連載〈HOME SWEET HOME〉 食のプロのセンスをインテリアから学ぶ。
CASE20 田代翔太
おいしいものを作る人、おいしい場所をプロデュースする人。
食に関わるプロフェッショナルのセンスを、プライベート空間のインテリアから学びます。
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風と光が優先、ディテールはDIYで自分のカラーに。
床はほぼ全面と、一部壁も張り替えるリノベーションをDIYで敢行。手間をかけた分、着なれた服のように体になじむ部屋ができた。家具に器まで、手触りのよいものに囲まれて。
角部屋でリビングにはもちろん、コンパクトなキッチンにも窓があり、いい光が入る。外の景色にも心地よい抜け感がある。加えて一部屋分の広さがあるルーフバルコニー付き。「これが決め手になった」と田代翔太さんは話す。
「まだバルコニーはほぼ手をかけていなくて。これから好きに造っていけたらと」
フランス修業時代から転々と、ライフステージに合わせていろんな部屋に暮らしてきた。昔からピカピカの新しい部屋よりも、古いほうが落ち着く派。今のマンションは、小田急線の経堂駅近くに〈シェ・ロナ〉を開いたのを機に、店から徒歩圏内に借りた部屋だ。築約20年のマンションは、壁や床材などは好みとは言えなかったが、「間取りは変えられないけれど、壁や床なら変えられる」と、DIYでの修繕を前提に契約。あるものを生かし、細かいところに手をかけて自分のカラーに仕上げるのは、これまでの家でも2軒の店でもやってきたことだ。
カセットで聴く音楽と、いかめしい製菓専門書と。
キッチンとダイニング、リビングから廊下まで、床を無垢のフローリングで統一し、壁は一部をベニヤの合板に張り替えた。新しい電動ノコギリまで買っての大仕事だったが、いわく「〝古いわりにきれい!〟と、女性が好みそうな」明るい内装が、アンティーク家具や民藝玩具のコレクションがしっくりハマる、どこかラフでかつ落ち着いた空間に生まれ変わった。
家具は、北欧のアンティークを中心に、日本の古道具や受注生産のクラフトなソファなどをバランスよくミックス。年代や生産地域はバラバラでも、重厚感と温かさがすべてに共通する。季節や気分に合わせたラグを敷き、敬愛する画家の作品から蚤の市で見つけた掘り出しものまで、さまざまなアートを飾り、音楽はカセットテープを198
0年代の子供向けプレーヤーで再生する。カラフルなプラスチック製のそれは少し異質な気もするが、ものが纏う時代感のせいか妙に収まりがいい。すぐ下の棚に収められた製菓や料理の専門書のいかめしい背表紙とは好対照を成しているが、どれもが田代さんの日常に欠くべからざるものなのだ。
いつ何をどう食べるかで習慣が、暮らし方が変わる。
会食も多く、自炊の頻度は高くないけれど「キッチンは大事で、最低限のスペックは不可欠」。ここにもDIYで収納を造り付け、照明をカスタマイズし、機能とデザインで選びぬいた道具を、リビングからの見え方までも計算して美しくディスプレーしている。菓子を作るとなると仕事モードになるけれど、料理はリラックスできて気分転換にもなるから、キッチンに立つのは好きで、店でも賄いは率先して作るのだとか。
「菓子屋は、レストランと同じくらい労働時間が長いのに、材料がないから賄いがないことが多い。自分がオーナーになったら賄いをちゃんとしたいとずっと思っていました」
自宅での食事は、飲みながら時間をかけてつまめる、サラダや豆腐料理などの軽いものが中心。数品をささっと支度して、洗い物まで済ませてから寛いで楽しむのだとか。晩酌はワインではなくビールで、イベントを機に親交を深めたガラス作家、ピーター・アイビーさんのグラスを愛用する。「アイビーさんのグラスを使い始めてから、ビールが劇的においしく、飲む時間が楽しみで、そわそわするくらい。寝落ちして片付けは翌朝なんてこともなくなり、大事に洗ってから寝るように。グラス一つで生活まで変わる。プロダクトの力を感じました」と、喜
々として話す。大枠から細部まで妥協せず、手を動かして住まいを調え、手で感じながら暮らす。その手と感性で、ベーシックなのにどこか新しいと感じる菓子や、高揚感があるのに居心地がいい、どこにもない店を作ってきたのだろう。
リラックスして時間をかけて食べられるもの。
料理は好きだけれど、手の込んだものを作ると「おいしいうちに食べなくちゃ、という気持ちに急かされて全然寛げない」。夜は外食も多いから、自炊デーは胃腸の調整日に充てるべく、野菜や豆腐のさっぱりつまみで、ちびちび飲みながら、音楽や本を楽しんでリラックス。家ではワインよりビール党。
ESSENTIAL SHOTA TASHIRO
アナログなもの、手の跡が感じられるもの。
( GLASS )
日常使いのものの、密かな特別感。
敬愛するピーター・アイビーの作品。希少なアートピースも素晴らしいけれど「日常使いのものが大事」という考えに、職人として共感を抱く。
( CASSETTE TAPE )
店も自宅も、音楽はカセットで。
レコードの価格が上がり、入手も困難な今、カセットテープが気分。ワインの木箱製のラックは、渋谷区西原の古着店〈PALETOWN〉で。
( FOLK ART )
旅するたびに、増え続ける民芸品。
数年前から民藝玩具にハマり、旅先で買い求める日々。メキシコ・オアハカのもの(写真)をリビングに、日本のものは玄関に飾っている。