第10回 写真家・田尾沙織の『Step and a Step』500gで生まれた赤ちゃん 【田尾沙織のStep and a Step・10】合言葉は「まぁ~いっか」
写真家・田尾沙織さんに、500gで生まれて、軽度の知的障害とADHDだと言われている息子、奏ちゃんの子育てと日常について綴っていただくこの連載。
2人の日常を、田尾さんによる色鮮やかな写真と共にお届けします。
3歳半くらいまで言葉がほとんど出なかった奏ちゃんですが、一度話しはじめると、コップから水が溢れるように次々に言葉が出るようになりました。あの心配は何だったのか・・・と言う感じで、今となっては保育園の先生にも「奏ちゃんよく話しますね」と言われるくらいおしゃべりです。
奏ちゃんがぽつりぽつりと話し出すようになったある日、ふいに「まぁ~いっか」と大人みたいな口調で言うので、思わず耳を疑いました。
なぜなら、私がよく言う言葉だからです。
私は大ざっぱな性格で、高校もデザイン科に進学したものの、1mmのずれも許されない立方体のパースを手書きで描く課題なども、「1ミリくらいずれてても、まぁ~いっか」と思ってしまう。「まぁ~いっか」すぎて、デザインは全然向いていなかった。(かわりに写真に夢中になったのですが)
改めて「まぁ~いっか」という自分の口癖を、奏ちゃんに気づかせてもらいました。
デザインには向いていなかった「まぁ~いっか」も、子育てにおいてはそんなに悪くないなと思うようになりました。むしろ大切。
「まぁ~いっか」の性格の私でさえ、子どもがいることによって思い通りにことが進まなかったり、思ったように片付かない部屋を見ては、イラつくのだから「まぁ~いっか」なんてことが許されない几帳面な方々は、それはもう心境穏やかではないことでしょう。
発達障害で、一度自閉症の傾向もあると医師から言われた奏ちゃんですが、そう診断される子の中には「こだわりが強い」子も多いそうです。
奏ちゃんが保育園に通い出した頃は、帰りにスーパーに寄ろうとしたりして、自宅と違う方向に進もうとするとのけぞって嫌がったり、作っていたブロックが壊れたりすると怒って投げ散らかしていました。「これがこだわりが強いというやつか・・・」と頭を悩ませていました。
そんな奏ちゃんがある日、部屋で探しているおもちゃが見つからないと言うので、一緒に探しましたがやっぱり見つからない。そんな時に奏ちゃんが「まぁ~いっか」と自分で言って、諦めて気持ちを切り替え次の遊びにシフトできたのです。
「まぁ~いっか」が言える前の奏ちゃんだったら、他のおもちゃを投げて「みつからない! あれがいい!」と怒ってアピールしたことでしょう。療育でもよく言われますが、泣いたり怒ったりした後の気持ちの切り替えは大切です。
「まぁ~いっか」と自分で言うことによって、気持ちを切り替えていけるようになった気がしました。
今となっては、一緒に家を出てマンションの1階まで降りた時に私が「忘れ物した!」と言っても奏ちゃんが「まぁ~いっかぁ」と言ってくれます。まぁ~いい時と悪い時がありますが。
つい先日は、奏ちゃんが自分で歯磨き粉を歯ブラシに出すと言ったので、私が手伝いながらやっていたところ、適量の倍くらいの歯磨き粉が出てしまったのですが、その瞬間、同時に「まぁ~いっか」と言ってしまって、ふたりで大笑いました。
ふたりの合言葉がある生活は、なかなか楽しいものです。