぎに「自由玉」という、星がゆっくり落ちるもの、一斉にいくつもの小さな花火が咲くものなど、趣向を凝らしつつもまとまりのある花火、そして最後に「創造花火」とよばれる丸形に限らない花火で音楽と合わせたさまざまな演出で打ち上げる、三種の花火の美しさを競う。


 花火素人の私には、正直細かい技巧や花火玉の出来不出来についてはわからなかったのだけど、こんなに近くで花火が打ち上がり、炸裂する音を全身で受け止めるだけで興奮する。横浜の坂の上から見晴らした花火もすてきだったけれど、口をぽかーんと開けながら夜空を覆い尽くす花火を見上げることなんて、なかなかできないことだ。いろいろアクシデントもあったし、現金準備不足でお腹も減っているし、ゴツゴツした地面にシートを敷いただけの席に座り続けてお尻も痛いのだけど、今までの苦しみごとすべてかき消す花火に圧倒され、ここまで来てよかった! と晴れやかな気分になる。トレッキングに行ったときのような感じ。

 予定通り、九時半ごろに打ち留め。会場からバスまで1時間ほどとぼとぼ歩く。みんな足取りが重くて遅い。大仙市は人口約72000人ほどの街だが、この花火大会の日になると約70万人ものひとが全国からやってくるので、会場から出るだけでもこれだけの時間が要るのだ。
 夏が、休みが、終わってしまう。夢そのもののような花火のあと、まだどこか興奮した体を引きずりながら歩く。虫の鳴き声、人いきれとともに、帰りたくなさが夜道にいっぱい漂っていた。祭りのあとの帰り道の暗さだけは、古今東西変わらない。

Information
道の駅 米沢

〒992-0117 山形県米沢市川井1039-1
*米沢中央ICより車ですぐ
*JR米沢駅より車で約10分
公式HP

Profile
児玉雨子
作詞家、小説家。


アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。10/24に最新作『目立った傷や汚れなし』(河出書房新社)刊行予定。

Instagram:@amekokodama

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