京都に移住した理由とは? 京都で半年待ちのオーダーメイド靴屋〈GROWOLD〉。靴職人としての生き方、こだわりとは?
北野天満宮のそばにある、半年待ちのオーダーメイドの靴屋さん〈GROWOLD Shoes & Crafts〉。工房で靴を手にしていたのは、やわらかな佇まいの女性。京都に移住し、靴職人という仕事と生き方を選んだわけを、店主の長谷川良子さんに伺いました。
ここで頑張れたのは、天神さんのおかげです。
〝天神さん〞こと、北野天満宮の東側。毎月25日の市には、骨董の露店が立ち並ぶ御おんまえ前通りの角に、靴職人・長谷川良子さんの店はある。使い込んだ革製品のように味のある古民家の外壁に、ポツリと店名〝GROWOLD〞の文字。ここで、2年半ほど前から、世界にひとつだけの、オーダーメイドの革靴を作ってきた。長谷川さんは、岐阜生まれの東京・青梅市育ち。京都に来るまでも、アメリカ、ドイツ、神奈川……と、たくさんの街で暮らしてきた。そして、導かれるように靴職人になったという。きっかけは、結婚を機に移り住んだドイツで見つけた、一足の赤ちゃん用の革靴。
「その靴は、いまもここにあります。ドイツでは、子供のファーストシューズに革靴を選ぶ習慣が残っているんですね。私もならって1足買ったのですが、残念ながら、息子の足には合わなくて……。〝いつか革靴を作ってあげたい〞という思いが、心の片隅にずっとありました」帰国後に住んだ神奈川県茅ヶ崎市で、〈ノグチ靴工房〉に出会った(今は埼玉県に移転)。手作り靴教室の看板を偶然見かけ、通い始めたのは、13年前のこと。「学んでいくうちに、靴を作ることの喜びのようなものが、自分の中に芽生えてきて……。離婚したことも重なり、これを仕事にしようと、決めました」
本格的に靴作りを勉強し、青梅市に初の店を構える。故郷のお客さんに支えられて5年。もっと多くの人に自分の靴を履いてもらいたいと、新天地へ。「京都に特別な思い入れがあったわけでも、親戚がいたわけでもありません。それこそ、修学旅行で訪れたぐらいで(笑)。ひと足早く引っ越していた友人の〝京都もいいよ〞のひと言に心が動き、パソコンのキーボードを叩いて、最初に見つけた物件がここだったんです」かつては駄菓子屋さんだったという、街にしっくりなじんだ一軒家と、境内の緑をのぞむ静かな立地にひと目ぼれ。故郷の工房を閉め、土地勘もまったくないまま、母と息子を連れて移住してしまったというからたくましい。いわく「大変な道を選んでしまうのは、性分」だとか。実際、当初はご近所さんもなかなか敷居をまたいでくれず、工房で一人、膝をかかえて途方に暮れたこともあったと振り返る。
それでも、1年が過ぎ、2年が経ち、新規の顧客は7割を占めるまでになった。いまや、注文した靴が届くまで半年待ちの状態だ。お客さんは、青梅はもちろん、関西から中国地方、九州各地、海の向こうにも!実は多くが、25日の天神さんの骨董市に訪れ、立ち寄ってくれた人だという。たしかに店の奥の工房で、一人黙々と靴に向き合う長谷川さんの姿は、そっと引き戸を開け、思わず声をかけてみたくなる。
彼女の靴は、基本、店に足を運ばないと注文できない。足の形は十人十色。実際に見て、話をして、人となりを知ったうえで、個性に寄り添う靴を作る。「買っていただいて終わりなのではなく、むしろそこから長いお付き合いが始まるような店でありたいと思っています。たくさん履いていただいて、傷んできたら、修理してまた履いていただいて……。GROWOLD=時を重ねる、というブランド名には、そんな思いを込めました」近ごろは、家族と連れ立って、好きな社寺や行事に出かける時間もできた。「天神さんのおかげですね」。いまは、ここで、おばあちゃんになるまで、靴を作り続けるつもりだ。
〈GROWOLD Shoes & Crafts〉
■京都府京都市上京区御前通今出川上ル2丁目北町642-7
■075-205-0727
■12:00~18:00/水木休(毎月25日の場合は営業)
※採寸は30分ほど。靴の完成は半年先で発送可。
(Hanako1164号掲載:photo : Akira Yamaguchi text : Yuko Saito)