誰にも言えなかった体の悩み。早発閉経を経験した私が、映画『藍反射』を贈る理由。

誰にも言えなかった体の悩み。早発閉経を経験した私が、映画『藍反射』を贈る理由。
私を生きる、ワタシの選択vol.15
誰にも言えなかった体の悩み。早発閉経を経験した私が、映画『藍反射』を贈る理由。
LEARN 2026.03.06
結婚や妊娠、家庭とひと口に言っても、その在り方は人それぞれ。“普通”とされる選択“じゃない方”がしっくりくる人だってたくさんいる。そして、そのどれもが正解であり、自分らしい生き方。カップル間でのコミュニケーションや心理学を学んでいる、工藤まおりさんが、そんなあらゆる価値観や選択を掬い上げ、言葉として綴ります。今回は、千種ゆり子さんにインタビュー。

将来は自分も子どもを出産するものだと、どこか当たり前のように思っていた。

しかし、26歳で「閉経」──。

人生のこれからを思い描いていた矢先、千種ゆり子さんは医師から「早発卵巣不全」(以下、早発閉経)と告げられた。

日本人女性の閉経の平均年齢はおよそ50歳

しかし、40歳未満で卵巣機能が低下し、早発閉経と診断される人は、約100人に1人とされる。

千種さんは卵子凍結に挑戦したが、思うような結果は得られず、29歳で不妊治療に終止符を打った

今回は千種さんに、閉経と診断された日から現在のパートナーと出会い結婚に至るまでの軌跡、そしてその経験をもとに企画した映画『藍反射』に込めた思いについて話を聞いた。

Profile
千種ゆり子さん
千種ゆり子さん
映画『藍反射』企画・プロデューサー

ちくさ・ゆりこ/20代での早発閉経の経験から、野本梢監督、映画プロデューサー稲村久美子氏とともに「一人で抱え込んでしまう身体の悩みを、分かち合える普遍的な物語に」と映画企画を始動。志を共にするキャストやスタッフと共に、映画『藍反射』を製作。当事者・専門家・表現者を繋ぐ仲介者として、未経験の領域にも飛び込み、伝える活動を展開している。気象予報士、元テレビ朝日気象キャスター。

憧れの仕事、掴んだ矢先に訪れた体の違和感

── 最初に婦人科を受診された時について教えてください。

「24歳の時、生理が数ヶ月来ないことがあって産婦人科を受診しました。

エコー検査をしましたが特に大きな異常は見当たらず、『今すぐ妊娠を望みますか?』と聞かれたんです。

当時は社会人3年目で、妊娠はまだ考えていないと伝えると、ピルを処方されました。ピルを飲んで生理を起こし、また来なくなったら受診して処方してもらう……ということを繰り返していました」

──その後、26歳のタイミングで「早期閉経」という診断があったのですね。

「夏頃から、急に体がカーッと熱くなって大量の汗をかく症状が出たんです。当時は知らなかったんですが、更年期障害によるホットフラッシュでした。

引き続きピルを飲まないと生理が来ないこともあったので、“何かおかしい”と思い、いくつかの病院を受診して、不妊治療専門のクリニックAMH(※)を測定したところ、数値が極めて低く、早発卵巣不全(早発閉経)と診断されました」

※「抗ミュラー管ホルモン」と呼ばれ、卵巣内の発育初期の卵胞から分泌されるホルモン。血液検査により「卵巣予備能(残っている卵子の目安)」を測定できる。

「担当医からは、東京のクリニックへの転院を勧められたんですが、でも当時は、気象予報士の資格を取得して、青森で気象キャスターを始めて1年目。やりたかった仕事にチャレンジし始めたばかりで、青森でのレギュラー番組を1年で放り出すわけにもいかず、仕事を辞めて東京に行くという選択肢は考えられませんでした

──早発閉経と診断された時は、どんなお気持ちでしたか?

やっと病名がついたことで治療ができるかもしれない、という前向きな気持ちと、自分の子どもを持てないかもしれない…という喪失感に挟まれた感覚。でも今振り返ると、やっぱりショックの方が大きかったかもしれません。ずっと私のそばで育ててくれた母と同じように、素敵なパートナーと出会って、自然に子どもを産んで家族を作っていくのかな…と、ぼんやり考えていたので」

──何歳から本格的な不妊治療を始められたのですか?

「28歳のとき、青森から東京のテレビ局勤務に移ったタイミングで、卵子凍結のための不妊治療を始めました。

注射や薬で排卵を促す治療を続けましたが、結局一度も採卵できなかったんです。もしかしたら卵の元になる原始卵胞が既に無いのではないかと、翌年卵巣を1つ摘出して検査をしてみると、やはり見つからず。

気づくと、年間約200万円を不妊治療に費やしていました

そして、結果が出ないことにお金を使い続けるよりも、別のことに使った方が人生の満足度は上がるのではないかと思い、不妊治療に終止符を打ちました。同時に、今後の人生を共に歩めるパートナーを探そうと考えたんです」

──もし、24歳の時点でAMHの検査をしていたらしてたら、早くわかっていた可能性も…。

「内診の記録を振り返ると、自分の卵胞が最後に確認できたのが24歳の時。生理が来ずに受診した時点で病名が分かっていれば、採卵できた可能性があったかもしれません。

もし時間を巻き戻せるなら、気象予報士の試験を受けずに東京で会社員を続けながら卵子凍結をして、子どもを産める人生もあったのではと思います」

「早発閉経」が、私の自信を奪った

──今後は、“一緒に生きていけるパートナーと共に過ごしていきたい”と思われたんですね。

「私の家は母が専業主婦で子育てを担い、父がそれを支える形でした。そういう家庭で育ったので、男性はみんな子どもを望むものだ、という自分の思い込みから解放されたかった

具体的な将来設計を描いていたわけではありませんが、子どもが産めない自分でも受け入れてくれる人がいるのか知りたかったんです。きっと、自分に自信がなかったが故の選択だったのかもしれません。

今まで、“ちゃんとしなきゃ”“人に迷惑をかけてはいけない”と、ずっと思ってきて、理想の自分になるために受験勉強も、気象予報士の資格も努力してきました。

でも不妊治療では、努力ではどうにもならないことがあるという現実を突きつけられ、自己肯定感がさらに低くなりました」

──周囲から見れば、目標を叶えた憧れの存在。それでも“妊娠できないかもしれない”という事実は、マイナスになってしまうのでしょうか。

「パートナーを探そうと思ってマッチングアプリも見てみたんですけど、“子どもが欲しい・欲しくない”という選択肢を見ることもできなくて。お互いの不幸を減らすために必要な項目だと頭では理解していても、当時の私にとっては難しかったです。

そこで、一からの出会いではなく、これまで交流のあった人へ連絡をしてみようと思い、いまの夫に連絡してみました。親同士が年賀状のやり取りしていたので、近況はなんとなく知っていたのですが、約25年ぶりの再会。お互い何をしてたのか、ひたすら話が盛り上がって、何度か会ううちに自然とお付き合いが始まりましたね」

──早発閉経ということは、いつ頃伝えたのでしょうか。

「夫に“付き合おう”と言われた時に。実は早発閉経で、子どもができないかもしれないと素直に話したら、『子どもが欲しくて付き合いたいわけじゃないから』って言ってくれたんです。

心のどこかで、“子どもを持った自分”を前提に将来を考えているんじゃないかと不安でした。でも、そうじゃない人もいるんだと、その時初めて自分に自信が戻ってきた気がします」

この瞬間にも、体の悩みを言えずにいる人がいるはず

──今後、卵子提供や養子縁組という選択肢については、どう考えていますか。

「正直まだ具体的には考えていません。

2人だけの生活に慣れてきた中で、子どもを迎え入れたら関係性がどう変わるのか、まだ想像しきれていなくて。もちろん、子どもがいるからこそ味わえる喜びや楽しさがあることも分かっています。

今は、ありがたいごとに映画のプロデュースの仕事に専念できているので、少し落ち着いたら、まずは夫との時間を大切にして、今後のことをゆっくり話し合えたらと」

──「自信がなくて結婚した」とお話しされていましたが、結婚してから変化はありましたか。

「これまでずっと、社会に対して何か成し遂げなければいけないという責任感で歩んでいました。

子どもを産まなければいけない労働力不足だから働かなければいけない、とか…自分以外にも、そういう重圧を感じながら生きている人は多いのではないでしょうか。

でも結婚してからは、そんなにたくさんの責任を自分一人で背負わなくてもいいんじゃないかと、少しずつ思えるようになりました。それは、夫がいてくれたからかな。

夫は、ただ何も言わずにそばにいてくれて。私が仕事で頑張りすぎているときには、トイアンナさん著書の『えらくならずにお金が欲しい』という本を、そっと机の上に置いてくれたり(笑)。“そんなに頑張らなくてもいいんだよ”という想いを感じました。ありのままの自分を受け入れるために、夫の力をたくさん借りていると思います」

──3月6日公開の映画『藍反射』では、千種さんの体験が起点となり、映画制作の企画が始まったとお聞きしました。映画に興味を持ったきっかけは?

「私が経験した早発閉経や不妊治療は、きっと同じように悩んでいる人がたくさんいるはずなのに、みんな口にしないので社会に十分認知されていないと感じていました。

高校時代の友人でもある監督の野本梢さんは、これまでも個人の悩みや葛藤を、社会に届く物語として映画にしてきた方。もし野本さんが“不妊”をテーマに物語を紡いだらどんな作品になるのだろうと純粋に興味を持ったのがきっかけです。そこに、野本さんと何本か映画を作ってきた映画プロデューサーの稲村久美子さんも加わり、企画が始動しました」

──どんな映画になったのでしょうか。

「当人がどういう苦しみや葛藤を抱えているかって、周りの人はなかなか想像ができません。なので、その人の感情当時の心情を色々な人に知ってほしいという気持ちが強かった。ブログや書籍、SNSなど伝える選択肢は色々ありましたが、映画として物語にすることで、観る人は主人公の感情を追体験できる

野本監督の作品は、丁寧かつ繊細に感情の揺らぎを描写し、現実の地続きにある『ありえそう』を提示することで、『自分の物語だ』と確信される力を持っています。観客は、その繊細かつ誠実なリアリティに接し『自分の周りにもこういう人がいるかもしれない』と自然に思えるんです。

そして、深山はるか(25)を演じた主演の道田里羽(みちだ・りう)さんは『当事者が作品のために物語にするために利用されたって思わせるような映画にしてはいけない』と、リサーチもかなりしてくださって。作品に携わってくれた方々のお力添えもあり、主人公のはるかのことが好きになって、応援したくなって、いつの間にか共感して、最後はホッとする…そんな作品になっていると思います」

──どんな人に観てもらいたいですか。

“悩んでいる人”ではない人にこそ、と思っています。悩んでいない人が観て、悩んでいる人の心に少しでも触れるような作品になっていたらうれしい。私は当時、周囲に自分の病気についてほとんど言えませんでした。きっと今も、言えずに悩んでいる人がいる

映画を通して、隣にいる誰かの痛みに想像力を向けられることができたりほんの少しでも誰かに優しくなれる。そんなきっかけになれたらうれしいです」

information
映画『藍反射』
映画『藍反射』
野本梢 監督

26歳で難治性不妊症と診断された経験を持つ気象キャスターの千種ゆり子が企画・プロデュースを務め、『愛のくだらない』の野本梢が監督・脚本、エグゼクティブプロデューサーを稲村久美子が務めた、20代の未婚女性の不妊治療を題材に描いたドラマ。突然の診断に直面した主人公が身体の悩みを誰にも相談できないまま周囲との関係に悩み、さまざまな人々との出会いを通して自分を見つめなおしていく姿を描き出す。2024年より東京国際映画祭に新設された「ウィメンズ・エンパワーメント部門」公式出品作品としてへ正式招待された注目の一作。3月6日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷ほか、全国7劇場で公開が決まっており、その他全国順次公開。

公式HP:https://ranhansha-movie.com/

photo_Wataru Kitao text_Maori Kudo

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