連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE22 馬田草織

LEARN 2024.07.31

おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。
食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。

本連載「HOME SWEET HOME」の記事一覧はこちら

リノベは短期決戦で、暮らしながら自分のカラーに。

東京・下町のリバーサイドに立つ高層マンションの一室。一大決心してリノベーションを断行。キャリアや子供の成長に合わせて細部を変え、着心地のよい服のような空間に整えた。

リビングには大ぶりのグ リーンと敬愛する猪熊弦一郎 のアートを。
リビングには大ぶりのグ リーンと敬愛する猪熊弦一郎 のアートを。

 初めて一人暮らしをした部屋は、東京・根津の和菓子屋さんが入るビルの上だった。「朝、あんこが炊ける匂いで目が覚めて」と、うれしくも懐かしそうに話す。隅田川の花火大会を部屋から見たいという〝野望〞から、浅草の雷門通りのマンションに住んだことも。会社を辞めてフリーランスになったり、出産をしたりとライフステージに合わせて引っ越しをしてきたが、馬田草織さんが選ぶのはいつも東京の東側だ。
「たまには違うところに住みたいと思うこともあったのですが、下町の空気が性に合って」
 今暮らしている家は、現在高校生の娘が小学校に入学するときに購入した。隅田川を見下ろす高層マンションの中層階、南向きの角部屋で、晴れの日は「ガンガンに」陽が射し込む。風通しも抜群によい。
「川の流れだったり光や風だったり。自然の動きを感じることはすごく大事。気持ちがよく、それだけで元気になれるから」

決断、決断、決断、勝負のリノベーション。

白い棚は〈TRUCK FURNITURE〉にオーダー。名作椅子「ルントオム」は転居前からの愛用品。
白い棚は〈TRUCK FURNITURE〉にオーダー。名作椅子「ルントオム」は転居前からの愛用品。

 昔ながらのファミリータイプの物件を、入居時にリノベーションしている。不動産の購入も、リノベーションというもう一つの〝大きな買い物〞も初めての経験で、「決断、決断の連続でした」と、振り返る。前提条件となるのが、予算と工期だ。馬田さんの場合は以前住んでいた家の契約等の問題で、物件購入から4カ月後には入居しなければならないと、工期はかなりスリリングな状況だったという。 
 わずか1カ月で5社の業者に会って話をし、結果、友人の建築家に依頼する。経歴や経験に加え「コミュニケーションの取りやすさ」を考慮してのこと。欲しかったのは、明るさと開放感。個々に独立した空間を緩やかにつなげ、窓からの光が室内全体に回る構造にすることが第一だった。独立型のキッチンをオープンにしてダイニングとつなげ、和室は洋室にして子供部屋に。さらに子供部屋の窓からの光がキッチンに届くよう壁の上部を格子にした。「壁自体を取っ払い、必要に応じて仕切る」という大胆な案もあったが、子供が成長すればプライバシーも重要になると考えた。結局、格子部分には後にすりガラスの窓を付け、光や風を取り込んだまま、親子それぞれの時間を緩やかに分ける形に落ち着いている。 
 意匠は、部屋の印象を大きく左右する壁と床から考えた。壁は貝殻を再利用した漆喰で塗り跡の温かみを残し、床は絨毯に。縦の織り目を利用し、部屋の広さを感じられる敷き方にした。
 話を聞けば、仕事で鍛えた〝編集力〞の賜物? 大枠からディテールへと優先順位を決め、希望を形にしていくプロセスは実に鮮やかだ。

広めのバルコニー付き2LDK。〈田邉淳司一級建築士事務所〉に依頼したリノベーションの様子はブログ(https://badasaori.blogspot.com/※現在休止中)に詳細に綴られている
広めのバルコニー付き2LDK。〈田邉淳司一級建築士事務所〉に依頼したリノベーションの様子はブログ(https://badasaori.blogspot.com/※現在休止中)に詳細に綴られている

光と風があふれる室内、ポルトガル愛が彩りに。

キッチンに立つ馬田さんの姿が、ダイニングから見える。吊り収納は、格子からガラス窓の修繕と同時期に〈CASICA〉が手掛けた。
キッチンに立つ馬田さんの姿が、ダイニングから見える。吊り収納は、格子からガラス窓の修繕と同時期に〈CASICA〉が手掛けた。

 光と開放感を手に入れた家を、あとは暮らしながら整えてきた。好きな家具を揃えたり、アートやグリーンで彩りを加えたり。コロナ下に二度目の小さなリノベーションも断行した。先述の格子をガラス窓にアップデートしたのもこのときだ。
 出版社を退社して独立した頃は「自分が料理研究家を名乗るとは夢にも思っていなかった」と話す。先輩編集者から助言されて著書を記す決意をし、テーマに選んだのがポルトガルの料理、食文化だった。「華やかさはないけれど、素朴で飽きがこず、日本の食生活に無理なくなじんでワインと合わせる楽しみもある。おいしいもの好きに教えたくなる味です」
 言葉の通り、幾度も足を運びながら、かの地の味を伝え続け、今では第二の故郷のような土地になった。ニッチ(壁の飾り棚)やオーダーメイドのシェルフに旅で集めたカラフルな器やオブジェをディスプレーしたダイニングキッチンは、「ポルトガル食堂」としても活躍している。

元は壁だったダイニングと主寝室の間は、つなげて引き戸を付け、動線を確保しながら広がりが感じられるようにした。
元は壁だったダイニングと主寝室の間は、つなげて引き戸を付け、動線を確保しながら広がりが感じられるようにした。
奥行きが広すぎて使いづらい収納は、ダイニング側半分をニッチにして活用。
奥行きが広すぎて使いづらい収納は、ダイニング側半分をニッチにして活用。

手軽に、すぐに食べたいときに飽きない味。

食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。 CASE22

すりおろしたじゃがいもに小麦粉と刻んだ玉ねぎ、ハムかベーコンを〝適当に〞混ぜてフライパンで焼き、黒胡椒をふれば完成。「昼食につまみに、小腹が空いたときにも」というじゃがいものお焼きは、「得意な料理だけ作る」という馬田さんの父が、異国のどこかの味を再現したものだそう。ポン酢で和風にも。

ESSENTIAL OF
SAORI BABA

構造も意匠も、ディテールを計算し尽くす。

( ANTIQUE )
開けても閉じても絵になる飾り棚。
両開きの扉が付いた小さな飾り棚は、オランダのアンティーク。ポルトガルの器を中心に収納し、開けっぱなしにしても見て楽しいコーナーに。

画像の説明

( BOOKS )
膨大な資料はスマートに収納。
増え続ける書籍、雑誌のすっきり収納術。寝室の一部を改装した収納の内側に書架を造り付けた。室内からは見えないが常に整理整頓。

画像の説明

( WINDOW GLASS )
独立性と光の共有を叶える窓。
子供部屋とキッチンの間仕切り。入居時は双方が見える格子で仕上げ、後に開放可能な光と風を通すガラス窓に。修繕は新木場の〈CASICA〉に依頼。

画像の説明
photo_Norio Kidera, Tetsuya Ito illustration_Yo Ueda text & edit_Kei Sasaki

Videos

Pick Up