今、見ておくべき「うつわ」のギャラリー 京都にオープンした〈ギャラリー 京都寺町菜の花〉へ。
うつわのギャラリーと呼ぶにはちょっと抵抗がある人もいるかもしれない。黒田泰蔵の白磁の作品と井上有一の書となると、ファインアートの世界だろう。よきものを鑑賞し、豊かな時間を紡ぎたい。京都に、ひっそりと新しいギャラリーが誕生した。
〈ギャラリー 京都寺町菜の花〉。主は、ひょいと暖簾から顔を出している高橋台一さんだ。お蔵の扉のような戸を開けて中に入ると、2つの空間に分かれている。小さいながら、内包する世界は深遠である。井上有一の今にも動き出しそうな力強い書と、静かに光を放つ黒田泰蔵の作品が置かれている。そもそもは、1905(明治38)年創業の和菓子店の3代目として生まれた高橋さん。25歳で店を受け継ぐと、15年後には直営店〈和菓子菜の花〉を神奈川県小田原に開く。
小空間ながら内包する世界はとてつもなく大きい。
子どもの頃からうつわや骨董が好きだったという高橋さん、気がつけば、まるでうつわのコレクターのようになっていた。「といっても、私はコレクターではないんだけれど、自分の好きなうつわや書は、ぜひ見てもらいたいと思って」、ギャラリー〈うつわ菜の花〉も手がけた。「直感でいいと思ったものを手に入れる」と言うが、そのよすがとなるのが長年磨き上げてきた美意識だ。
〈ギャラリー 京都寺町菜の花〉は生まれたばかりのギャラリーだが、高橋さんにとってはすでに特別な存在となっている。「長く交流し、集め続けた黒田さんの作品に一番ふさわしいのは、東京ではなく、京都だという確信があったんです。だから、この場所にお店を、というお話をいただいたとき、“黒田さんのための空間”が空いたと思いました。黒田さんのために使いたい、と」
今、井上の書とともに、しっくりと京都という町になじんでいる黒田の作品は、大きく手を伸ばしてのびのびしているように見える。「どうだ、いいだろう」と威張るような作品では、まったくない。高橋さんも同様だ。「どうです、いいでしょ」なんて決して言わない。ただ淡々と、自分の好きな作品を並べ、ここに来る人が何か気持ちを動かして帰ってくれたらいい。ただただ、そんな思いなのである。
黒田は生前、高橋さんが井上の書を集めていると聞いて、「井上有一か。そんなにいいかな」と言っていたというが、今は、2人の作品が仲よくマッチしている。高橋さんの慧眼だ。2017年、〈和菓子菜の花〉の社長を勇退し、店を息子に譲った高橋さん。忙しいながらも、感性的な世界に邁進できる環境となった。そんな中での京都への進出である。「京都という町に腰を据え、ここから新たなスタートを切りたいと思っています。いったん、気持ちをリセットして、何年続けられるかわかりませんが、何を見せたいか、よく考えていきたい」。
次々と新しくおもしろい企画を繰り出してきた高橋さんだが、ご本人にとってはごく普通のことだ。これから、どんな驚きを与えてくれるのか、楽しみに待ちたい。
〈ギャラリー 京都寺町菜の花〉/京都
高橋さんが大切にする2人の作家のために開いたギャラリー。様々なことを教えてくれる作品群だ。
■京都府京都市中京区寺町通丸太町下ル下御霊前町633
■075-708-7067
■12:00~18:00 水休
Navigator…高橋台一(たかはし・だいいち)
今年で創業117年を迎える和菓子店の3代目。店名の〈和菓子菜の花〉は小田原市民に募って生まれた。社長勇退後はうつわと共に多忙を極める日々。