きゃりーぱみゅぱみゅの大人なLADYになるわよコラム ~第62回 切迫早産で入院したわよ~
きゃりーぱみゅぱみゅが「大人なLADY」を目指す日々を綴る連載。おかげさまで、話題沸騰です。今回は出産の裏話を。
ご出産、本当におめでとうございます!
第62回 切迫早産で入院したわよ
皆さま、ごきげんよう。おかげさまで先日、第一子を無事に産むことができた、きゃりーぱみゅぱみゅです。
「出産は、鼻の穴からスイカを出すくらい痛い」
このネット情報はガチでした。
とりあえず陣痛がほんとに信じらんないくらい痛かったです。
でも陣痛なんて出産全体でいったらごく一部にすぎなくて、他にもめちゃくちゃいろんなことがありました。
あまりにありすぎて、もうどこから皆さんにお伝えしたらいいのか戸惑うくらいです。
まずは、出産まであと2カ月を切ったくらいで急遽入院。
「切迫流産」に続いて、早産一歩手前の「切迫早産」になってしまいました。
以前このコラムでもお伝えしたように、妊娠初期にライブをしていたら切迫流産になったので、それ以降はあまり動かないように気をつけていたんですよね。
でも後期になると逆に運動をしたほうがいいと言われて、よく歩くようにしていたら今度は切迫早産になるという…。
安静と運動のバランスがムズすぎます。
どうやら私は体を動かすと出血してしまったり、お腹が張ったりするタイプみたいです。
過去には、気づかないうちにストレスを溜めて円形脱毛症になったこともあったし、平気だと思ってたら靭帯が切れる一歩手前になっていたこともありました。
ほんと自分の体のことって、自分ではよくわからないものですね。
なお、切迫流産と切迫早産のどちらもやる人はたまにいるらしく、先生から
「お母さんも経験されました?」
と聞かれたので、そこらへんは遺伝とか体質の影響がけっこうあるみたいです(ちなみにうちの母は経験してないです)。
私は妊娠後期に入ったくらいから、重たい生理痛のようなキュ〜ッとなる痛みと、お腹の張りがちょいちょいありました。
でもいつも横になるとすぐ治るし、ネットで調べてみても「妊娠後期ではよくあること」とあったので、てっきり自分もそれだと思い込んでいたんですね。
で、その日も晩ごはんにラーメンを食べようと思って家を出ようとした瞬間に腹痛があったので、ちょっと横になることにしました。
ところがちょっと治まってきたかな?と思って、また外出しようとしたらやっぱりまだ痛い。
「病院に行こうよ」
案の定、夫のしょーのさんが言ってきました。
私が一言でも「体調が悪い」みたいなことを言うと、すぐに病院に行かせようとするタイプです。
「いや、しばらく様子見るよ」
私はいつものようにそう返そうとしたんですけど、でも…と思い直しました。
ちょうど翌日から夫婦二人での最後の旅行として、1泊で箱根に行く予定を立てていたんです。
出先で何かあったらやばいし、何もなくても不安なままでいたら旅行を楽しめないよな…。
というわけで、たぶん何もないだろうけど、一応、念のために病院で診てもらうことにしました。
時間はもう夜の9時くらい。
電話口で先生から「可能でしたら、今すぐ来てください」と言われて病院へ。
そしてお腹にパッドみたいな器具を当てて、赤ちゃんの状態を診る「NST(ノンストレステスト)」を受けました。
「このあと、〈天下一品〉でラーメン食べよう」
「天一は池尻店がうまいらしいよ」
そんなことを夫婦で話しながら診断結果を待っていたら、先生と看護師さんがやってきました。
「あのね〜、今から入院」
今の週数にしてはお腹が張りすぎてることがわかったんだそうです。
ええええ〜〜〜!!?
あまりに急展開だし、明日は待ちに待った箱根旅行。
「入院って、例えば明後日からじゃダメですか?」
ずっと前から企画していた最後の夫婦二人旅行なので、ダメ元で聞いてみました。しかし…
「旅行先で破水したり陣痛がきたら、もう産まなきゃいけなくなりますよ」
う〜ん、それは旅行中止!
妊娠37週にならないと赤ちゃんは自力で肺呼吸ができないらしく、もし今生まれてしまったら、おそらくNICU(新生児集中治療室)に入ることになってしまいます。
「…じゃあ、荷物を取りにいったん家に帰ってもいいですか?」
「それすらもダメです」
こうして私はそのまま病室に連れて行かれて、24時間点滴生活がいきなりスタートしてしまいました。
結局、荷物はしょーのさんが家から持ってきてくれたんですけど、彼が帰ったあと、一人シクシクと泣いた私。
「こうなったのは自分のせいじゃないよ」って看護師さんとか先生とか、皆さんは優しく言ってくれます。
だけど、やっぱり自分を責めちゃうんですよね。
あんなに歩きすぎたからだとか、仕事もできると思ったけどそういうことじゃないんだとか…。
とめどなく押し寄せてくる後悔の念。
そして、思いどおりにいかないマタニティライフに「なんで自分ばっかり…」と、つい誰かと比べてしまう気持ちも湧いてきます。
次の日、目覚めたら、自分が今どこにいるのかわからなくなっていました。
寝ぼけ眼のままトイレに行こうとするも、ビイーンと伸びた点滴のチューブが私を現実に引き戻します。
「あ、入院してるんだった…」
規則正しい生活。
朝、昼、夜、3食決まった時間にごはんが出てきます。
点滴はずっとしっぱなしです。
だんだん私の腕は針を刺した痕だらけになり、シャブ中の腕みたいになってしまいました。
注入していたのはリトドリンという薬で、別名ウテメリンともいうらしいんですけど、子宮収縮を抑える薬です。
副作用としては手の震えとか動悸がけっこうあって、入院初日はやっぱり寝付きが悪かったです。
私は点滴をしながら、ひたすら先生の診察を病室で待つという日々を過ごしていました。
先生はお産をメインでやっているから、診察の時間が決まっていません。お産がないときに診てくれるという感じです。
なので私は部屋で一日中、ドアをコンコンとノックされるのをじーっと待つのみ。
それがなんだか囚人っぽい生活だなと、天井を見つめながら思いました。
あ、でも一応言っておきますけど、私が入院した病院はぜんぜん刑務所みたいな感じではないですよ!
それまで自由だったのにいきなり制限ばかりの入院生活になったという状況が、ちょっと塀の中に似ているなというだけの話です。
病院についてはむしろ対応がめっちゃよくて不満なんて1ミリもないし、そして何より先生と看護師さんが本当に素晴らしいです。
なんせ切迫流産のときに、実はまだ生きている赤ちゃんを見つけてくれた命の恩人“ドク”がいる病院ですからね〜。
もちろん今回、ドクと再会することができました。
入院して数日が経過して、単調で先の見えない生活に嫌気がさしていたタイミングでちょうどドクが当番の日になったんです。
「入院しちゃった?」
久しぶりの再会で、ドクは優しく声をかけてくれました。
私が「いや〜、はは…」と力ない返事をすると、「いや笑い事じゃない笑い事じゃない」と言いながら早速、診察。
「順調に行くと、いつ頃退院になりそうですかね…?👀」
その頃は不安とか孤独感とか24時間の点滴のしんどさがMAXで、とにかく一刻も早く退院したかった私はしびれを切らして聞きました。
すると、「そりゃ帰りたいよね。病院好きなわけじゃないもんね」とドク。
「早く帰したい気持ちもあるけど、でもあなたの人生で今までこんなに休めたことってないんじゃないの?」
そう言われた瞬間、私のきゃりーぱみゅぱみゅとしての歴史がバーッと走馬灯のように頭をよぎりました。
「今は最後の一人の時間だと思って、本を読んだり音楽を聴いたりゆっくり自分と向き合って過ごしてみてね。赤ちゃんが生まれちゃったら自分の時間なんてなくなっちゃうんだよ〜。贅沢なご褒美だと思ってさ!」
?!???!?
なんていい先生なの?????😭😭😭
たぶんドクにとっては、私を励まそうとして特別に言った言葉でもなく、何気ない一言だったんだろうと思います。
でも、それがめちゃくちゃ私の心に刺さって、もうマジで涙が止まらなくなってしまったんですよね。
あまりに泣きすぎてしまったせいで、あとで看護師さんから「あの…、その涙って辛くて泣かれていますか? 大丈夫ですか?」と心配されたほどです。
で、それからはもう気持ちがガラッと変わりました!
私は赤ちゃんのために入院しているんだ。
点滴が嫌だとかシャバでラーメン食べたいだとか、なんで今まで自分のことばかり考えていたんだろう。
なんなら病院にいるほうが赤ちゃんにとっては安全なわけだし、もう何でも来いや!
みたいな感じで無敵母ちゃんモードに突入💪
ドクは「最後の一人の時間だと思って」と言ってたけれど、それが逆に「もう一人じゃなくて二人なんだ」という気持ちにさせてくれました。
あ、いや、厳密には「三人」ですね。
そう、夫のしょーのさん。
今回、離れて暮らすことになって、もっと好きになりました!
いつも一緒にいてそれが普通になっていたけど、私にとってすごく大切な存在なんだと気づかされました。
毎日毎日、私が喜びそうな差し入れを持ってきてくれたり、面白い話をしてくれたり、私以上に私の状態とか事務手続きを調べてくれる、しょーのさん。
私だけに大変な思いをさせてしまっているという罪悪感が何をしていても湧いてくるみたいで、お見舞いのあとにいつも一人でラーメンを食べている姿を想像すると泣けてきます。
気分転換のために、もっと友達と飲みに行ったりサウナに行ったりしてきていいんだよ〜!
改めてこの人と結婚して、家族になれて、本当に幸せだなと毎日思うようになりました(照)。
その後、おかげさまで容態は順調に回復。
腹痛とお腹の張りは日に日に和らいでいって、それに伴って点滴の量も徐々に減っていきました。
そして、急に迎えた退院の日。
きっかけは、私の腕でした。
もともと私の腕の血管って見えにくくて「点滴の針を刺しづらい」ってずっと言われてたんですよね。
そのせいでしょっちゅう腕の中で液漏れを起こして、それがまあ痛いこと痛いこと…。
そのたびに針を刺し直すんですけど、何度もそれをやっているうちに、左腕にもう刺せそうな場所がなくなってしまいました。
で、利き腕の右腕に刺すことになったものの、そっちでも何度も液漏れと刺し直しを繰り返し、結果、両腕がボロボロに…。
その限界突破ぶりを見かねた看護師さんが「ちょっと一回先生に聞いてきましょうか?」と言ってくれました。
すると、検査結果と腕の状況から「もう点滴から内服薬に切り替えても大丈夫だろう」と先生は判断。
こうして1週間に及ぶ入院生活に、ついに終止符が打たれることになりました。
入院も突然なら、退院も突然でした。
1週間ぶりのシャバの空気は本当にうまかったですね〜。
出たらまずはラーメンを食べようかな〜?とか入院中は思ってたんですけど、いざ出てみたら、まずはとにかく愛犬のあめちゃんに会いたくて会いたくて。
あと、病院ではずっとシャワーだったので、久しぶりに湯船に入りました。
そして箱根旅行用に新しく買っていたコスメを使って、久しぶりにメイクもして噛み締めました。
ほんっっとーに自由って素晴らしいって。
好きな人と会って、好きなものを食べて、好きなところに行けるというのがどれほど幸福なことなのか!
何が起きるかわからない妊婦生活は、ほんと綱渡りな毎日です。
一見、ポーンと産んでるふうに見えるインスタキラキラ女たちも、裏ではあの陣痛を耐えて産んでるわけですし、本当にみんなそれぞれ大変な思いをして妊娠・出産をしているんだなあとつくづく思います。
私は入院中、切迫早産になった人の体験談をブログやTikTokで見て、「自分は一人じゃない」と勇気をもらっていました。
だから私もちょっとでも誰かを勇気づけることができたらいいなと思って、今これを綴っています。
とまあ、そんなわけで、私の自己管理が下手くそなせいで切迫流産にも切迫早産にもなってしまったけれど、それをひとつひとつ乗り越えてここまで来てくれた赤ちゃん。
次回、いよいよ外の世界に出てきます。
寝てたらパチンという音とともにいきなり破水!
陣痛のあまりの痛さに腰が砕け散り、ドクのメガネに血しぶきが飛び散る!
無痛分娩で困ったこととはいったい…?
次回の「大人なLADYになるわよコラム」お楽しみに!