食体験からその人の魅力を紐解く。コメディアン・藤井 隆の〈味の履歴書〉
その人の食体験を知れば、その人の魅力がもっと見える。藤井 隆さんの〈味の履歴書〉を紹介します。
恵まれた食の環境はすべて、家族と先輩が用意してくれた。
「やったー!」と思って食べないと料理に申し訳ないじゃないですかと話す藤井さん。そんな食への誠実な姿勢を培ってくれたのは?
「グルメなイメージがありますか!?なんだかありがたいんですが、お店や料理に特に詳しいわけではないですし、食いしん坊だ、という程度です。おいしいものを食べるのは大好きですけど嫌いな人はいないでしょうし、自分で唯一グルメっぽいかなと思えるのは、食べ方がきれいだと誉められることくらいで、食に関してはむしろ、これまでホントに恵まれてきたと思っているんです」
そう謙虚に語る藤井隆さんだが、食に恵まれてきたということは、その分おいしい記憶にも恵まれているはず。今回は彼がMCを務める人気番組『おいしい記憶きかせてください』(BSフジ)のゲストになったつもりで、これまでの恵まれた食の記憶を語っていただこう。
風に舞う桜の下で食べた茶色い玉子焼きのようなもの。
「うちの母はとにかく料理好きな人で、仕事をしていたので手の込んだ料理こそあまりしませんでしたが、三度の食事以外にもおやつにドーナツを揚げてくれたり、栄養バランスを考えたおいしい料理をいつも作ってくれました。友だちもそんな母の料理を目当てに遊びに来てたくらい。そして母が出かけた日には、今度は父がチャチャッと料理をしてくれて、それがまたおいしかった。家にはいつも果物があったし食器もかわいい物が揃っていて、両親は食べることをとても大切にしてくれていたんだと思います」
料理上手な母と、厨房に立つことを厭わない父、年の離れた兄も料理ができた。そんな家庭の末っ子として育った隆少年が料理に興味を持つようになるのは、ごく自然な成り行きだった。
「あれはたしか小学校1年生の春。独りで留守番をしていたら近所の公園の桜がきれいに咲いていたので、お弁当を作ってお花見をしようと思い立ったんです。その年からガスコンロを使うことを許してもらっていて、それまでも母の料理の手伝いはよくしていたんですが、独りで料理するのは初めてでした。大好きな玉子焼きを作ろうと思って、でも子供心に味つけを工夫して焼き肉のタレを入れたら茶色くなっちゃうし、形も崩れて玉子焼きのはずが炒り玉子みたいになっちゃって(笑)」
それでもご飯とその茶色い玉子焼きもどきを弁当箱に詰めて、隆少年は公園に向かった。細長い形の狭い公園だったけれど、真ん中に滑り台があり両脇には満開の桜がずらりと並ぶ。
「滑り台の天辺に座って膝の上に弁当箱を広げ、桜を見ながら茶色い玉子焼きを食べました。自分で作ったので、やはりなんだかすごく誇らしくて、滑り台の上から眺めた景色は今でもはっきり覚えています」
初めてのおつかいならぬ、初めてのお弁当作りが藤井さんの最初のおいしい記憶だった。今でも玉子焼きはもちろん、餃子やカレーなどはお手のもの。また実家でいつも果物が食べられたおかげか、フルーツは藤井さんの大好物の一つだ。食に恵まれ料理に親しんだ少年時代の記憶は、今も藤井さんにしっかりと刻み込まれている。
「ちなみに最近のお気に入りはメロゴールド(*1)。これがメチャメチャ瑞々しくておいしい。ただ皮をむくのが難しくて、すぐに内側の房が破れてジュースが勢いよくあふれちゃう。どなたか上手なむき方をご存じだったら教えてください(笑)」
先輩が教えてくれた忘れられない外食の記憶。
1992年、20歳で吉本新喜劇の劇団員として芸能生活をスタートさせた藤井さんは、持ち前の末っ子キャラで吉本の先輩たちから可愛がられた。
「朝、楽屋で先輩が近くの喫茶店から出前を取るんですが、一緒に僕の分も取ってくれました。昼で好きだったのが〈しき浪〉(*2)という洋食屋さんの出前。みんなでシェアして、初めて同じ釜の飯を食う感覚を味わわせてもらったり。そして仕事が終わると毎晩のように先輩がなんばのおいしいお店に連れてってくれて。ホントにお世話になりっぱなし。一軒挙げるなら、チャーリー浜さんがご贔屓にしていた千日前の〈味楽〉という焼肉屋さん。韓国人のお父さんとお母さんがやっていた家庭的なお店ですが、ここのハラミがサイコーで。大阪のおいしいお店を尋ねられると必ず紹介してました。でも残念なことに閉店しちゃって、閉店前にご連絡もいただいたんですけど、仕事の都合でどうしても行けなくて。それが今も心残りです」
そんな大阪での食い倒れ修業時代を経て、藤井さんは1990年代半ばから活動の中心を東京に移すことになる。
「東京に出てくるや住む家も決まらないうちから、今田耕司さんや東野幸治さん、キム兄さんといった先輩方にいろいろなお店に連れて行っていただいて、東京に不案内だった僕にはホントにありがたかったです。それから忘れちゃいけない、YOUさん。すごく気にかけてくださっていろんなお店に連れて行っていただいたんですが、カルチャーショックを受けたのが、〈ザ・キャピトルホテル 東急〉にある〈ORIGAMI〉(*3)のジャーマンアップルパンケーキ。パンケーキというと厚手の生地をイメージすると思うんですが、ここのは薄い生地に薄切りのリンゴをのせて焼いてあって、メープルシロップをかけていただくんです。僕はオプションでアイスクリームをトッピングしてもらうんですが、何回食べても毎回必ずおいしいので驚きます。Hanakoの読者の方には絶対にオススメです」
今にも席を立って食べに行きたそうな藤井さんだが、このアイスクリームトッピングのようなチョイ足し的ひと工夫は、藤井さんがグルメといわれる所以の一つかもしれない。
「例えば中華料理をいただく時に、お店の方がお皿を取り替えてくれますが、おいしくて自分の好みの味付けだった場合、新しいお皿に替えられない時があるんです。というのは、おいしい餡をほかの料理にもつけてみたいから。酢豚の黒酢餡がおいしかったら、次に出てくる蒸し物にもつけてみたくなりませんか?餡やソースを和えて自分好みの味に仕上げることも好きです。きれいな食べ方を誉められると言った舌の根も乾かないうちにこんな話をしちゃうと台無しですね。お行儀が悪いと教えていただいたこともあるのでおすすめできませんが、おいしいフードクリエイトは止められません(笑)」
あぁ、この人はホントにおいしく食べることが大好きなんだ、と納得させられるエピソードだ。そんな藤井さんだからこそ、食通の先輩たちもいろんな店に連れて行く甲斐があるに違いない。
そして藤井さんにはもう一つ、食を語る上で触れずには済ませられないものがある。それは、ロイヤルホスト愛。愛情が高じて最新アルバムのタイトルを『Music Restaurant Royal Host』にしてしまったほど。
「〈ロイヤルホスト〉のステキなところは、真面目においしいお料理を追求しながら、ユーモアとチャレンジ精神があるところだと思います。そしてお客様へのホスピタリティを軸にすべてのオペレーションが設計されている点も素晴らしい。もともと〈ロイヤルホスト〉が好きだったんですが、いろいろお話をうかがってさらにファンになりました。メニューはどれもおいしいんですけど、個人的なオススメはまず、生のケールのサラダ。これは必ず食べます。そしてメインでは国産豚ポークロースステーキジンジャーバターソース。この取り合わせが最強ですね」
マルチに活動する藤井さんには〈ロイヤルホスト〉に通じる部分がありそうだ。