連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE38 竹内万貴

LEARN 2025.10.08

おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。

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「物の見え方」を検証する、コンパクトな家。

「今とは違う環境でも、物と自分はやっていけるのか」。以前暮らしていたマンションと真逆の家を選んだのは、そんなチャレンジスピリッツから。条件に縛られず好きを貫くための、実験の家。

オープンバスルームが斬新な印象のワンルーム。天井高2.6m、窓の外は果樹の畑で、整頓が行き届いているのもあり、すっきりとして開放感がある。
オープンバスルームが斬新な印象のワンルーム。天井高2.6m、窓の外は果樹の畑で、整頓が行き届いているのもあり、すっきりとして開放感がある。

白い壁、コンクリートの床に、インダストリアルなオールステンレスのキッチン、オープンのバスルーム! ザ・モダンな室内に、どっしりとした古い木の家具が意外にもぴたり、ところどころに配されたニュアンスが異なるピンクのアクセントが目を惹き付ける。新旧、モノトーンとカラフルの好バランス。「とても小さい家で」と、話す竹内万貴さんだが、室内で最初に感じるのは、広がりと開放感だ。窓の外には広いテラスがあり、奥に果樹の畑が見える。

慣れ親しんだものや凝り固まった視点を見直す。

東京都西部の住宅街に立つ低層のデザイナーズマンションに暮らし始めて5年になる。その前に住んでいたのは武蔵野市の古い中層マンションで、とても気に入っていたけれど、引っ越しを決めたのは「一度デザイナーズに住んでみたい、という単純な動機です」と話す。

「器も家具も古いものが好きで、それらがなじむ古い家を選んできたのですが、シンプルでモダンな家でも、大事な物たちと自分はうまくやっていけるのか? という疑問がわいて」

都内でデザイナーズマンションとなると、予算面が大きなハードルになるから、広さは妥協した。前の家と比べて約6割の広さだが、天井が高く窮屈さはない。扉のないバスルームに初めから抵抗がなかったわけではないが、中国・厦門の旅で滞在したホテルを思い出したという。

「決して安宿ではないそのホテルにも、バスルームの扉がなく。自分は〝あって当たり前〟と思っていたものを〝必要がない〟とする考え方もあるのだなと」

意外なところで決断を後押ししてくれたのは、シンク下に据えられた2台のワゴンだった。

「あるものを生かし、選んだものを〝置く〟作業は好きだけれど、造作をDIYするのは苦手で。最小限のものが収納できるこのワゴンがあれば、やっていけると思ったんです」

2台の片方を調理器具用に、もう片方を調味料用に。キャスター付きで奥のものを取り出しやすく、掃除もしやすく、とても気に入っているそうだ。

家具やアート選びに加え食習慣にも変化あり。

器はすべて実家で使っていた棚(左)と親戚から譲り受け綺麗にした下駄箱に。池多亜沙子さんの書は、ここともう一カ所に飾られている。
器はすべて実家で使っていた棚(左)と親戚から譲り受け綺麗にした下駄箱に。池多亜沙子さんの書は、ここともう一カ所に飾られている。

実家や親戚から譲り受け、長く使い続けているという古い木の家具が、無機質な空間になじんで見えるのは先述の通り。周囲に置かれた書の作品、白い陶器の壺などが新と旧のつなぎのような、緩衝のような役割を担いながら、美しさを添えている。

書は兼ねてから敬愛する池多亜沙子さんの作品で、「この家ならば迎えられる、迎えたい」と、引っ越し後に求めた数少ないものだという。「飽くことなく眺め続けられ、眺めることで心が凪になる」と、満足そうに話す。くしくも引っ越す前にテレビを手放したというが、それも必然であったかにさえ思えるエピソードである。

同じように、二脚の椅子も、今の家に暮らし始めてから求めたものだ。「一目見て、家にあってほしいと瞬時に購入を決めた」のは、山梨県〈ギャラリートラックス〉の創設者でインテリアデザイナーの木村二郎さんの作品の復刻だ。

空間との因果関係は不明だが、日本酒の燗を好んで飲むようになったのも大きな変化だ。「キッチンとの距離が縮まったから?」と冗談ぽく言うが、10年以上前に買って、収納の奥で眠っていた錫のちろりが、なくてはならない相棒になった。

これまでと異なる住空間で、「物と自分はやっていけるのか」という実験のような転居から5年、新たに目に留まったもの、今必要とするものを楽しく味方につけながら、相当うまく「やっていけている」よう。新たな視点を手に入れた竹内さんの表現や仕事の幅は、またぐんぐん広がっていくのだろう。

築17年、約10畳のワンルームで、バルコニーも入れて23.5 m<sup/>2 だが不自由はなし。「水回りが片側に集約されているのも使いやすい」そう。岐阜県にある実家と、半々の二拠点生活。
築17年、約10畳のワンルームで、バルコニーも入れて23.5 m2 だが不自由はなし。「水回りが片側に集約されているのも使いやすい」そう。岐阜県にある実家と、半々の二拠点生活。

【TODAY'S SPECIAL】自宅では燗酒派、シンプルなアテと。

自宅では燗酒派、シンプルなアテと。

骨董市で買って十余年、「何度も捨てようと思った」錫のちろりが大活躍。湯煎で1分半が竹内さんの塩梅だそうだ。猪口より「たっぷり飲める」大きさの器は、中国の北朝鮮との国境近くの骨董店で求めたもの。熱伝導のよい錫は、ときたま酒を冷やす際にも便利。つまみは食材、調味料の質重視で、手間はかけない。

ESSENTIAL OF -MAKI TAKEUCHI-

気分よく、愉快に暮らすためのお気に入りとルール。

( KOREAN PINK )
韓国で集めたピンク色々。
韓国のピンクの色味が好きで、垢すりタオルから民芸品までつい買ってしまうのだとか。好きな韓国映画やドラマのグッズもなぜかピンク多め。


( ENTRANCE )
フラットな床の“結界”。
一般的な玄関はなく室内すべてフラットな床なので、ドアの前にマットを置いて結界に。汚れを入れない、とどめない習慣ができて一石二鳥。


( COFFEE TOOLS )
小さなカフェコーナー。
調味料用ワゴンの前面に愛用のコーヒーツールを。樺細工の豆入れは10年来の愛用品で、恵比寿〈ヴェルデ〉で豆を購入時、袋に貼られるシールを移植。


photo_Michi Murakami illustration_Yo Ueda text & edit_Kei Sasaki

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