連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE39 奥村 忍

LEARN 2025.11.07

おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。

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街の歴史が見える場に構えた「離れの自室」。

好きなものに囲まれ、日々愛で、触れて、使い心地を確かめる。暮らしの場は、暮らしの道具を扱う仕事の心臓部。小さな子供がいる、家族にとって幸せな住まいとは別の、もう一つの拠点。

1.1階の入口から、専用の階段でアクセスする造り。ディスプレーされた空き瓶が並び、ワインバーのよう。
1.1階の入口から、専用の階段でアクセスする造り。ディスプレーされた空き瓶が並び、ワインバーのよう。

広い通りに面した大きな窓は真南向きで、天気がよければ日中はたっぷりと陽光が射し込む。向かい側に、昭和の面影を残す建物が並ぶ様子が見える。近頃では「ありそうでいて、なかなか見つからないものになってしまった、東京近郊の街の豊かな借景である。千葉県船橋市は、奥村忍さんが生まれ育った街で、通りは街で一番古い商店街だ。

「最近では一軒、また一軒と商いをたたむ店が増え、年々マンションに変わっていく。船橋という場所を象徴する通りに、その流れに逆行する場を持てたらいいなと思ったのです」

真っ白なキャンバスのように自分の暮らしを描ける物件。

2.事務所移転に際し中古で購入した〈飛騨産業〉の「HIDA ソファ」。両肘付き、2人掛け。
2.事務所移転に際し中古で購入した〈飛騨産業〉の「HIDA ソファ」。両肘付き、2人掛け。

もう一つのきっかけはコロナ禍だった。日常の半分を旅が占める生活は、ステイホームの日々に一転した。
「ちょうど下の子が生まれたタイミングで、普段家にいない自分がずっと家にいて、仕事もしなくては、という状況に家族のリズムが狂ってしまって」
夫婦二人暮らしの頃は、メゾネットの物件をDIYで自宅兼オフィスにして暮らしていた。が、長男が生まれてから、狭く急な階段も、食器がぎっしり詰まったオープンシェルフも心配の種になり、子供が安全にのびのび過ごせることを第一に考え、住まいを移していた。

「その頃から事務所の必要性はずっと感じていました。仕事柄、自分の心が動くもの、見て触れて心地よいと思うものに囲まれて過ごす時間は大切なので。と、いう大義名分の下に借りた、〝離れの自室〞ですね(笑)」

3.ワークスペース。ここに並ぶものは完全な私物で「旅の中で集まってきたもの、この先の自分に何か与えてくれるもの」。
3.ワークスペース。ここに並ぶものは完全な私物で「旅の中で集まってきたもの、この先の自分に何か与えてくれるもの」。

決断に至ったのは、理想の物件に出会ったからだ。ヘアサロンが退店した後で、天井は抜いてあり、壁を白く塗ったコンクリートの内装は撮影スタジオさながら。水道もガスも通っている。いわく「最小限の労力とコストで好きに作りやすい」。築60年超えと古く、不動産業者も退去時の原状回復についてうるさくない。立地と日当たりの良さは冒頭に述べた通りだ。

無機質なキッチンが中心、大量のものの集積が景色に。

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自宅であれ事務所であれ、最優先すべきものはキッチンとダイニングだ。愛用の長さ45センチのまな板を基準に採寸し、業務用厨房機材メーカーにオーダーした。自宅で作業台兼食器収納として活用していたステンレステーブルと合わせ、レストラン並みのスペースだ。木肌の表情が美しい大テーブルは日本の家具で、料理人の友人からのワケありの一時預かり品。そのまま譲り受ける話も浮上している。椅子は「民芸家具もすごく合うけれど、重厚になり過ぎる」と〈アーコール〉を並べた。

大きな家具は、ほかに木枠のソファくらいで、あとは床に敷き詰めた世界各国の布類を筆頭に、調理道具や器、装飾品など、ことも似ていない景色を作っている。どれも〈みんげいおくむら〉で紹介するもの、その延長線上にあるものだ。海の向こうからはるばる届いたもの、数百年前から多くの人の手を渡ってきたもの、世代を超えた知恵とされたもの。それらの来し方や行く末を思うと、物理的な空間を超えて思考が広がる。奥村さんの頭の中を覗き見るようだ。

独立してから、船橋市地方卸売市場で魚を買い、料理することが日常になったという。魚は土地ごとの旬に応じた魚種と味があり、旅が組み込まれた生活の中で、食生活に欠かせなくなったのだそうだ。一尾を買い、捌いて調理する。昔は当たり前だった一連の作業には「食べる」にまつわる本質がある。必要なもの、あると助かる機能、食材や料理が美しく映える色や形、光。好きなだけですよ」と、軽やかに語るが、暮らしの中で、ものを見る目、使う視点は日々、鍛えられているはずだ。

正方形に近い55平米の空間だが、階段から続く入口で区切られた一角を、ワークスペースとして活用している。トイレの奥の小さな空間は、その昔は二つ目のトイレだったが、今は収納に。
正方形に近い55平米の空間だが、階段から続く入口で区切られた一角を、ワークスペースとして活用している。トイレの奥の小さな空間は、その昔は二つ目のトイレだったが、今は収納に。

【TODAY'S SPECIAL】市場で仕入れる旬の魚が献立の主役。

HOME SWEET HOME 奥村 忍 ポテトサラダ

市場で買う魚で、家族の食事を作る。この日は軽く酢締めにした小肌をポテトサラダに。二人の子供も父の影響ですっかり市場好き、魚好きなのだという。器は〈焼谷山焼 北窯〉の松田共司さん、グラスは手吹きガラスの職人、太田潤さんのもの。新進のワイナリー、山梨県北杜市〈紫藝醸造〉の混醸の白とともに。

ESSENTIAL OF -SHINOBU OKUMURA-

とことん集める、並べる。ないものは作り出す。

( RUG )
異国の色を敷き詰めた床。
色やサイズ、素材も異なるラグを敷き詰める上級者テク。中国、アルメニア、パキスタンなど、時代も様々。二度と手に入らない可能性があるものも。


( FISH LABEL )
魚好きが集める酒。
魚のラベルが好きで「つい買ってしまう」と話すシングルモルトウイスキーのボトラーズブランド〈オーシャンズ〉シリーズ。写真以外に自宅にも。


( TEA CANISTER )
実はオリジナルの茶缶。
「ちょうどいいものがない」と、〈中川政七商店〉の友人に企画を持ち込み作った茶缶(現在は製造していない)。中国茶、台湾茶も酒と同じぐらい好き。


photo_Norio Kidera illustration_Yo Ueda text & edit_Kei Sasaki

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