【カレーときどき村田倫子】 中野〈カレー独歩ちゃん〉でいただく、3種の個性豊かなカレー。自然の恵みがたっぷり!素敵な食体験に心打たれる。
「カレーときどき村田倫子」へようこそ。食べたいカレー屋さんを訪ね、自身でつらつらとカレーに対する想いを綴る、いわば趣味の延長線ともいえるこの企画。今回は、中野のカレー屋さん〈カレー独歩ちゃん〉を訪れました。
遊び心をもって日々を紡ぎたい。それは私の人生のモットーであり、自分をご機嫌にする一番のスパイスだ。本日訪れたのは、そんな私の心をぎゅっと鷲掴みにした衝撃的な一皿。同じ温度を帯びた愉快なオーナーが紡ぐ、その日限りのとっておきのカレー。
ん?ここはカレー屋さん?ピンクに染まった壁、アンティークの家具、天井に咲くドライフラワー。
魅惑的な骨董屋さんに迷い込んだようなどきどきが漂う店内。城主である独歩ちゃんの好きのエッセンスが集まった、宝箱のようなお店だ。秩父の山奥で生活を営んでいたという独歩ちゃん。そこで出会った食と生命の恵みに心を打たれ、圧倒されたという。
「余すことなく食材を楽しむ。山の生活で出会った食への姿勢に背中を押されました」。
そのときの経験が引き金となり、元々興味のあったハーブやスパイスの知識、出会う人のご縁に誘われ、何かに導かれるようにカレーを振る舞うことを決めたという。カレーに対しては更地の状態。だからこそ、遊び心のある試行錯誤を繰り返し、〈カレー独歩ちゃん〉のカレーが仕上がった。
「カレーは日替わりです。その日の食材の顔ぶれや状態、そして今日訪れるお客さんの顔を思い浮かべて、楽しみながら作っていくんです。その日のお客さんの表情をみてから、当日に少しアレンジを加えることもあります」。
DJがフロアの空気を敏感に読み取って自由自在に音をミックスさせるように、独歩ちゃんのカレーには、いつだって余白と好奇心がある。
「今日は倫子さんを思い浮かべてカレーを考えました」。
わ…そんなうれしい。なんだか恋文を渡されたようにどきどきしちゃう。それは、どんな内容なんだろう?
花々が咲くガーデンのようなカレー。カレーの配置、副菜のバランス。お皿というキャンバスに彩られたカレーの景色。あまりの美しさに思わずため息が溢れる。
メインとなる3種のカレー。そこにいきいきと混在する副菜のブーケたち。“むかご、押麦、ヤーコン、紫芋、ふきのとう、辛いココナッツ、赤玉玉葱、芽キャベツ、菊芋、青長大根、親指ほうれん草、しめじのなめ茸、カスメリティー”。文字で並べただけでも相当愉快な顔ぶれ。
野草が主役の「なずな出汁の野草カレー」。“ギシギシ、ユキノシタ、カラスノエンドウ、スイバ、オヤブジラミ、タネツケバナ”。山梨の〈つちころび〉さんから仕入れた新鮮な野草等。
一口含んであっと声が出る。勝手にほっこりな味を想像していたけれど、野草が隠し持った個々の旨味の牙が、せーので味覚を刺激する。咀嚼するうちに、大きなコア層のおいしいに着地して、まあるい余韻を舌先に残すから不思議。
なにこれ、すごいおいしい。サブかと思っていたら、胸を張ってメインじゃない?
たけのこ芋、ココナッツカレー。
「里芋からほっくり感を少し引いて、より食感を楽しめる芋です」。
その言葉が本当にぴったりの知ってるようで新しいお芋。そしてその良さを引き出す、とろける優しさのココナッツカレー。
不意に鼻を心地よく抜けるスパイスと辛味に、はっとする。ただの優しいやつじゃない。楽しいの種が、細やかに仕込まれている。うーん、ずるいです。
「今日はお肉のカレーが入っていますが、ない日の方が多いかも知れません」。
ミートなしで、こんなにしっかりとしたコアを持つカレーが手札にいるならば、その提供方針には納得だ。でもね、ポークの打撃に私は驚いた。天然の青色“バタフライピー”で染められた押し麦に囲まれた、花開く大地に隠れる「マイクロリーフのポークキーマ」。
ギュン。本当にこの形容がぴったりなほど味覚に塊となって押し寄せる旨味の波。山全体の鼓動がドクンどくんを脈打つ感じ。ハーブやスパイスが、豚肉に魔法をかけた。スパイス誘う山の恵みに、開いてく私の感覚。あぁ、生きてる。食べるって心底楽しい。
そんな3種の個性豊かなカレーを、愉快な副菜たちに混ぜて、味わう。あ、また違う表情になった。お皿の上で絵の具を混ぜて自分だけの色を作る、そんな余興ににんまりしちゃう。
自然の恵みを、全身で受け止める感覚。大地の味に加味されたスパイスの風とユーモラスなアイディアの魔法。それらによって、ぐんと奥行きが増して、知らない味覚の扉が開かれる。誰かの言い回しではなく、独歩ちゃんオリジナルの言葉で語られる。そして、それがビリビリと伝わってくる。気持ちいい、楽しい、おいしい。“食べる”を通して、作り手と紡ぐ会話。メッセージをじっくりと咀嚼する自分だけの時間。
「食べている人の喜んでいる顔が見たい。僕が料理をする理由はそれだけです」。
キラキラした瞳で楽しそうに話す独歩ちゃん。
〈カレー独歩ちゃん〉=独りでカレーを知らない人間が歩いていく、とある料理人の愉快な道草。“食べてくれる人”が、その未知な道のりの頂であり、次の一皿の大事なエネルギーなのだ。
うん、すっかりばっちり骨抜きです。この出会いは私にとっても心に残る日。こんな素敵な食体験をご馳走さまでした。