そのとき、あなたは何を着ていた?性暴力と服装について考える「What Were You Wearing?」展。田中雅子さんインタビュー

そのとき、あなたは何を着ていた?性暴力と服装について考える「What Were You Wearing?」展。田中雅子さんインタビュー
30代からの性教育
そのとき、あなたは何を着ていた?性暴力と服装について考える「What Were You Wearing?」展。田中雅子さんインタビュー
HEALTH 2025.02.25
もう知っている、経験している。さまざまな積み重ねを経て、そう感じる機会も増えてきつつある30代が、「性」にまつわる事柄をテーマに、多様な角度からあらためて眼差し、学び、考えてゆくための連載です。
「What Were You Wearing? ─あなたは、何を着ていたの?─」は、倫理学者のメリー・シマリングが自身の性被害をもとに書いた詩「What I was wearing(私が着ていたもの)」から着想を得て、2014年にアメリカでスタート。「性被害に遭うのは挑発的な服装をしていたから」という偏見を払拭するため、性被害のサバイバーの方が記述した、被害時の装いに近い服装を再現したインスタレーションです。
アメリカをはじめヨーロッパ各地で行なわれているこの展示を、2023年に日本で初めて上智大学で開催したのが、上智大学教授の田中雅子さん。2024年11月に、埼玉県の越谷市男女共同参画支援センター(ほっと越谷)でも行なわれた同展の展示期間中の講演のあと、この展示に込めた思いや、性被害に関する誤解や偏見について、お話を伺いました。
<プロフィール>
田中雅子

たなか まさこ。上智大学総合グローバル学部教員。専門は、ジェンダー論、国際協力論、移民研究。2014年にアメリカでスタートしたインスタレーション「What Were You Wearing? ─あなたは、何を着ていたの?─」を、2023年に日本で初めて上智大学で開催した。

※性被害に関する記述があります。心身の状態とご相談の上お読みください。

──田中さんは2022年にニューヨークに滞在されていた際、国連本部で「What Were You Wearing?」展を偶然ご覧になって衝撃を受け、日本でもこの展示を行おうと思われたそうですね。

田中:ニューヨークで展示を見たあと、まず、渋谷のセレクトブティックSister代表の長尾悠美さんに連絡しました。国際女性デーにフェミニズム・アーティストとのコラボレーションをするイベントを企画していた彼女とは、以前から交流がありました。服のバイヤーでもある彼女なら、関心をもってくれるに違いないと考えて協力をお願いしました。展示の準備期間は短かったのですが、集まった体験にぴったりの服をすごいスピードで集めてくれました。

やっぱり服の力というのはすごく大きいです。上智大学での展示期間中、一日に何度もこの展示を見ているうちに、会ったこともない一人ひとりの人物像が、私の中で長い付き合いの友人のように育っていって。ではなぜ、その人が被害に遭わなければいけなかったのか? という理不尽さを、服というモノがあるからこそ、より強く感じました。実際に展示をご覧になっていかがですか?

埼玉県越谷市のほっと越谷で行なわれた「What Were You Wearing?」展の様子

──本当に胸が痛かったです。性被害の経験というのは、もちろん言葉で見聞きしても辛いものですが、服は個人のパーソナルな部分を表すものでもあるので、こうした形でそれぞれの体験が共有されることの意味をあらためて感じました。

田中:展示されているのは、ものすごくありふれた服ばかりなんですよね。以前この展示についていただいた感想の中に、「まるで自分が書いたような体験があってびっくりした」というものがあって。それだけ多くの人が性被害を経験しているということなんだと思います。

──先ほどの田中さんの講演の中で「性被害を経験した人が偏見にさらされやすい」というお話がありましたが、性被害に遭った人がなぜか責められてしまう状況を残念ながらしばしば見聞きします。

田中:「誘惑したんだろう」という被害に遭った人を責めるような思い込みがあって、だからこそ「あなたは何を着ていたの?」と聞かれてしまうんですよね。展示のキャプションは、寄せていただいた被害について私が編集しているのですが、長い文章で書かれたものも多かったです。ほとんどの方が、これまで誰にも被害について話していないと書いていました。あるいは、話した結果、さらに傷ついたので、もう二度と誰にも言わないことにして過ごしてきたという方もいて。

人に話すこともできず、話しても裏切られ続けてきた方がいかに多いかを感じました。「私に相談して」という存在に自分自身もなれていなかったし、被害に遭った人を制度によって充分に保護していけるような世の中にもなっていません。そういう意味で、この問題の当事者は、被害に遭った人だけでなく、相談にのることができていない、被害に遭った人をさらに傷つけている人も含むはずです。関係ない人は誰もいないと思います。

──この展示のきっかけになったメリー・シマリングの詩の中に「どんな答えなら どんな内容なら 私に質問するあなたは満足するのか 満足させられるのか」という言葉がありました。このように被害の経験について、他者を納得させるためのストーリーを語ることを求められてしまうことが多いと、打ち明けることをためらってしまいますよね。

田中:キャッチーなストーリーや、まわりが期待するようなキャラクターではないことから、自分が被害に遭ったと言っても取り合ってもらえないと感じたり、相談したけれど「なんであなたみたいに普通の人が? 勘違いじゃないの?」と言われたという人も多いんです。つくりあげられた性被害の被害者像に当てはまらない、あまりにも普通の話が実は大多数なのに、それはないものにされているというのが、私が今回の展示を通じて思ったことです。

──一方で、実際に被害にあった方の属性や振る舞い、服装に「扇情的」と見なされる要素があった場合に、「だから被害に遭っても仕方がない」という類の偏見も存在しますね。

田中:そうですね。仮にその人が裸であったとしても、性加害をしていい理由にはならないし、その人がどのような属性や立場であっても、加害をしていい相手はいないということも正しく知られるべきです。

──今回の展示にあたって、被害の体験を募集された際のフォームの中には、例えば「避妊に非協力」「ポルノを無理やり見せる」などのレイプ以外のケースも性被害であることや、どのような属性や年齢、身近な人との間であっても起こりうることなどが、書かれていました。自分が経験したくらいのことであれば「被害」と言うにあたらないのではないか、と感じている人もいるのではと思います。

田中:上智での展示に携わってくれた学生が、当時インターンをしていた企業でひどいセクハラを受けたそうなんです。なんとかしてほしいと先輩に伝えたら、「うちの会社では、あれくらいはセクハラじゃないよ」と言われたらしいです。大学でハラスメントだと習ったことが、社会に出るとハラスメントとして扱われないということに、すごくショックを受けていました。社会に出たらハラスメントを我慢したり、乗り越えないといけないと思わされるというのは、間違った試練ですよね。そうやって、周囲にいる人も、加害に加担してしまうことが恐ろしいなと思います。

──いまのケースのように「これくらいは当然のことである」という空気がある場合に、そのなかで立ち向かうことの難しさも感じるのですが、もし身近なところで加害を見聞きした場合、どのような方法を取ればよいのでしょうか。

田中:加害を目撃したときに、見ぬふりをしたり、波風立てずにうまく立ち回るのか、被害に遭った人を助けたいと思うのか、自分の中の正義や規範の間で葛藤する人は絶対にいると思うんです。そういうときに、その場できっぱりと声をあげることができなかったとしても、例えばお茶をこぼしたり、携帯を鳴らしたりして、場の空気を壊すだけでも、加害を止めたり、被害に遭っている人が逃げるチャンスはつくれると思います。

以前、ニューヨークにいたときに、地下鉄でヘイトスピーチをする人がいたんです。どうしたらいいんだろうと思っていたら、突然大声で歌い出した人がいて。加害者はしらけて他の車両に移っていきました。歌っていた人はその後、また普通に本を読み出して、すごくかっこいいなと思ったんです。スマートだし、これこそアクティブバイスタンダー※ だなと。どうしたらそうした場の空気を変えられるのかについて、もっといろんな人たちで知恵を出しあえたらいいなと思います。

※加害の現場に居合わせた際に、第三者として介入する人。

──最後に、この展示を通じて、田中さんが伝えたい思いをあらためてお聞きしたいです。

田中:なにかと「自己責任」と言われる社会で、性被害に限らず、さまざまな被害や差別や抑圧に遭った側の人が非を求められてしまう残念な状況があります。まずは「あなたは悪くない」ということを伝えるところから出発しないといけないと思うんです。人権というのは贅沢品でもなければ、特別な人だけに与えられるご褒美ではありません。「あなたは悪くない、あなたは大切な存在なんだよ」と言ってもらえないことがあまりにも多いために、SOSを出せない社会になっていると思います。そういう状況を変えたいですね。

この展示は、当初、再展示の予定がなかったのですが、その後、半数ぐらいの方が別の場所でも展示を行うことの許可をくださいました。多くの人に知ってもらうために覚悟を持って自身の経験を共有してくださったと思うので、今後も届けていくことが私の使命なのかなと思っています。今後は沖縄など、場所を変えて、あらたにその土地ごとの経験を集めて展示することもしていきたいです。

性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
#8891

性犯罪・性暴力に関する相談窓口です。
産婦人科医療やカウンセリング、法律相談などの専門機関とも連携しています。
HP:https://www.gender.go.jp/policy/no_violence/seibouryoku/consult.html

text_Yuri Matsui photo_Momoka Omote edit_Kei Kawaura

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