日本人初優勝、世界を驚かせた。 日本人初優勝のベーカリーシェフがいる群馬県・高崎市〈comme’N‬〉へ。ほぼ無名だったパン職人が、どうやって世界一に?

FOOD 2020.03.30

駐車場からはじまった奇跡。物置を練習場にし、権威あるパンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」で総合優勝を果たしたパン職人が、高崎にいる。〈コム・ン〉の大澤秀一シェフ。厨房も機材も持たず、ほぼ無名だった大澤さんが、裸一貫からどうやって世界一に駆け上がったのか?軌跡を振り返ります。

物置を練習場にして、世界一になった。

高崎にある喫茶店〈珈琲哲学〉の駐車場。2019年末まで、ここに置かれた物置で〈コム・ン〉は営業。その傍ら、世界一目指して練習する毎日だった。
高崎にある喫茶店〈珈琲哲学〉の駐車場。2019年末まで、ここに置かれた物置で〈コム・ン〉は営業。その傍ら、世界一目指して練習する毎日だった。

はじまりは世界の大舞台だった。パンの仕事から一時離れていた2015年、「第5回モンディアル・デュ・パン」をフランスで観戦、「応援するほうではなく、自分も選手としてパンを作りたい」と、挑戦を決意。熱意に押された高崎の喫茶店〈珈琲哲学〉の社長さんが「物置を使っていいよ」。物置の窓からパンを売りつつ、練習を積む毎日がはじまる。

看板も、宣伝もなし。開始当初は、1日の売り上げわずか3,000円。若手職人部門で同時優勝した、スタッフの久保田遥さんは、空いた時間に〈珈琲哲学〉でバイトをし、大澤さんを支えた。物置は小さく、2人が同時に練習することはできない。1人が物置で練習する日は、もう1人は雨の中、野外で練習した。日本代表予選は、大逆転での劇的勝利。戦いに挑む前から「優勝しました」と貼り紙をした。

世界でいちばん練習しただけ。それは胸を張って言えます。

「絶対優勝すると信じたら優勝できるって、自分たちに言い聞かせてた」パン屋の営業、練習、大会メニュー作り。寝る暇もなくパンに没頭して3年弱。ようやく挑んだ世界大会。飾りパン(パンで作る彫刻)の作品作りは1週間厨房の床で寝ながら、1日22時間。アイデアが出ないことに焦りながら、時間と戦いつづけた。

大会当日。制限時間内に制作を終えなければ減点・失格のプレッシャーの中、事前の想定で余裕はわずか1分。そんなギリギリの状況で、最高の仕事をした。芸術のように美しく、手の込んだパンを、ミスもなく作り終えて、日本人初優勝、世界を驚かせた。大澤さんは言う。「なんで優勝できたのか?すごい選手ばかりで、自分がいちばんセンスがあったわけでもない。ただ、自分と久保田が世界でいちばん練習しただけ。それは胸を張って言えます」

〈comme'N‬(コム・ン)〉

〈コム・ン〉のパン。「バゲット」「クロワッサンACP」「ゆず&プルーンのブリオッシュ」「抹茶とホワイトチョコ」「黒コショウとチーズ」など。
〈コム・ン〉のパン。「バゲット」「クロワッサンACP」「ゆず&プルーンのブリオッシュ」「抹茶とホワイトチョコ」「黒コショウとチーズ」など。

次のステップを目指して、現在〈コム・ン〉は休業中。移転して、仮設ではない店舗で、10月〜11月頃に自らのパンを世に問う予定。それまではイベントへの参加や、9月の「ベストモンディアル大会」挑戦が予定されている。

(Hanako1182号掲載/photo:Norio Kidera text:Hiroaki Ikeda)

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