SF (すこし・ふしぎ) な昼下がり、「川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム」へ | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#4

TRAVEL 2023.11.25

東京でもなく、埼玉でもなく、神奈川(!!)の魅力を再発見。神奈川県出身の作家・児玉雨子さんによる地元探訪記、第4回目は、『ドラえもん』の産みの親、F先生こと藤子・F・不二雄氏のミュージアムへ。
川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムは、2011年9月3日、川崎市多摩区にオープンしました。長年、多摩区に暮らし、まんがを描き続けてきた藤子・F・不二雄。没後、夫人の「作品を応援してくれた子どもたちへ恩返しをしたい」との想いから、氏が遺した作品原画などを収蔵するミュージアムがつくられました。

川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアム

川崎市多摩区長尾2丁目8番1号
*JR南武線/小田急線「登戸駅」駅からシャトルバス(有料)で9分
*JR南武線「宿河原」駅から徒歩15分
日時指定による事前予約制。チケットは公式サイトへ

2023年はNHKで藤子・F・不二雄のSF短編がテレビドラマ化され、小学館から全十巻の短編コンプリート・ワークスも刊行された。私は藤子・F・不二雄作品について幼少期に『ドラえもん』や『キテレツ大百科』のような有名作に少し触れた(それも、テレビアニメシリーズをちょっと観ていたくらい)、ごくごく一般的な読者だったのだが、数年前に熱心な藤子・F・不二雄ファンから「手塚治虫の『火の鳥』が好きなら、F先生のSF短編も合うと思うよ!」と勧められて、『ミノタロスの皿』だけ試しに読んでみたことがある。畜産牛と人間の立場が入れ替わった異星で、食べられる恐怖は虫歯の治療のときのようなものと話し、その最期は祝祭の中心でうれしそうに笑っている少女や、その様子に怖気を感じながら、帰りの宇宙船で牛肉ステーキを食べる地球人の主人公というオチ……藤子・F・不二雄はこんな作品も書いていたなんて! と大感激。それ以来、SF短編集だけ一冊分ずつ買ってはちまちま読み進めていた。
そうしている間に、JR南武線沿線に暮らすことになった。2021年、武蔵小杉駅にある中原図書館でミュージアム開館十周年を記念し『ドラえもん』の複製原画を展示していて、遅ればせながらそれでミュージアムの存在を知ったのだ。その頃はコロナ禍真っ只中、さらに諸事情ですぐ引っ越しをしなくてはならずすっかり機を失っていたが、先日、手塚治虫の『ブラック・ジャック展』に行ってから妙に名作漫画熱が高まり、今行かなくてはいつ行くのだ! と、休み予定日の前夜にチケットを事前予約した。

登戸はJR南武線と小田急線が乗り入れており、私鉄だからか小田急のほうがよりドラえもん推しが強く、駅のいたるところにドラえもんがいたり、エレベーターがどこでもドア仕様になっていたりする。一方、JR南武線も負けじと発車メロディに凝っていて、1番線は「ドラえもんのうた」、2番線は「きてよパーマン」、3番線が「ぼくドラえもん」とレパートリーに富んでいる。それだけでなく、JR南武線宿河原駅や小田急向ヶ丘遊園駅でもさまざまな名曲の発車・接近メロディが聴け、この一帯は駅が楽しい音楽に溢れている。
ミュージアムそのものは生田緑地エリア内にあるので、JR南武線宿河原駅や小田急線向ヶ丘遊園駅から徒歩でも行けなくはないが、登戸駅からミュージアム直通の川崎市バスが出ているので、こちらのほうが個人的におすすめだ。バスは四両あるそうで、ナンバーはすべて2112らしい。これはドラえもんがやってきた西暦2112年からきている。バス車内の「止まります」ボタンもすべてドラえもんであり、すでにミュージアムの展示が始まっているみたいだ。

約9分ほどバスに揺られて、ミュージアムに到着する。外壁の煉瓦もドラえもんの様々な表情と本当に細部までこだわられている。
藤子・F・不二雄はトキワ荘を退去してからは川崎市内で住んでいたというゆかりがあり、2011年に川崎市 藤子・F・不二雄ミュージアムが開館したそうだ。この日は平日の昼だったからか、体感では4割ほどは海外からの観光客がいたのだが、エントランスではスマホで多言語音声ガイドにアクセスできるQRコードももらえるので、海外の方も充分楽しめるのではないかと思う。(個人的には、展示の文字要素にも英語か中国語くらいは入れてもいいのではないかな、と思った。それほど外国人の観光客が多かったのだ)
展示室は一階と二階にあり、一階は『ドラえもん』のまんが原画などを展示する常設展で、二階までの順路に藤子・F・不二雄の年表や愛用品を展示公開している。二階は期間限定の企画展を行っているらしい。今回は「藤子・F・不二雄 生誕90周年記念原画展 『好き』から生まれた藤子・F・不二雄のまんが世界」と題し、藤子・F・不二雄の「好き」をテーマ別に分けて、それぞれが取り扱われている作品のまんが原画を展示していた。ここでは小学生向け作品の『ドラえもん』に限らず、『T・P(タイム・パトロール)ぼん』のような少年向け、『休日のガンマン』のような大人向け短編作品も取り上げられている。また二階には休憩スペースや原作漫画を読むことができるコーナーもある。やはりまんが原画は独特の迫力というか何かそこから発している力があって、じっくり観るとけっこう疲れるので、休める場所があるのはひじょうにありがたい。

展示が終わると「みんなのひろば」に出る順路なのだが、ここには野比家の模型やミュージアム限定のガチャやオリジナルはんこ作成機などがある。11月に訪れたので、今回はクリスマスツリーもあった。ガチャは試しに引いてみたら、パーマンが出た。
また奥にはFシアターという映像展示室があり、ミュージアムだけで観られるオリジナルのショートアニメが観られる。私が入った時は『ドラえもん&SF短編 宇宙(そら)からのオトシダマ』が上映された。作品は不定期に新作が出るらしい。そういえば、もうすっかり水田わさびさんが声を担当しているドラえもんにも慣れたな、と物語を観ながら思う。キャラクターの線が黒ではなくパステルカラーなところも今どきだけど、かといって違和感もない。熱心なファンでもない私でさえそう思えるのは、『ドラえもん』が不朽の名作であり、常に新作でありつづけたからだろう。
三階のミュージアムカフェに入った。少々並ぶという触れ込みだったが、平日だったからかすぐに席に通される。注文したのは「アンキパンビーフシチュー」と「ホットカフェラテ」で、カフェラテはラテアートが施される。絵柄はランダムだが、私のラテはひょっとしたら今季の大当たりのような、クリスマス仕様のドラえもんだった。ビーフシチューもラテの濃厚だった。そういえば、今年初めてのビーフシチューだ。個人的にビーフシチューはホリデーシーズンの食べ物というイメージがあり、アンキパンにシチューをつけながら、まるで真冬みたいな味だな、と思った。いやいや、ここ最近は11月というのに25度を超える夏日が数日続いてすっかり忘れていたが、カレンダーの上ではいよいよ本格的な冬到来!という時期のはずなのだ。
会計を終え、食後の腹ごなしに外の「はらっぱ」に出る。ちょっと空気澄んでいて冷たく感じたが、今日の最高気温は21℃で、11月にしては比較的暖かいほうだ。私もロングワンピース一枚にダウンベストと、この時期にしては軽装のはずである。慣れって恐ろしい。
「はらっぱ」には、いたるところにキャラクターの立像や公園の土管やどこでもドアがあり、おなじみのモチーフが飾られている。吹き抜けの上にかかる橋を渡るとパーマン1号と2号、コロ助、Q太郎とO次郎、奥にはドラミちゃんもいた。

自分用のおみやげを買いミュージアムを出て、数分待って市バスの登戸駅直通に乗る。行きのバスは全席埋まっていたが、帰りは私とヒジャブを纏った女性二人組だけ。さらにその二人も何か話すこともなく、しずかで澄んだ時間で車内が満たされていた。
窓からまったりした昼光を浴びながら、バスの車窓を流れてゆく景色をぼんやり眺める。バス通学なんか一度もしたことがなかったのに、通院か何かで学校を早退しているような気分になってくる。平日の昼の神奈川県内の住宅街を眺めていたからだろうか、それとも知らず知らずのうちに童心に返っていたからだろうか。異常気象の秋と冬の境目、SF(すこし・ふしぎ)な昼下がりを縫うようにバスは行く。

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オバケのQ太郎/ⒸFujiko-Pro・Fujiko-Studio

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