児玉雨子の「ひとくち分の街の記憶」#4「図書館で朝食を」――大阪・中之島で休日朝活
もう今さら書くのもどうかと思うほど、朝が苦手だ。早起きができないというより「朝」に起きることができなくて、電車通学していた子どもの頃は夜が明ける前の四〜五時、ひどいときは三時に起きてまで朝を回避していた。
そんな筋金入りの朝避け人間だけど、朝活という言葉がまとうエナジーにはちょっと憧れがある。ジムに行ったり勉強や作業を済ませたりするのもいいし、そんな自己研鑽っぽいことのためじゃなくても、朝からモーニングメニューのおいしいお店におでかけする、といった何のためでもない趣味的早起きができたらなぁ……とつねづね思っていた。もともと宵っぱりだし、まして物を書いていたり音楽に関わっていたりすると、生活サイクルはもちろん周りも夜型人間だらけになって「やっぱり朝起きられないですよね」「夜のほうが捗りますよね」といった会話が挨拶代わりに交わされるのだ。

ほんとうに朝弱いのに、つい私は「起きようと思えば起きられますけど」とか「ジムに行くと疲れて夜寝れますよ」とか、よくわからない見栄を張ってしまう。そんなのはただの逆張りにすぎないことは百も承知なのだが、それでも「クリエイターって夜型なんだよね、夜にしか真実ってないんだよね」といった選民意識じみているというか、傷の舐め合いみたいな雰囲気がなんだかこう、どうしてもはずかしくて、夜型かつズボラ人間のくせにいっちょまえに高い健康意識で抵抗してしまう。

すこし前に、友人に会いに大阪に行く機会があった。せっかくなら中之島図書館あたりもぶらぶらしたいなぁと周辺を検索していると、図書館内にカフェを発見。しかも朝から営業している! 普段だと寝坊を恐れて断念してしまうものの、旅先なら早く起きられそうだと朝一に予約した。
当日の朝は出発予定時刻ギリギリに起床。さっそく出鼻をくじかれる、というか自分でずっこけてくじいてしまう。急いで支度をして電車に乗り込み、なんとか予約時間オンタイムに中之島図書館に到着した。1904年に建てられたという中之島図書館の中に入り、立派な階段や立像に後ろ髪引かれながら、入り口から向かって左手にあるお店のほうへ進む。いつも朝はあまり食欲がないのだけど、早歩きで移動したからかお店につくとほどよい疲労感が滲み出てきて、いいかんじにお腹が空いてきた。


この中之島図書館の中にあるカフェ「スモーブローキッチン中之島」は、スモーブローというデンマークのオープンサンドイッチを看板メニューにしている。パンが隠れてしまうほど具を載せているのが特徴で、ナイフとフォークで食べる様式らしい。今年中にヘルシンキかコペンハーゲン、できれば北欧諸国周遊したいとひそかに計画していたので、おもわぬところでスモーブローの予習ができてうれしい。さっそくモーニングのBセットを注文して、店内を見渡す。

店内は北欧調のデザインで、窓がとても大きく朝日がたっぷり入ってくる。
お冷を取りに行くと手編みのコースターを選ぶことができた。私は手先が不器用なので自分では編めないけれど、どうしてこう、身のまわりに編み物があるだけで心がほぐれてしまうんだろう。私のあとに来た女性二人組も「こういうの、こういうのやねんな……」と噛み締めるように言いながらコースターを手に取って眺めていた。手編みのものがあるとうれしくなる気持ちは関東も関西も関係ない。たぶんというかまじで、編み物は時代も国境も言葉も、あらゆるものを越境するよね。

店内をきょろきょろと見回しているうちに、サラダとコーンスープ、そしてスモーブローがやってくる。薄くて大きなお皿いっぱいに野菜がワサワサと乗っけられている。オープンサンドというか、もはや底にパンを敷いたサラダといったほうがいいかもしれない。つやんとした半熟卵にナイフを入れると太陽みたいな黄身があふれ出して、静かに底に埋まっているパンにそれを塗りつけながらいただく。食器や盛り付けで迫力はあるものの野菜が多いおかげで重くなく、朝食にちょうどいい。食後のセットドリンクはショコラのフレーバーティー。チョコの香りのする紅茶にまんまと感覚を混乱させられる。
院生のころ、朝というには遅く昼というには早い時間に起きてダラダラと国会図書館東京本館に通い、名物の国会図書館カレーでお腹いっぱいにして眠気と戦いながら資料を読んでいた日々を思い出す。あれもあれでよかったけど、こんなすてきなカフェでヘルシーなスモーブローをいただけるなら、もっとはつらつと資料集めができたかもしれない。

会計を済ませ、ちょっとだけ中之島図書館の中やファサードを眺めてから、そこを後にする。まだ10時半。ふだんの休日ならやっと目が覚めはじめたか、なんならまだ寝ている頃だ。次の予定まで時間があったので腹ごなしに中之島を散策し、東洋陶磁美術館に入ってみる。東洋、とくに朝鮮のうつわを中心に集めたキュレーションはもちろん、ここはとにかく彩光へのこだわりが見受けられて、とてもめずらしい、というか世界で唯一らしい自然彩光展示室や、休憩エリアの設計にも息をのんだ。
椅子に座って、土佐堀川とともに中之島を挟んでいる堂島川を眺める。緑色の水面に光が反射してきらきら光が遊んでいて、いついつまでも眺めてしまいそうになる。筋金入りの夜型人だからこそ、私は光のあるところを思慕するのだと思う。
美術館を後にして、友人との待ち合わせ場所へ向かう。こんなにいろんなものに出会ったのに、なんと今日はまだ始まったばかり。

スモーブローキッチン中之島
〒530-0005 大阪府大阪市北区中之島1-2-10 大阪府立中之島図書館内2F
*京阪線「淀屋橋」駅18番出口から徒歩約3分
アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。著書に第169回芥川賞候補作『##NAME##』(河出書房新社)、『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)等。17人の作家によるリレーエッセイ集『私の身体を生きる』(文藝春秋社)に参加。
Instagram:@amekokodama



















