「子どもが生まれても、まずは〝夫婦〟という単位を大事にしたい」 #11 山﨑ケイさん (お笑い芸人)
男女の恋愛模様をリアルかつ巧みに描写する漫才、コントを繰り広げるお笑いコンビ・相席スタート。山﨑ケイさんは、38歳のときに落語家の立川談州さんと結婚し、40歳となった2023年に第一子を出産した。「出産が楽しかった」と思えた背景には、夫婦2人暮らし時代や1年半に及ぶ不妊治療の時期に、互いを思いやる夫婦の関係性があった。子どもが生まれると日々の慌ただしさにかまけて、つい〝夫婦〟を忘れてしまいがちだが、ケイさんはどんなことを考えていたのか。妊娠から産後の数ヶ月を振り返ってもらった。
「子どものこと、話そう」。妊活の始まりは、夫である談州さんの一言だった。すぐに2人で不妊治療専門の病院へ赴き、38歳という年齢から踏むべきステップを相談、選択。不妊治療の内訳はあまりに人それぞれで辛さの優劣はないけれど、誰しもが大変じゃないことは、ない。ケイさんはその大変さを、都度夫に話していたそうだ。
「治療のための注射を○本打った、どのくらい痛かった、すごくお会計を待ったなど、全部言っていましたね。私は移植前に毎日膣錠を入れることに鈍いストレスを感じていたので、それが負担になっている話も。どこまで伝わっていたかはわからないけど、『大変だったね』『ありがとね』という言葉に、一緒に頑張っているのを毎回感じていました。夫も、そう言葉をかけるしかないときもあったとは思いますけど」
今月もダメだった……もうちょっとだけ仕事ができると思おう、と最初は言い聞かせていたものの、1年が経った頃には本当にダメなんだと何度も泣いたとケイさんは振り返る。けれどそんな中で気づいたのは、夫側の気持ちを置き去りにしていたことだった。
「夫は人にも私に対しても気遣いをする人で、聞かなければ自ら気持ちは話しません。でも妊活がうまくいかなくて私が辛いなら、同じくらい夫も辛いよなって、表情から感じたことがあって。妊活中に2人で決めていたのは、楽しみを作っておくこと。移植期間が終わった後に2人で行きたいお寿司屋さんを調べておいて、ダメだったらお寿司を食べに行く、うまくいっていたらお寿司はなし。どちらにしてもいい、という喜びが支えだったんですよね。もしも子どもを授かれなかったとしても別の楽しい人生が待っているよね、と当時お酒を飲みながらよく話していました」
それから約半年後に子どもを授かり、夫立ち合いのもと無痛分娩で第一子を出産。予定日よりも20日早く出産を迎えることになった日、ケイさんはふと「夫が今日立ち合わなかったら、次に会うときには、お父さんとお母さんになってるんだ」と、不思議な気持ちになったそう。夫の談州さんに伝えると、「ケイさんの望むかたちにしよう」と言ってくれ急遽夫婦で出産を迎えた。
こうして話を伺っていると、ケイさん夫婦のコミュニケーションの濃さを思う。向き合いたくない重い話も面倒くさい事柄も、あえて言葉にすることを選んできたし、耳を傾けてきた。それは今も変わらないことの一つだそう。
「子どもが生まれたことで、夫婦仲が悪くなるのは嫌だよねと話していたんです。家族は3人だけど、基本は夫婦という単位も大事にしたい。夫は1歳のときにお母さんを亡くしていて、我が家はシンプルに夫婦仲が良くなかったから、両親の仲がいいという景色を見たことがないんですよね。そんな2人が結婚したけど自分たちの軸で仲良くいようね、と。そのためにできるのは、ちゃんと言葉にすることだと思っているんです。日々なあなあになることもあるけど、話すこと・聞くことだけはお互い諦めないようにできたらと思っています」
2020年に上梓した『ちょうどいい結婚のカタチ』(ヨシモトブックス)の中に、〝30代で味わった自由で楽しい毎日は、子どもができたら送れないんだよね〟という一文がある。実際に子どもが生まれた今、自由だった時期を恋しく思うことがあるかと聞いてみると、「そんなことはないかも。思ったよりも自由です」との答え。それができているのは、身近で子育てをする姿を見せてくれる先輩芸人・ニッチェの江上さんの存在があった。
「自宅から数分のところに住んでいる江上さんには、妊娠前からよく飲みに連れて行ってもらいました。江上さんが2人のお子さんを寝かしつけたあと、旦那さんに任せて、夜出てきてくれていたんです。その姿を見ていたから、子どもを産んでもいろんな人の協力があれば母も自由な時間が持てるんだと思えたし、今罪悪感を持たずに1人時間を過ごせているとも思います。それに、江上さんが子連れで行けるお店を開拓してくれているのでめちゃくちゃありがたいんです。一家に1人江上さんがいればいいのに(笑)」
「芸人のいいところは、悲しさや辛さを笑いに変えられるところだと思うんですよね。ハッピーな話を笑いに変えることって難しいから、みんなその耐性があるというか(笑)。普通なら落ち込んでしまうことも、「なんなのよ!」って明るく切り替えている姿を見ていると、芸人という職業を改めて素敵だなと思ったし、私自身そのマインドが鍛えられているのは子育てをする上で救われています」
そんなケイさんは仕事において、「今くらいの自分の知名度が居心地がいい」とも語る。それは元々芸人として売れたいという気持ちが強くはなかったことに加え、数年前に経験したSNS上で炎上したこともきっかけの一つだったという。
「あのときに覚悟を決めて、私にはやりたいことがあるんだと言えたなら違う人生があったかもしれないけれど、今思い返してもそれはできません。自分の意図とは違うことが広まり、何を言ってもどうにもならなかったときに、戦うマインドにはならなかった。この世界はこういう覚悟も必要なんだと気づいた時に、知名度がこれ以上上がらなくていいと思ってしまって。ただ、子育てについては、人に何を言われても気にしません。
例えば、無痛分娩も母乳を早めに切り上げることも、たびたび議題に上がりますよね。でもそれについては、私がいいと思って選んできたし、私と夫と子どもしか知らない頑張りがあります。自分のことへの炎上は気になりますが、子育てへの覚悟はできている。どの考えも間違っていないし、どちらも合っている。これまで他人と比較してばかりの人生だったけど、子育てにおいては自分たちの価値観を信じたいですね」
「昨年バスケットボールのW杯を見て、再び大ハマり。夫は家に物を置くのが嫌いな人なのですが、こればかりは購入のプレゼンをしました。『スラムダンクにはすべてが詰まっている。私も読む、あなたも読む、将来子どもも読む。いい買い物のはずです』って。あ、『共同のお金で買わせてください』というのも付け加えました(笑)」