〈+CEL〉インタビューvol.2 (前編)
料理家・渡辺有子さんが父から受け継いだのは、 感性を動かすものの大切さ。
凛とした佇まいが印象的な料理家の渡辺有子さん。シンプルでありながら滋味を感じさせてくれる家庭料理のレシピの数々は多くのファンを持つ。雑誌の連載や書籍での活動のほか、近年は食や暮らしにまつわることを提案するアトリエ「FOOD FOR THOUGHT」を開き、料理教室や食事会なども開催。その一方でプライベートでは5歳の息子の母親でもある。子育てがはじまり、改めて家族について考えることがあると言う。ランドセルブランド〈+CEL〉と一緒に“受け継ぎたいもの”について考えるインタビュー企画。親から子へ、そしてまたその子へ。どんなものを受け継いでいきたいと今、考えているのか、話を伺った。
子育てに、人生が大きく変わりはじめた。
ーー息子さんは5歳だそうですね。
「はい。今、彼はウルトラマンとピタゴラスイッチが大好きです(笑)。子どもの好きなものへの集中力ってすごいですよね。ウルトラマンの図鑑のようなものがあって……たくさんいるんです、ウルトラマンって。それを、これは誰、あれは誰って全部覚えて、名前をしっかり言える。教えたわけでもないのにですよ。すごいなって感心してしまいます」
ーー今までの自分の人生では絶対に触れ合うはずのなかったものに子どもを通して接する機会を持つといろんな世界があるんだなと驚きますよね。
「本当にその通りです。知らないことがたくさんあるんだな、と実感します。これまでの人生、仕事を含めても自分の好きなことに時間を費やしてきましたが、今はそれとまったく違いますから。ああ、人生が大きく変わったなと実感をしています。でも、それが苦ではないんです。ありがたいなとすごく感じています。子どもからもらえる何気ない日常の中での発見がいくつもあって、それに私自身がすごく救われているので。やはり、子どもとの生活はなにものにも変えがたいものがあります」
——仕事をしていく上ではいかがですか。
「今、息子は幼稚園に通っていて、週に2回は午前中のお迎え、週に3回は14時のお迎えです。土日はもちろんずっと一緒。と、なってくると私が仕事に全力で集中できる時間は相当、限られてくる。これまでしてきた自分のペースと比較すると、仕事に割ける時間はほぼゼロに近いものしかない。これまでの仕事中心の人生で考えるとありえないことだなと焦る思いもありますし、葛藤することがないかといえば嘘になります。それでも、やはり息子との日々は慌ただしいですから。子どもって1日中手がかかるじゃないですか。起きてから、寝かしつけるまで、自分の思い通りにいかないことしかない……そういう日常を繰り返していくと、なんだか自然と気持ちがおさまっていく感覚があります。争っても仕方ないんだって。子どもがいなかった生活も長かったので、その良さや快適さも十分に知っている。その一方で、だからこそ、今目の前にあるものがどれだけ大事なものなのか、貴重な存在なのか、というのもよくわかる。子育てって、子どもを育てているようで、自分のことも育ててもらっている感覚があります。お互い、育て合いながら生きていくんだな、と」
いいお母さんでいられないことだって、しょっちゅうです。
——親もまた親として育っていく途中なんですよね。
「そうですね。まだまだ親としては未熟者だなと感じます。だから、がんばりたいとできる限り立ち向かっているところもあります。いいお母さんでいられないことだって、よくあるし。子どもに当たるように叱ってしまうこともあります。お母さん同士の付き合いで気疲れして寝込んじゃうことだってあるし(笑)。理想と現実は違いますよね」
——親になって改めて、有子さん自身のご両親との関係を思い返すことはありますか?
「そうですね。親にはより感謝するようになったかもしれません。子育てという激務を実感することで、ああ、この大変なことをしてくれていたんだな、と。あと、育つ環境は大事なんだということも改めて感じたことのひとつ。もの選びだとか仕事への考え方とか、こだわりの強かった父の影響を受けているとたびたび実感をするので。そういう感覚を持たせてくれたことはありがたかったんだなと感じています」
ーーそうなんですね。
「父は広告代理店でアートディレクターをしていた人で、仕事をする姿勢について言われて覚えているのが、料理を仕事にしているからと言って料理のことだけを知っていればいいということはないんだよ、ということです。絵をみたり、音楽を聴いたり、映画や演劇を観たりしなさい、と。自分の専門のことだけみていればいいのではなく、いろんなことから学ぶことがある。そういう経験で培った考え方やものの見方が、自分の世界を作っていくんだと」
父から受け継いだものは、1枚の絵です。
——今回、受け継いだものとして持ってきてくださったのも、素敵な絵ですね。
「はい。父は絵の収集も趣味にしていました。初めてのボーナスで記念になるものがほしいと熊谷守一さんの絵を銀座の画廊で買ったほど。その絵も今、我が家の玄関に飾ってあります。子どもの頃から家にはずっといろんな絵が飾ってありました。今日、持ってきたものもそんな思い出の絵のひとつです。絵本作家としても有名な画家の田島征三さんの作品です。小さいころはよくわからなかったのですが大人になってから、とてもいい作品だなと思うようになりました。父が早期退職をして沖縄に移住をすることになり、あれこれと持ち物を整理していたんですが、そのタイミングでこの絵も置いていってくれないかとお願いをしたんです。“そっちの家にあるほうがいいかもね”と、父もすぐ快諾してくれて我が家にやってきました」
——毎日、眺めるものを受け継ぐ、というのはとても豊かで素敵なことだなと思いました。
「父は器にもこだわりを持っていて、いいものをいくつか持っていた。それもほしいものは譲ってもらいましたが、今回のお話をいただいたときに“受け継ぐ”というキーワードに合うのは、この絵だなと思ったんです。実生活で使うものって、結局は自分で必要なもの、欲しいものを揃えればいいんじゃないかなと思うんです。それよりも、絵のように心を豊かにするもの、感性に訴えかけてくるものって、受け継ぐものの意味合いが広い気がするんです。この絵も、絵そのものの価値というより、日常の、暮らしの中にこの絵がいつもあるということが大事だと思うんです。私も実家に飾ってあったときの風景や父の思い出も一緒に受け継いでいると思う。そして、今、私たち家族が暮らす家に飾ることで、息子にも同じように感じてもらえたらいいなと思っています。この絵とともに、家族が暮らし、過ごした日々を覚えていてくれたらうれしいですね」
後編では、渡辺有子さんが息子さんに贈りたいものについて。そして〈+CEL〉のランドセルから思い起こされた、何にでもこだわりを持っていたお父さんとの小学生時代の思い出についてもエピソードを教えていただきます。
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「+CEL Caravan 2024」と題して、+ CELの展示販売会を全国各地で実施しています。
アポイントメント制の会場もございますので、詳細は、+CEL ウェブサイトをご覧ください。