「 母について 」| 「山崎怜奈の『言葉のおすそわけ』」第68回
好きな人の好きなものには問答無用で興味がある。それを自分も好きになるかどうかは別として、この人がどういうものに心ときめくのか知りたいのだ。例えば、実家に唯一全巻揃っていた漫画『生徒諸君!』は母のバイブルであり、私が人生で初めて読破した作品でもある。
母はまさに『生徒諸君!』のナッキーのごとく行動力があり、ただでさえバリバリ働きながら家事もこなしているのに、仕事とは関係のない資格を通信講座でコツコツと取得している。気付いたら何かしらのアドバイザーやらインストラクターやらプランナーになっていて、一体どこからその時間と体力が生まれるのか本当に謎。モチベーション維持も兼ねているのか、「今この勉強をしている」「何月にこれを受ける」などの報告が聞いてもいないのに飛んでくる。
自分の機嫌を取るのも上手く、年に数回は友人と休みを合わせてディズニーリゾートで遊んでいる。なので季節ごとの混雑傾向やパレード鑑賞時の穴場スポットにも異常に詳しく、良い感じに撮れたキャラクターたちの写真が時折LINEで送られてくる。大変な仕事を乗り越えたあとはフルーツと生クリームがふんだんに使われたパフェを食べに行っており、これも私はLINEで写真付きリポートを受信している。書いてみて思ったのだが、母にとって私とのLINEは、Xの投稿やInstagramのストーリーズ的な側面があるのかもしれない。
甘いものといえば、私が実家に住んでいた頃、母と出かけたとき何度も立ち寄った駅近の洋菓子店を思い出す。パティシエが厨房でケーキを作っている姿を店内の小窓から覗けるようになっていて、私が気を取られている隙に、母は箱入りのクッキーやジャムを買っていた。もちろん自分たちの分ではなく、これから会う人たちへの手土産として。祖父母や友達にだけでなく、マンションの管理人さん、当時家族揃ってお世話になっていた美容室や歯医者さんにまで。さらには主にメールでやり取りしている税理士さんにも、節目には日々のお礼として菓子折りを郵送。
いついかなるときも母というのは誰かと会うときに手土産を持たずにはいられない生き物なのか……？と冗談半分で思っていたけれど、私も20代後半で会食やホームパーティの機会が増えてきた頃にようやく気付いた。あらゆる場面で相手にちょっとした手土産を持って行くのは、決して母という属性によるものではなく、これまで積み上げてきたキャリアに裏付けされた、人との縁を大切にする気持ちの表れである。子供が大人になったとき、親のどんな姿を思い出すか。親が何を大事にしてきたかは、リアルタイムではなくて10年後20年後に分かることの方が本当に多い。
「見た目じゃなくて、性格！？」と本人からクレームが届きそうなので補足しておくが、ビジュアル向上への飽くなき探究心を持ち続けているところも、素直に尊敬している。いつからか母をひとりの女性として自分と照らし合わせるようになったのだが、芸能の仕事をしている私よりも美容モチベが高い。いつ会っても綺麗にメイクをしているし、誕生日にデパコスをプレゼントすると「あれ良かった！」などとフィードバックをくれる。定期的にクリニックにも通い、会うたびに最近試した美容法を嬉々として報告してくる。
そういうところ、やっぱり母は性格のかわいい人だし、学生時代からさぞモテただろうな、と容易に想像がつく。なのにどうしてこんなに寡黙で頑固で神経質で理屈っぽくて友達が少なそうな父（※悪口ではありません）と結婚したんだ……というひとりの女性として抱いた素朴な疑問は、今さら野暮なので聞かないでおきます。
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