今のあなたにピッタリなのは? 前田エマさんのために選んだ一冊とは/木村綾子の『あなたに効く本、処方します。』
さまざまな業界で活躍する「働く女性」に寄り添う一冊を処方するこちらの連載。今回のゲストは、モデルやキュレーターなど、さまざまな顔を持つ前田エマさん。6月には自身初となる小説の発売を控える彼女に、社会問題との向き合い方や、ライフワークとして続けている飲食店でのお仕事の魅力を語ってもらいました。
今回のゲストは、前田エマさん。
モデルのほかに、エッセイの執筆や写真、ペインティング、ラジオパーソナリティ、キュレーションなどで活躍をする、肩書き不詳のカルチャーガール♪ 最近では、文学・映画・音楽から世界を学ぶ “勉強会” の主宰も。飲食店でのお仕事に生きがいを感じ、芸能活動の傍ら、現在もお店に立たれているというから驚き…!
まずは気になる、エマさんの今の活動。
木村綾子(以下、木村)「エマさんとは先日an・anの官能特集でご一緒させていただきました。本を通して自分の話をするという対談だったので、初対面で「性」について語り合った不思議な関係です(笑)」
前田エマ(以下、エマ)「仲良くなってもなかなか踏み込まないような結構ディープなお話もしましたね。なんだかぐっと距離が縮まった気がして私も楽しかったです」
木村「エマさんは、モデル業や執筆業など幅広い活動をされていますが、自分を軸にして、本や服、お店など興味のあるものを発信するスタイルが素敵だなと感じていました。可能性がまだまだ未知数だな、とも。いま力を入れていることなどはありますか?」
エマ「キュレーションのお仕事をしたり、最近は、「文学・映画・音楽から世界を知っていこう」というテーマの “勉強会” を企画したりしています」
木村「勉強会!?」
エマ「私、BTSを好きになってから、韓国文学にハマったんです。いずれも社会問題と向き合う内容が多く、私自身も差別やジェンダーなどの社会問題を身近に感じるようになりました。本や映画、アーティストをきっかけに学びを広げ、考え続ける場を作りたいと思い、専門家をお呼びして、勉強会を開いているんです」
木村「素晴らしいですね。ちなみに、これまでどんな講義を企画したんですか?」
エマ「初回は、「なぜ韓国の人は声を上げるの?」というテーマのもと、一橋大学の権容奭(クォン・ヨンソク)准教授をお招きしました。 2回目はフォトジャーナリストの安田菜津紀さんをお招きして、難民問題を取り上げました」
木村「エマさんがそういう場を作って、人が集まって、社会問題への興味関心が広がっていく。“蜘蛛の巣の中心”のような、そんな存在になりつつありますね」
エマ「ふふふ。私は「自分の興味があることを、自分を通して人に伝えたい」という思いでこのお仕事を始めたんですが、30歳を目前に、「社会で生きる人間として、どう振る舞えるんだろう?」 ということを考えるようになったんです。仕事をするときは“誰かのために”とかは思ったことはなくて、いつも“自分のため!自分が楽しいからやる!”という感じだったので、よくも悪くも自己中心的な人間なんです。でも最近は、自分が幸せなら良いという考えだけじゃ、自分自身も幸せになれないんだなと思い始めて。こういう感情が自分の中に生まれたことが面白いです」
話題は、来月発売される小説について。
木村「そういえばエマさん、6月に本を出されるとお伺いしました!」
エマ「そうなんです。ミシマ社から『動物になる日』という小説を出すことになりまして。今、絶賛校了中です…!」
木村「小説なんですね! エッセイや書評はよく書かれている印象ですが、初書籍が小説ということに意表を突かれました。実は書き溜めていたとか?」
エマ「すべて書き下ろしです。私も、まさか自分が小説を書くとは思っていませんでした。「エッセイの連載をしませんか?」と出版社の方に声をかけてもらったのがきっかけでした。「テーマは何にしよう?」と考えていた時に最初に思いついたのが、私自身がモデルのお仕事を始めてからも並行して続けている飲食店でのアルバイト。飲食店で仕事をすることの感動を、ずっと書いてみたいなと思っていて。昔、ファッション誌で一度だけ、エッセイではなく創作を書いたことがあって、その時に“本当のことに手が届く”と感じたんです。なので、このテーマを書くなら小説でしか書けないなと思いました」
木村「エッセイより小説の方が、自分が出てしまう場合がある。というのは、作家の方からもよく聞きますね。今回の小説は、飲食店で働く女の子が主人公だと伺いました。もしかして自伝的な要素も入っているんでしょうか?」
エマ「入っていると思います。もしかすると、半分くらい入っているかも。2作品を収録しているんですが、一編は飲食店を舞台にした人間観察的な物語で、もう一編は、その主人公の幼少期を描いています。主人公が大人になってから見つめる世界を描いていたら、主人公自身の人格がどうしてそんな風に形成されたのかを書きたいと思いました。書き始めた最初の頃は、主人公と私が重なる部分も多かったけれど、書き進めるに連れ、主人公の声がはっきり聞こえるようになり、途中からは主人公に導かれるようにして書いていました」
エピソードその1「いろんな家族を肯定してくれる作家さん」
木村「そうしたエマさんの感性は、豊かな読書経験が礎になっていると思うのですが、どんな本を読んできたのか、改めて伺ってみたいです」
エマ「私は両親が結婚というカタチをとっていない家庭で育っているので、 いろんな家族のカタチがあるということを、自然に理解しながら大人になりました。だからなのか、家族や愛のカタチを多様に描く作品を多く読んできたような気がします。中学生の頃に瀬尾まいこさんの作品に出会ってから、瀬尾さんの作品は全て読んでいますね」
木村「瀬尾さんは、以前は小学校で先生をする傍らで執筆業をされていますよね」
エマ「そうなんです。瀬尾さんには仕事をする生き方への多様性も教えていただきました。「ひとつの物事に突き進むことこそが素晴らしい」という考えを持たずに生きてこられたのは、瀬尾さんのおかげです。働くことにはいろんな選択肢があり、どんな仕事にも尊さがあるんだなあと、視界がぐっと広がりました」
木村「他にはどんな作家作品に影響を受けてきましたか?」
エマ「高校時代は桜庭一樹さんがすごく好きでした。 大学生になってからは、村田沙耶香さん。変則的な家族関係や自分の性の部分を無かったことにしないで書く作家さんに惹かれているんだと思います。 あまり意識していた訳ではないですが、こうして話すと、女性作家さんが多いですね」
処方した本は…『家族じまい(桜木紫乃)』
木村「エマさんの家族関係や好みの作家さんに関するお話を伺いながら浮かんだのがこの本。桜木さんは現在も北海道に住んでいて、この小説も北海道が舞台。家族構成や人間関係も限りなく桜木さんご自身のそれを元にしていて、母親が痴呆症になったことをきっかけに、それぞれに家族をしまっていく、つまり片付けていく物語が、それぞれの視点から描かれていきます」
エマ「桜木さんの小説は、ご実家が経営するラブホテルを舞台にした『ホテルローヤル』を読んだことがあります」
木村「それならすっと物語に入っていけると思います。この物語が生まれたきっかけというのがまさに、「『ホテルローヤル』の、その後を書きませんか?」という編集者のひとことだったそうです」
エマ「母親の痴呆症をきっかけに、家族が再団結するんじゃなくて、片付けていくという発想にはびっくりしました」
木村「家族だからって寄り添い続けなくてもいい、一度離れてみることで乗り切れる問題もあるということを、悲壮感なく提示してくれます。多種多様な家族の在り方に興味があるというエマさんには、ぜひ読んでもらいたいです」
エピソードその2「名づけることのできない大切な気持ち」
木村「さっき、「自分の性の部分を無かったことにしないで書く方に惹かれる」というお話をしてくださいましたが、もう少し詳しく伺ってもいいですか?」
エマ「これは今度の小説でも触れていることなのですが、私は、同性愛者でも異性愛者でも、女の子が最初に誰かに惹かれる相手は女の子なのではないかと思っています。 恋愛感情を抱くか、そうじゃないかはさておき、最初はみんな女の子に惹かれるのではと」
木村「an・anの対談でもおっしゃっていましたね」
エマ「今って「LGBTQ」や「フェミニスト」などの言葉を多くの人が知るようになり、それによって救われている人がきっといると思うんです。 確実にいい世の中に向かっているなと思う一方で、そのように名付ける言葉によって、生き辛さを感じている人もいるんじゃないかなと思うんです」
木村「言葉なんてなくても世の中の当たり前になるのが、本当は一番目指すべきところですもんね」
エマ「名づけることのできない大切な気持ちがあるということが、もっと当たり前になってほしいなっていう思いがあります。特にこれから成長していく若い世代の子たちには、そういう境界線がなかったらいいなっていうのを感じています」
処方した本は…『すきっていわなきゃだめ?(辻村深月・作、今日マチ子・絵)』
木村「「女の子が最初に好きになるのはきっと女の子だと思う」という感覚や、「誰もが恋愛ってしなきゃだめなものなの?」という疑問に応答するような絵本を紹介します。これは「恋の絵本」として刊行されたうちの一冊。子どもの頃、抱いていても誰にも相談できなかった「好き」をめぐる悩みや疑問って、誰にでもあったと思うんですが、そんな過去を肯定しながら、新しい世代の自由を思う祈りのようなものが、物語に込められているように感じます」
エマ「イラストは今日マチ子さんが描かれているんですね。辻村さんと今日さんの世界観を一冊で楽しめるなんて、本当に贅沢です」
木村「もしよかったら今、この場で読んでみませんか?」
エマ「(しばし絵本を熟読…)ああ! なるほどそういうこと…!」
木村「恋愛観や結婚観、ジェンダー観が変わりつつある今の世の中で、子どもがすぐ手を伸ばせる場所にこんな物語があることを思うと、胸に込み上げてくるものがありますよね。私はこれを “希望の絵本” だと思っています」
エピソードその3「ごはんの前では誰もが同じ」
木村「モデル業と飲食店でのアルバイトを現在も兼業しているって話してくれたとき、エマさんがすごく生き生きとしていたのが印象に残っています。続けるワケは、どんな点にあるんですか?」
エマ「あの場所にいると、「ちゃんと人間をやっている」感覚を持てるんです。私、ごはんの前では誰もが同じだと思っていて。肩書きとか、そういうものが存在しなくなるじゃないですか。名前も職業も性格も知らないし、知っていたとしても関係ない。ひとりひとりの“人間”としての本性が出る気がするんです。食べ方の美しさや注文の仕方、店員や周りのお客さんへの態度を見ていると、その人の“人間”の部分にタッチできる気がして、興奮するんです。“お客さんと店員”という関係性だけど、「人間対人間」であるような気がするんです。大げさじゃなく、あの場所があるから表現活動をやっていられるってくらいに、私には大事なんです」
木村「食べることと生きることは直結しているから、「人間」が浮き彫りになりますもんね。エマさん自身、食べることや作ることも好きなんですか?」
エマ「料理は一応しますが…、好きではないです(笑)両親が共働きなので、幼い頃から弟にごはんを作っていましたし、調理師免許も持っているんですけど、料理に対するモチベーションはゼロです」
木村「え、そうなんですか!(笑)」
エマ「食べたり作ったりすることよりも、「食」がある場やそこに集まる人に興味があるんだと思います」
処方した本は…『土を編む日々(寿木けい)』
木村「食を通して触れられる「人間」の部分に興味があるというエマさんにぜひ紹介したいエッセイストが、寿木けいさんです。彼女はもともと出版社に勤務して編集の仕事をされていたんですが、Twitterではじめた「きょうの140字ごはん」の反響がきっかけで、「寿木けい」名義で文筆業を始められました。〈人生のいくつもの思い出に、食が寄り添うことを願います〉と書いているように、けいさんのレシピとエッセイには、それを共にする人の気配が色濃く感じられるんです」
エマ「レシピといっても、エッセイに溶け込むように調理手順が綴られているんですね」
木村「そうなんです。単なるレシピだけじゃなくて、食材を受け取って料理にするまでの、けいさんの所作や感情の機微も同時に受け取れるんです。なんといってもその清洌な、研ぎ澄まされた文章の美しさたるや! 私はひそかに、彼女のことを「令和の向田邦子」と呼んでいます(笑)」
エマ「向田邦子さん! 私、向田さんのエッセイが大好きで、寄稿させていただいたり、イベントに出たこともあります」
木村「繋がりましたね。「食」のある場所で働き、それを書くエマさんなら、もっと深く感じ取るものがあると思います。読んだら感想聞かせてくださいね」
対談を終えて。
対談後、3冊すべてを購入してくれたエマさん。「小説・絵本・エッセイとさまざまなジャンルをぐるぐる回ることができて楽しかったです。木村さんがきらめく想いと熱い気持ちを持って本を紹介してくださり、全部読みたくなりました!」と話してくれました。たくさんカルチャーにまみれたInstagramはこちらから。6月10日発売の『動物になる日』も楽しみです!