伝えたかった、言葉たち。 山崎怜奈の「言葉のおすそわけ」第12回
アイドルとしてはもちろん、ラジオパーソナリティとしても大活躍。乃木坂46の山崎怜奈さんが、心にあたためていた小さな気づきや、覚えておきたいこと、ラジオでは伝えきれなかったエピソードなどを、自由に綴ります。
(photo : Chihiro Tagata styling : Chie Hosonuma hair&make : Yu Kuroda)
「理想の手」
私は手にコンプレックスがある。全体的に白くて丸みがあり、グーにするとクリームパンみたいだ。指尖球、母指球といった、手のひらをぱっと開いたときに盛り上がる部分にもちゃんと厚みがある。そして手が大きい割に、手相がシンプルすぎる。「手相は皮膚のシワ」と言ってしまえば終いなのだが、雑誌で手相の特集を見かけるとどうも気になってしまう。だが結局、特徴的な線は自分の手のひらにはひとつも見当たらないし、占い師さんに直接見せたときも特に言及されなかった。大学の試験期間になると芯の出ていないシャーペンの先端で頭脳線をなぞっていたくせに、手相なんてその日の肌の乾き具合とかでめちゃくちゃ変わりそうだよな、などと可愛くないことを思っているからいけないのだ。それにしても、手のひらに刻まれたいびつな曲線を見ただけで色々と分かってしまう人もいるなんて、何度考えてもゾッとする。
子供っぽさの残る丸い爪もあまり好きではない。ツヤがあってシュッとした形の爪に憧れて、ネイルサロンで整えてもらったこともある。その指で何をするのかというと、料理をしたり、お化粧をしたり、洗濯物を畳んだりと、ただ日常生活を続けるだけなのだが、ふとした瞬間に整った指先が目に入るたびに、特有のちゅるんとした立体感にうっとりしてしまう。でも、キーボードを打つたびにカチャカチャと爪先だけが当たる感じが気になり始めると、結局すぐにネイルを落とし、いつものように短く切りそろえてしまった。
指が長く関節もしっかりしているので、指輪選びも難しい。そういえば、過去に何度か「ピアノやってたんですか?」と訊かれたことがあった。たしかにリーチを活かすことできれば、鍵盤の端から端まで使うような楽曲を弾きやすいかもしれない。でも、私は左手と右手が異なるリズムで違う動きをする、という動作が苦手なので、誰でも弾けそうな『猫ふんじゃった』すらハードルが高い。同じような理由で、エッセイを書くときもキーボードを打つのがめちゃくちゃ遅い。大学時代にさんざんレポートを書いたおかげでタッチタイピングは習得したけれど、いつまで経ってもなぜか指さばきが上達しない。
そんなことを考えているせいで、つい他人の手もまじまじと見てしまう。好みの顔などは特にないのに、おかげさまで好きな手の特徴は結構はっきりと答えられる。さすがに手だけを見てときめくことはないが、初めて会った人が綺麗な手をしているとうれしくなってしまう。
たとえば、高校の同級生だったTちゃんの手は、今でも印象に残っている。そもそも、彼女は非の打ち所がない美人だった。とても端整な顔立ちをしていて、ぱっちりと大きな目に、鼻筋もしっかりとしている。ファッションモデルのような華奢さで、体育の時間に着るジャージの丈が足りていないところを見るからに、腰の位置も高い。誰もが認めるスタイルの良さだけではなく、親しみやすい気さくな性格で、クラスの中心でおどけている姿を私は度々目にしていた。字も達筆で頭も良く、運動もできてしまう、まさに完璧な美人なのだが、私は何よりも彼女の手に一番目がいった。
今にも折れてしまいそうなくらい繊細な手、血管が透けて見えるくらい白くて薄い肌、ほっそりと綺麗に伸びた指、長くて丸い桜色の爪。美人は末端まで美人なのだ。彼女の手を思い出しながら、ふとキーボードを打つ自分の手に目をやる。何度見ても理想の手とは程遠い。
それでもこの手が憎めないのは、やっぱり好きだと思えるところもいくつかあるからだ。神社で柏手を打つときに、大きな音を出せるところ。人にも大きな拍手を送ることができるところ。おいしいおにぎりを握れるところ。陶芸と相性がいいところ。肩揉みに定評があるところ。あと、こうして書き出してみると、父の手にちょっと似ている気がするところも。